第2話 ラブホテル入ります!

 ラブホテル。それは仲睦まじい男女、または金銭的な関係で結ばれた男女、もしくは一方的に優位な立場に立った者が異性を連れ込んで様々な形の愛を確かめる場所。後ろ二つに愛はあるのかという疑問は残るが、今は問題でないために割愛しよう。


 近年では盛り上がりを見せている女子会の会場になることもあるようだが、俺は男のため女子会という可能性はまずない。とにかく俺は人生で初めてラブホテルという施設に足を踏み入れたのだ。


 部屋の中は想像よりも狭いのにもかかわらず、内装が狭さを感じさせないように役割を果たしているその場所は、まさにやることをやって果てるための場所である。お金を払えばもう少しいい部屋もあったのだが、リルさんは手狭でもいいから密室を望んだためにこの部屋を選ぶことになったのだ。


 先ほどからドクンドクンと鼓動を打つのは俺の心臓。触れなくてもわかるほどに激しい鼓動を打つ俺の心臓から俺は自分が緊張していることにやっと気づいた。


 アプリでは二週間ほど会話をしたからといっても、実際にあったのはまだ十分前の話だ。なんにいきなりラブホテルを二人で訪れることになったのだから緊張するのは仕方のないことである


 緊張のあまり入り口で固まってしまった俺とは対照的にリルさんは手慣れた手つきで部屋の照明に電気を入れたりしている。その姿はまるでこの部屋に来たのが初めてではないようだ。


 一通りの準備を終えたリルさんが俺の方を振り返ると、頬を染めながら訪ねる。


「あの、ユトさんはこう言うところは初めてですか?」

「ひゃい!」

「本当ですか!? よかった!」


 俺がラブホテルに来たのが初めてだと聞くとリルさんは天使も霞むほどの笑顔で嬉しそうに俺のことを見つめてくれた。


 不肖、立川悠人、二十歳、童貞。リルさんの笑顔を見るとなぜか心が軽くなった気がした。それまで重い鎖で胸を締め付けられていたような感覚だったのだが、リルさんの笑顔を見た瞬間にその鎖が解けたような感覚だ。


「じ、実は私もこう言うところは初めてなんです」

「え、でもさっき手慣れた様子で……」

「えっとですね、笑いませんか?」


 もじもじと手を交差させながら恥ずかしそうに俺に方を上目遣いで見つめるリルさん。おそらくそこらの女子がやったら「ぶりっ子め!」と叩きたくなるような仕草であるが、リルさんのそれは違和感んを感じさせないほど様になっていた。簡単に言うと超可愛いのだ。


「笑いません!」

「実はユトさんに笑われないようにインターネットで勉強してきたんです」

「つまり予習ですか?」

「はい。ユトさんの前で粗相をおかしたらいけないと思って……」


 なんだろう、胸の中が急に締め付けられるような感覚だ。でもその締め付けは先ほどの重い鎖のような締め付けではなく、どこか心地の良い締め付けであった。


 同時に俺の心臓がドクドクドクドクと今まで以上に速い鼓動を打ち始め、体中を体験したことのないほどの速さで血液が廻り始めているようであった。


「お、お互い初めて同士でちょうどいいかもしれませんね!」

「はい! 私ユトさんが初めてと聞いて安心しました」


 テンパった俺は自分でも何を言っているのか分からないような事を言ってしまったが、自分の胸に手を当てながらほっとした様子を見せるリルさん。その一挙一動がとても愛らしく、俺の胸をくすぐる。


 世界にこれほど可愛い少女がいていいのだろうか。歓喜よりも疑問が俺の脳を支配する。


 もしかするとリルさんは美人局で急に部屋に怖い人が入って生きてお金を巻き取られるのかもしれない。もしくは服を脱ぐとリルさんの下腹部には俺の片手剣ペネトレイト・レイピアよりも立派な聖剣エクスカリバー、もしくは大剣グラスボンバーが備わっているのかもしれない。


