第35話 カナちゃん四天王

 私がマシューとの友情を確かめ合っていると、部屋の中に突然光の塊が浮かび上がった。……転移魔法? ってことはベルフェゴールが戻ってきたのかな?


 案の定、光の中から現れたのはベルフェゴールで、私たちの姿を見るなり例のニコニコ笑いを開始した。


「いやー、人間どもが陣を構えている所まで行ってあの手紙投げつけてきたけどほんとによく飛ぶんだね……勇者レオンの顔面に命中してレオンすごく怒ってたよ」


「やったねざまぁ!」


 私は思わずガッツポーズをした。とりあえずレオンが前回私に対して働いた無礼の100分の1くらいは返せた。残りはここでボコボコにして返してやるもん!


「すぐにエルフの転移魔法で追いかけてくるんじゃないかな?」


「てことは私たちもスタンバイしなきゃね」


 私とマシュー、クロエ、ノアちゃんは互いに視線を交錯させて頷いた。

 みんなやる気十分、戦う準備も十分……?


「クロエちゃん、武器は?」


「あるよ!」


 クロエは長くて白いワンピースの裾からお馴染みのエストックとマインゴーシュを取り出すと、両手に構えて見せた。……どこから取り出してるのよそれ……?


 ノアちゃんは私の姿からヌルヌルとスライムの姿に戻ると、ペッと体内から大剣を吐き出す。……あの大剣は……まさか。


 そのままノアちゃんは、がっしりした体型で逆だった茶髪のイケメンの姿に変化した。


「あぁ!?」


 私は危うくノアちゃんをぶん殴りかけてしまった。……そう、ノアちゃんが変化したのは勇者パーティーの力持ち、クロードだった! そういえば前飲み込んでたよね……だからコピーできた……のかもしれないけど!


「その姿コピーしなくていいのよ!」


「いやでもこの姿が多分一番強……」


「あー、はいはい、どーせ私は素のスペックだとクロードより弱いですよーだ!」


 気分を少し害してしまった私は、部屋の窓に近づいて外の様子を眺めてみた。

 レオンたちそろそろ来ないかなー。

 転移魔法は自分の行ったことのある場所にしか転移できないらしいから、いきなり城の中には来れないと思うけど、レオンたちは前の戦いでだいぶ城の近くまで攻め込んでいたから、ベルフェゴールが戻ってきてからすぐに出かけたのだとしたら、そろそろ城の前に現れるかもしれない。


 私はじーっと遠くの景色を見つめる。

 大きな山の中腹に立っている魔王城の目の前には、山の麓に向けてクネクネと曲がりながら山道が続いているんだけど、来るとしたらその山道を上がってくる……とかかな?


 いつの間にか隣にクロエとベルフェゴールがやって来て、しばらく三人で魔王城からの景色を堪能していた……って何やってるんだ私たちは!


「おっそいわねー、なにやってんのあいつらは……」


「あれ、来たんじゃない? 勇者たち」


 私が痺れを切らし始めたとき、クロエが声を上げた。

 よーく見ると、確かに米粒のような一団が山道を登ってくるのが見えた。はははっ、見ろ勇者がゴミのようだ。


 どうやらレオンたちは人間やエルフの集団をわんさか連れてくることはなく、勇者パーティーのみで私に挑むつもりらしい。……まあこんな女の子一人に大軍引き連れて来られても大爆笑するだけなんだけどね。


 やがてその米粒の一団はだんだん大きくなっていき……ついに城の前に勇者レオン率いる勇者パーティーが現れた。

 勇者のレオンを先頭に、剣闘士のクロード、重装甲戦士のホラント、エルフのルナ、聖騎士のアンジュ……。ふむふむ、まんまと釣られたか……やっぱり猿どもだなぁ。


「さあみんな、張り切っていくよ!」


 私の言葉に、仲間はそれぞれ緊張した表情で頷いた。


 そして、私たちは急いで玉座の間に戻った。

 なんとなくだけど、勇者を待つにはここ以外にふさわしい場所はないと思った。


 魔王様に変わって城を預かっている私は、魔王の玉座に座らせてもらって、両脇にベルフェゴールとクロエ、そしてマシューとクロードに変化したノアちゃん。……さながら魔王四天王だ。

