第34話 力の代償

 その後、私はベルフェゴールと魔王城の中を上から順に歩いて回った。もともと私の城ではなかったし、全く全容が把握出来ていないから……


 それにしても大きな城だ。地上10階建て、地下にも3階くらいフロアがある。

 玉座の間の他には大小様々な居室らしき部屋とか、ノーランに鍛えてもらった大広間、厨房、牢獄、なんの儀式に使うのか分からない怪しい部屋……ほんとにいろいろあるんだけど、どこにも魔物の気配はない。


 魔王様が魔物を全て連れて行ってしまったらしい。まあそれはそれでいいんだけど、ちょっと寂しいかな。


「ねぇベル」


 私は隣のベルフェゴールに話しかけた。


「私はこの城で勇者を迎え撃とうと思うんだけど、なにか誘い出すような方法はないかな?」


 ベルフェゴールは顎に手を当ててうーんと考えていたが、やがて


「普通におびき出せばいいんじゃない? 魔王城はカナが占拠したから悔しかったらここまでおいでって」


「そんなのどうやって伝えるのよ? メールもラインもできないのよ?」


「めーる? らいん?」


 ベルフェゴールは、こんらんしている! ごめん意地悪なこと言って。


「まあそのために僕がいるんだよ。転移魔法で届けてくるから手紙書いて?」


「あーなるほど!」


 私はパンッと手を叩いた。転移魔法便利すぎ!


「じゃあお願いしようかな?」


 私はたくさんある居室のうちの一つのタンスの中を漁って、紙と筆を見つける(ここに住んでいた魔物の所有物だろうか? ちょっと借りるね)と、部屋の中に設置されていた勉強机のようなものに座って(懐かしい)、すらすらと手紙を書いてみた。


『親愛なる勇者レオンとその愉快な仲間たちへ 魔王様は大陸を去ったみたいだけど、私はこの魔王城から動く気はありません。 魔王城が欲しかったら私を倒して手に入れることね。 決着をつけましょう。 地獄で会おうぜベイビー! レオンの〝元〟恋人 最強美少女暗黒勇者カナちゃんより♡』


「煽りすぎー!」


 ベルフェゴールは私の手元を覗き込むと、相変わらずニコニコ笑いながら言う。


 えー、そうかな? これでもだいぶマイルドに書いてあげたつもりだけど……あの猿どもは絶対に乗ってくる……はず!


 私はその手紙を丁寧に折って封筒に入れ……るわけないじゃん。代わりに弟によく作ってあげた紙飛行機を作ってあげた。私優しい!


「これを投げつけてきてくれる?」


 私の言葉にベルフェゴールは頷くと、紙飛行機を受け取ってビシッと敬礼した。


「じゃあ行ってきます」


「行ってらっしゃーい!」


 ベルフェゴールが光に包まれて、転移魔法で消えてしまうと、私はまた一人になっちゃった。


 ……いや、静かになったから気づいたんだけど、部屋の外にいくつかの気配を感じる。暗黒勇者になって私の五感も強化されたみたいだ。


「……隠れてないで出てきなさいよ」


 私は部屋の外の気配に向けて声をかけた。魔王様に置いていかれた魔物かな? それとも、どこかには居るはずなんだけど最近姿を見ていないマシューかな?


