第31話 最低なお父さん
「護衛任務を放ったらかして帰ってきたぁ!?」
わたしの話を聞くなりお父さんは大声を出した。
「ごめんなさい……でもこれ以上は無理……」
「……まったく、そんなことしたらギルド協会にどんなこと言われるか……」
「ごめんなさい……」
わたしはお父さんにひたすら頭を下げた。
出来の悪い娘でごめんなさい。わがまま言ってごめんなさいって……。
叩かれる覚悟もできていたけれど、お父さんは「はぁぁぁ……」と大きなため息をついただけで、〝しつけ〟はしなかった。
やっぱり今度のお父さんは優しい……。
「まあ、考えてみたら十歳ちょっとの子供に人間の未来を預けるなんて無理があったんだろうな……神様も残酷なことをする」
「お父さん……わたしは……」
「心配すんな。今から俺がギルド協会に言って話をつけてくる。それで他の仕事も探してきてやろう。……家で待ってな」
そう言って、ニコッと笑いながらわたしの頭をポンッと叩いて、お父さんは家から出ていった。
「……よかった。痛いことされなかった……」
わたしはホッと胸を撫で下ろした。しかし、その胸の中には先程悪魔のレヴィアタンに言われた言葉が魚の小骨のように引っかかっていて、容易に取れる気配がなかった。
「わたしは……どうすればいいんだろう……」
本音を言うと、もう戦いたくなんかない。誰かを殺すということは、誰かに痛みを与えているということ。散々痛みを味わってきたわたしにとって、それはとても辛いことだった。
今日のレヴィアタンの言葉で、魔物だって痛いし苦しいんだということが分かって、その気持ちはさらに強くなった。
「うーん……」
小屋の中で椅子に座って考えながら、わたしは疲れでうとうとしてしまっていたらしい。
しばらくして、玄関の扉が開く音がした。
話し声を聞く限り、入ってきたのはお父さんと、数人の男たち。
「こちらです。小屋の中にいるはずです」
「ご苦労さん。じゃあ手筈通りに」
とお父さんと男の声がする。
「お父さんおかえりなさい。……その人たちは?」
わたしが声をかけると、お父さんはニコニコ笑いながら
「あぁ、この人たちはお前を雇ってくれる人達だ。いい仕事が見つかったぞ」
「……ふーん、それって〝奴隷〟じゃないよね?」
「……なっ、そ、そんなわけないじゃないか」
――嘘だ
お父さんは嘘をついている。
お父さんが連れてきた人達は人目で鍛えていることが分かるような体格だった。そんなに戦い慣れた人を何人も連れて……明らかに怪しい。わたしが抵抗することを予期してるみたいだ。
それに、男のうちの一人が腰につけているのは、開拓者たちも連れていた〝奴隷〟を縛る縄だ。あれで縛って自由を奪い、痛めつけながら無理やり働かせるんだ……。
「……売ったね? わたしを。いくらで売れたの?」
「おいおい、俺はお前の父親だぞ? そんなことするはずがないだろ?」
額に汗を浮かべながら大袈裟な身振りで言い訳をするお父さん。はぁ……わかった。もういいよ。
「でも、本当のお父さんじゃない……」
「ユイ……お前」
「うっさい! 名前を呼ぶなクソ野郎!」
わたしは、冒険者仲間がよく使っていた精一杯汚い言葉で罵った。
面食らったような表情になるお父さん。いい気味だ。
「やむを得ん。捕まえろ!」
男たちのうちのリーダー格、黒い帽子を被って高そうな黒い服を着た男が叫ぶと、周りの皮の鎧を着た男たちが一斉に剣を抜いた。女の子一人捕まえるにしては大層なことだ。
わたしが勇者だから警戒されているのかもしれないが、その程度のことで捕まるわけにはいかなかった。
丸腰のわたしは、右手を前方にかざして技(スキル)を発動する。
「炎熱螺旋突(ヒートドライブ)!」
わたしはそのまま右手に炎を纏って勢いよく突進する。剣がなくても使用できる体術スキル……この突進速度に並の人間が反応できるはずがない。
「ぶわぁっ!?」
突進した先にいた数人の男は揃って吹き飛んで、小屋の壁に勢いよく激突した。
「もう追いかけてこないでね!」
包囲網が崩れた隙に、わたしは玄関の扉を開けて外に出ようとした。……しかし、そんなわたしの両足に金属の鎖が巻きついてきた。
「こんな優秀なガキ、逃がすわけねぇだろ?」
リーダー格の男が両手で鎖を握ったまま不敵に笑った。鎖鎌だろうか、古い武器だ。
「……殺させないで」
「はぁ? なにを言って……」
「できれば殺したくないの」
わたしは燃え盛る右手で足に絡みついている鎖を掴み……そのまま引きちぎってみせる。