 カナちゃん四天王とでも命名しよう。


「勇者パーティーの強みは、個々の力よりもパーティーの連携だよ。まずはそれを崩すことが重要になってくる」


 私はカナちゃん四天王の面々を見回しながら告げた。

 相手はかなりの難敵……簡単な打ち合わせはしておいた方がいいよね。


「ふむふむ、つまり各個撃破ってこと?」


 クロエの問いかけに私は頷いた。


「マシューはアンジュ、ベルはルナ、クロエちゃんはホラント、ノアちゃんはクロードをお願い」


「レオンは?」


 私の指示にベルフェゴールが質問を投げてきた。……でもその答えは決まっている。


「……レオンは私が倒す」


「さすが!」


「かーっこいい!」


 クロエとベルフェゴールが歓声を上げた……けど、二人が言うとはやし立てられてるようにしか感じないよ……。


 私は玉座に座ったまま、勇者の到着を待った。……しかしなかなか勇者は姿を見せない。

 魔王城に入ったら玉座の間までは階段を昇っていくだけなのに……道にでも迷っているのかな?


「ふぁぁ……」


 あ、ごめんあくびでちゃった。


「来ないねぇ……」


 私が暇そうにしてることを察したベルフェゴールが呟く。……ごめんね、緊張感なくて。

 私生まれつき、ここぞっていうときに気が抜けちゃうタイプなの。お陰で周りの人からは肝がすわってるって褒められるけど。全然そういうんじゃないと思う。


「私ちょっとおトイレ行ってきていい?」


「あっ、私も行くー!」


 私の発言に即座に乗ってくるクロエちゃん。……嫌いじゃないぜそういうの。

 しかし、私が立ち上がった瞬間、玉座の間の扉がギィィィィッという耳障りな音を立ててゆっくりと開かれた。

 残念、おトイレに行き損ねました。


「おっ、ここかぁ玉座の間ってのは」


 そんなことを言いながら、クロードを先頭に勇者パーティーの面々が部屋に入ってきた。……とはいっても玉座の間は相当広いので、私と奴らの間にはだいぶ距離がある。


 しかし不用心なやつめ。玉座の間なんだから入った瞬間に罠が仕掛けられでもしてたらどうするつもりだったんだろう……まあいいや、私はそんなに卑怯なことしないし。


「はっはっはっは、よく来たな勇者よ! 逃げずにここまで来た勇気、まずは褒めてやろう!」


 玉座の間の入り口付近に整列した勇者パーティーに私は精一杯魔王らしく声をかけた。


「で、私はおトイレに行ってくるからちょっと待ってて」


「おいカナ、ちゃんとやれ」


 敵味方の張り詰めたような緊張感がすごく嫌で、それを和らげようとしたらマシューに怒られてしまった。でも行きたいのは嘘じゃないもん。


「え、えっと、決着をつけましょうレオン!」


「言われなくてもそのつもりだ!」


 私とレオンはほぼ同時に剣を構えた。以心伝心、さすが元恋人。


「ちょっと待ってレオン」


 レオンにそう声をかけたのはアンジュだった。


「どうしたアンジュ? お前もトイレか?」


「うっさい、殺すわよ?」


 茶化すクロードをアンジュは一蹴すると、私の方を向いて口を開く


「カナ、確認だけど、降伏する気は無いのよね? 今なら命だけは助けてあげるけど?」


 ……何を今更。

 まあ要するにただの儀式だ。逃げ道は与えたよ? っていう。要するに自分たちが勝つことを確信してないと言えない。……舐められてる。


「ないよ。その言葉、そっくりそのままお返しするよ。降伏して私の前で土下座したらみんな許してあげる」


「はっ、笑わせないでくださいよぉ。どー考えてもあなたみたいな雑魚がわたしたち勇者パーティーに勝てるわけないでしょうー?」


 私の挑発に釣られたのはルナで、苛立ちを顕にしながら今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。……機は熟した。もはや語ることは無い。あとは拳と拳でぶつかるのみ!


 私は右拳を突き出して、魔素を纏う。新たに手に入れた暗黒勇者の力、存分に振るってあげましょう!


 それを合図に味方も敵もそれぞれ武器を構えて、更に敵を赤い光が包み込む。……炎耐性、アンジュの加護(バフ)だ。完璧に私とマシューに対する対策だ。

 学習してきたかぁ……


「……前衛(フォワード)、突撃(アタック)!」


 懐かしいその言葉をレオンが叫び――と同時に私たちも一斉に勇者パーティーに攻撃を仕掛けた。

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