 でもそんなことは俺にとってどうでもよかった。いや、どうでもよくはないんだけど、今の俺の脳内はそのような不安よりもリルさんに対する愛おしさの方が何百倍も勝っていて、そのような不安がちんけに感じられるほどだった。ちんちんだけに。


 相手が美人局やレディボーイだろうが関係ない。俺の片手剣ペネトレイト・レイピアが初めての実戦を迎えられる。そのことで俺の頭の中はいっぱいだった。


「なんか、緊張しますね……」

「でででですね」


 緊張した面持ちでベッドに腰かけるリルさん。俺は血眼になった瞳でリルさんを見つめつつも、部屋の中に何があるのかを確認する。ティッシュはどこか、剣を保護するゴム製の鞘はどこか、他にもどのような戦いを援助してくれる道具があるのか。


 リルさんのような絶世の美少女と合体できる機会なんて人生において一回あるかないかだ。てかほとんどの男がそんな機会には恵まれないだろう。だから俺はこの機会を絶対に逃さないために俺史上最高で最強のテクニックを見せなければならない。


 初めては絶対に史上最高で最強などというツッコミが聞こえてきそうだが、そんな屁理屈はどうでもいい。これから幾重にも戦いを経験していきたいが、その未来の戦いを合わせても今日が最高で最強じゃなければいけないのだ。


 大丈夫、シミュレーションはこれまでに何回も行ってきた。脳内で何万回にも及ぶシミュレーションの中から自分が最高だと思える言葉を言えばいいんだ。俺はリルさんの隣に腰を下ろすと、その耳元に息を吹きかけるようにつぶやく。


「今日は忘れない一日にしてあげる」

「ひゃん……」


 俺の吐息が耳に触れたのか、リルさんが可愛らしい反応を見せる。その反応を見た俺の片手剣ペネトレイト・レイピアは早く戦わせろと存在感を増しているが、ここで焦りを見せるのはタブーだ。


 男のしたいようにするだけじゃ女の子は満足しない。大切なのはお互いがお互いを思いやる気持ち。自分のことも考えていいが、それ以上に相手のことを考えた戦い方が重要である。とネット記事で何回も勉強した。


 だから俺は早まる気持ちを抑えつけてリルさんの手をそっと握る。


「リルさん、俺すごい心臓が脈打ってる。多分リルさんのせい」

「ゆ、ユトさん……実は私も……」


 や、やべぇ……リルさんすげぇ可愛いよ。今すぐにでも押し倒して俺の片手剣ペネトレイト・レイピアを打ち込みたい。でもここで早まったらすべてが水の泡になる。早撃ちでいいのは長篠合戦の火縄銃だけだ。


 自らの早まる衝動を抑えつけて俺はリルさんの顎に空いていた右手をそっと持っていくと、リルさんの顔を俺の方に向ける。


 リルさんの美しい翡翠のような瞳がわずかに動揺していることに俺は気づいたが、その瞳はまっすぐと俺の方に向いている。もともとミルクのように色白なリルさんの頬は素人の俺でもわかるほどに桃色に染まっている。


 その様子がこれまた愛らしいが、ここで俺が動揺を見せるようではダメである。あくまでのこの戦は俺が主導権を握らなくてはならない。そして俺が常に優位に立っていなければならない。


「ねえ、リルさん。リルさんは俺にどうしてほしい?」

「わ、私……」

「恥ずかしがらずに言ってみな」


 我ながら最高にキザなセリフだと思う。女の子は漫画みたいなキザなセリフに弱いってあったけど本当みたいだ。サイトで見た時は「うっそだー」といいながら馬鹿にしていたが、リルさんの反応を見る限り効果は抜群である。


 「わ、私は……」

 「私はなーに?」

 「ユトさんに……」

 「恥ずかしがらなくてもいいよ」

 「私はユトさんに勇者になってほしいです……」

 「いい…………………………………………ん?」


 リルさんの言葉に俺は思わず素が出てしまった。

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