「っ!? うそだろ……」
リーダー格の男の顔からニヤニヤ笑いが消えた。
わたしはそのまま背を向けて歩きだそうとしたが、そんなわたしの目の前にお父さんが立ち塞がった。
「大人しく奴隷として働け。この世界じゃあ働かないやつは生きていけねぇんだよ」
「……うるさい」
「誰が今までお前を育てたと思っているんだ?」
「……どうせある程度育ったら奴隷にするつもりで育ててたんでしょ? 叩かなかったのも、〝売り物〟にキズがつかないようにするため……違う?」
「……」
お父さんは何も答えない。……つくづくわかりやすいやつ。
「……最低」
「……俺は!」
お父さんは絞り出すような声で叫んだ。
「俺は、お前のことを誰よりも愛していた! お前なら必ず立派な勇者になると思っていた!」
「うるさい! それ以上嘘を並べるな!」
「嘘じゃない!」
ゴッ!! わたしは反射的にお父さんを殴り飛ばした。これ以上言い訳を聞きたくなかった。どちらにせよ、お父さんが私を売ろうとことに変わりはないのだから。
お父さんはわたしに殴られて、小屋の反対側の壁に文字通り頭から〝突き刺さった〟。普通の人間なら即死だろう。
――人を殺しちゃった
わたしの心の中に浮かんだのは、わずかばかりの後悔と、胸糞悪さ。それだけ。不思議とあまり辛くはなかった。
もう後戻りはできない。わたしは『勇者』にはなれない。人間に剣を向けてしまったのだから。
わたしは呆気にとられている男たちをその場に残し、一人小屋を出て森の奥へ入っていくのだった。
どれだけ歩いただろうか。
私の足は自然と、人間が未だに開拓していない〝未開拓地〟へと向かった。未開拓地には魔物が多い。そこで魔物らしく人間を襲って暮らしていよう。……そう思った。
森の中を延々と歩いていると、前方に何やら気配を感じた。複数の何者かが争っているようだ。わたしはそちらの方角へと歩を進めた。
気配はどんどん大きくなる。その時、私の目の前を何かが通過して行った。
小さい……小鬼(ゴブリン)? が数匹。そしてそれを追いかける人間の冒険者。
「ひぃぃっ! た、助けてくだせぇ!」
「うるせえ! 魔物風情が!」
人間のは、ゴブリンに追いつくと持っていた剣で一匹一匹仕留めていく。ゴブリンが倒れる度にその断末魔が森に響き渡った。
そして不思議なことに、蹂躙されるゴブリンがどうも昔厳しく〝しつけ〟られていた頃のわたしの姿と重なって見えてしまった。
「よし、助けよう! 雷光加速(ライトニングブースト)!」
わたしはスキルを発動して一気にゴブリンと人間に追いつくと
「閃光飛棘(ミニッツスパイク)!」
スキルで強力な飛び蹴りを放って人間どもを吹き飛ばす。頭蓋骨をまとめて砕いたような感触があった。
「……うわっ!」
生き残りらしき最後のゴブリンは、足をもつれさせて転びながらもなおも逃げようとしている。
「待って!」
わたしは咄嗟に叫んだが、逃げるのに必死なゴブリンは待ってくれるはずもなく……仕方ないので走って追いかけて、前に回り込む。
「あ、あわわわわお助けを……」
ゴブリンはわたしの姿を見るなり、その場に尻もちをついてガタガタと震え始めた。
「……そう、助けに来たの」
「……は?」
状況が理解出来ていないゴブリンにわたしはしゃがんで視線を合わせると、手を差し出す。
びっくりして後ずさったゴブリンだったが、やがて恐る恐るといった感じで手を伸ばし……わたしの手を握って立ち上がった。
「お、お前は人間じゃないのか……?」
「ううん。わたしは人間じゃない。……魔王だよ」
わたしは咄嗟に口にしたのは、自分の職業である勇者とは真逆の存在。〝魔王〟だった。
「魔王……様ですか?」
ゴブリンはどうやら魔王というものに心当たりがあったらしい。いきなり敬語になった。
「そう、魔王。魔王ユイ。……小鬼(ゴブリン)族のリーダーに合わせてくれる?」
「会って何をされるおつもりですか……?」
そんなの決まっている。……見れば分かるとおり、目の前のゴブリンは、か弱い存在だ。
わたしは弱い人、助けを求めている人を助けられる人間……ううん、魔王になる。
――ユイの『ユ』は勇者の『ユ』
だけど、別に弱い人、助けを求める人を助けるのは勇者じゃなくても出来る。もしそれが魔王だったとしたら?
「一緒に、人間に仕返ししよっ!」
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