「あはは、上手く隠れてたつもりなんだけどなぁ……」


 なんと、部屋に入ってきたのは、水色の髪のウィンディーネの少女で私の大ファンのクロエちゃんだった。


「甘いわね、最初からバレバレだったわよ?」


 ほんとはついさっき気づいたんだけどね。


「さっすがカナお姉ちゃん!」


 クロエは本当に感心しているようで、目を輝かせている。……なんかちょっと罪悪感ある。

 そんなクロエの背後でこちらを伺っているのは……。

 クロエの相棒のスライム、ノアちゃんと、私の相棒の燃えるトカゲ、マシューだ。


「マシュー、そんな所にいたのね……」


「全く……カナが俺を置いて転移してしまうから寂しかったぞ……」


 あぁ……そういえば、レオンと戦った私はその後すぐにレヴィアタン達によって魔王城に転移させられて、マシューをその場に置いてきてしまったんだっけ……。


「それは、ごめんなさい……」


 確かに、私もあの時はレオンとルナのせいでショックを受けていて、相棒のこともクロエちゃんのこともすっかり忘れていたよ……。


 私はお詫びとばかりにマシューに近寄ってその背中を撫でてみた。……うん、懐かしいこの感触。暖かくて硬い、すべすべした背中。


 マシューは気持ちよさそうに目を細めた。全く、デレデレしやがってぇ……。


「……で、君たちは魔王様について行かなくてよかったのかな?」


 相棒のマシューはともかく、クロエやノアちゃんは魔王様について行くものと思っていたし、なんなら人間側につくなんてこともあり得るかなって思ってた。


「水霊(ウィンディーネ)は人間側についちゃったけど、知っての通り、私はウィンディーネの問題児だからね……嫌いな仲間につくくらいなら大好きなカナお姉ちゃんと一緒にいた方が楽しいかなって……魔王様にもあまり思い入れはないしね……」


「僕もカナさんを気に入っているので……」


 部屋の片隅にあった寝台に腰掛けて足をブラブラさせているクロエと、能力で私の姿に変化してその隣に座り、クロエの真似をしているノアちゃんは口々に答えた。

 ……私の姿をコピーすることについては物申したいけど、微笑ましい光景ではあるのでひとまず見守ることにしよう。


「私は勇者と戦うつもりなの。……気持ちは嬉しいけど、死ぬかもしれないわよ?」


「大好きなカナお姉ちゃんが死ぬってことは、私が死ぬってことに等しい……と思う。だから一緒にいたいなって思うんだよ。それがファンってものだよ」


「僕は勇者に復讐したい、それだけなのです。べ、べつにクロエちゃんが心配とかそういうんじゃないのですからね!」


 ……よく分からないけど、二人とも自分で考えて魔王城にのこってくれているみたいだった。


「ありがとう……二人とも。マシューも……」


「あぁ、俺にはカナしか頼れる奴はいないからな。なんてったって俺に触れることができる唯一の人間なわけだし」


 マシューは私のことを本当に頼ってくれているようだ。……前は私もマシューのことを本当に信頼して頼っていたけど、今はどうだろう……?


 最近では自分の力だけで勇者と戦おうとして……むしろ他の人を巻き込みたくないって思ってなかった?

 自分の力でほんとに勇者パーティーと戦えるかすらわからないのに、なんと傲慢だったのだろう……。


 私を信じてついてきてくれる人たちがいるなら……私もその人たちを信じなきゃ。信じて頼らなきゃ……!


「……私も、私もマシューのこと頼りにしてるから!」


「……ほんとか? 暗黒勇者の力を得て、俺なんかよりもよっぽど強くなったのにか?」


 マシューは首を捻って不思議そうにしている。


「だからだよ」


「うん?」


「力を持った時こそ、足元が見えなくなる。そんな時にそばにいてくれる仲間がいないと……壊れちゃうかも」


「……あぁ」


 私の頭の中にあったのは、この前の勇者レオンの姿だった。彼は明らかに強力になっていく自分の力に酔っていた。自分が正しいと信じ込んで、まんまとルナに乗せられているようだった。


 ――そうはなりたくない


 私も力を得たけれど、そうはならないように、道を踏み外しそうになった時に隣でそっと手を引っ張ってくれる相棒が欲しかった。


 マシューやクロエが……その役割を果たしてくれる……かな?


「……大丈夫だ。カナはどん底を味わった。力を奪われることの恐怖、惨めさ、苦労を味わっている。……そんなお前がそう簡単に道を踏み外すはずがない」


 あははは、それは買い被りすぎというものだよマシューくん。

 ……でも嬉しい。


 マシューがそんなことを思ってくれてたなんて……。

 確かにマシューは私が魔法を使えなくなってどん底の時に出会って、成長していく私をそばで見守ってくれていた。

 ディランやノーラン、魔王様みたいに直接何かを教えてくれた訳ではないけど……でも、私のこと、一番よく理解してくれていたのかもしれない。


「ありがとう……ありがとうマシュー……」


 私はそう言いながら、何度もマシューの背中を撫でたのだった。

 マシューを絶対に失わないようにしないと。……そのためにも勇者に勝たないと!

 最強美少女暗黒勇者カナちゃんは……改めて決意しました。

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