第30話 悪魔の囁き
それからわたしは、勇者としての仕事をやるようになった。
具体的には、森を切り拓く開拓者たちに護衛として同行して、邪魔してくる魔物を倒すこと。
勇者としてのわたしの力はとても強力で、剣を振るって戦えば大抵の魔物はすぐに斬られて死んでしまう。
わたしが活躍する度に、開拓者たちや仲間の冒険者は大喜びして褒めてくれた。
たまに家に帰れば、木こりのお父さんも褒めてくれる。
厳しくしつけされてあまり褒められたことのなかったわたしは、それがとても気持ちよくて、本能の赴くままにどんどん魔物を殺した。
――ある日、それは起こった
わたしはいつものように開拓者たちの護衛をしていた。
開拓者たちはどんどん森の木を切って道を作っていく。
途中で何度か小鬼(ゴブリン)や犬人(コボルト)、猪人(オーク)などの低級の魔物が何体か襲いかかってきたが、わたしが剣を数回振っただけで、物言わぬ肉塊になってしまった。
……前と比べると明らかに襲ってくる魔物の数が減っている。警戒してみんな逃げていくのかもしれない。
「今日もこの調子で仕事を終えられそうだな」
開拓者の一人が満足気に呟いたとき、わたしは森の奥からドドドドという微かな音がすることに気がついた。音はどんどん大きくなって……
「……ん?」
「おい、勇者様がなにか気づいたらしいぞ」
「……危ないっ!」
わたしは咄嗟に前方に両手を突き出して魔法を唱えた。
「聖なる土よ……鉄の壁となりてわたしを守って! 鉄甲魔法壁(アイアンウォール)!」
ゴゴゴゴッ! という轟音とともにわたしたちの前に大きな鉄の壁がそそり立つ。
と同時に、森の中から木をなぎ倒しながら氷の竜巻が突き進んできて、わたしが作った鉄の壁にぶつかって呆気なく消えた。
「ま、魔法だ……」
今まで魔法で反撃されたことがなかったので、開拓者たちは浮き足立っている。
「みんな下がってて。わたしが倒すから」
開拓者や他の冒険者たちがジリジリと後退するのを背後に感じながら、わたしは自分の身長ほどの長さのロングソードを構えると、鉄の壁の向こう側へと注意を向けた。
咄嗟に壁を作ってしまったのは失敗だったか……壁の向こう側はよく見えないけど、何か強い気配が一つ。今まで感じたことがない強い気配だ。……なんの魔物?
……相手は壁の向こうから動こうとしない。
様子を伺っているようだ。
「……来ないならこっちから行くよ」
わたしは右手に剣を握ったまま、左手を前に突き出す。
「聖なる炎よ……敵を打ち砕き爆ぜよ! 火炎爆裂撃(フレイムブラスト)!」
ボウンッ! と音を立てて鉄の壁が砕け散る。途端にその陰から敵が飛び出してきた。
敵は、大きなハンマーのようなものを振りかぶってわたしの頭部を狙ってくる。
「はぁぁぁっ!!」
「能力強化(ストライキング)!」
ブゥゥンッ!! と唸りを上げて振るわれたハンマーは、魔法で強化されたわたしの左手一本で易々と受け止めることができた。
「ざーんねん!」
ゴッ!
わたしはそのまま敵ごとハンマーを持ち上げて……地面に叩きつけた。
「うぐ……っ」
「……えっ!?」
その敵の姿を見て、わたしは驚愕した。
地面に叩きつけられて痛そうに顔をゆがめる敵(そいつ)は、魔物特有の人間からかけ離れた特徴はなく、ほぼ人間のようだった。
わたしよりも一回りくらい年上の整った顔立ちの金髪ツインテール美少女。その目は碧と緋のオッドアイ……人間のようだが人間離れした美しさだ。
「やっぱり勇者には勝てないかぁ……」
「あなたは誰?」
観念した様子の少女にわたしは尋ねた。
いつもなら命乞いとか耳を貸さずに殺していたところだったけれど、今までの魔物とは規格外の強さと、その謎めいた容姿がわたしの興味をそそった。
「聞いてどうするのよ? どーせ殺すんでしょ? ……いつもみたいに」
「殺す。でも気になるから聞いている。答えて」
「答えない。自分がなんのために魔物を殺しているのか、分かっていないようなクソガキに答える名前なんてないわよ」
「……!!」
キッと睨みながら挑発されたわたしはイラッとしてしまって、持っていた剣で少女の右太ももを貫いた。ゴリッと太い骨を砕く感触があった。
「……っ!?」
少女は声にならない悲鳴をあげるが、その二色の目はわたしをきつく睨んだままだ。
「わたしはお前たち魔物から人間を守るために魔物を殺しているの。なにか問題でも?」
「そのせいで多くの魔物が住処を追われてあたしたち悪魔に庇護を求めて来てるのよ?」
どうやらこの少女は魔物ではなく悪魔らしい。どおりで人間にそっくりの見た目をしているわけだ。
「そんなこと知ったことではない。魔物だろうと悪魔だろうと、人間に害をなすやつは殺す」
わたしが素っ気なく答えると、少女はすっと手を伸ばしてわたしの小さな胸に手を当てた。どんな技を使ったのか、勇者として感覚を大幅に強化されているわたしでも反応できないほど素早かった。
そして少女はこう呟く。
「〝現出(リアライズ)〟」
「っ!?」
途端に、わたしはかつてない感覚に襲われた。
私の脳裏に鮮明に浮かんできたのは……
生まれてから今までの……最初のお父さんお母さんとの楽しかった記憶、二番目のお父さんお母さんとの辛かった記憶。三番目のお父さんとの大変だけど幸せな日々。
公園……水のお風呂……池……小さな小屋……神殿……魔物を殺すわたし……
「な、なにをしたの!?」
混乱するわたしは慌てて打開策を探ったけれど、幻惑魔法? の解除方法なんてわからなかった。そんな思いとは裏腹に、脳裏の記憶の再生は止まらなかった。
『ユイは弱い人、助けが必要な人を助けられる人間になれよ』
『ユイの『ユ』は勇者の『ユ』だ』
――今のわたしは弱い人や助けが必要な人を助けられているんだろうか?
確かにわたしは人間の開拓者たちを助けている。
――でも
それは弱い人を助けているわけじゃない。人間はいつでも魔物を簡単に狩っていく。
弱い人、助けが必要な人っていうのは……
――魔物の方だ
「お父さん……わ、わたし、わたしは……」
気づいたら、わたしは剣から手を離して、頭を抱えてうずくまっていた。
「ごめんなさい……わたしは……」
なぜだか涙が溢れてきて止まらなくなった。
「あぁぁぁぁぁぁ……」
「よかった。もっとクズな人間なのかと思ってたわ。辛い過去があったのね……お父さん、いい人じゃない」
少女がそう言うと、泣きじゃくるわたしの首筋に冷たい刃物が当たる感触がした。
「これは悪魔の魔法、〝現出(リアライズ)〟。触れた相手の記憶、感情を引き出して操作する魔法よ」
わたしの首筋に当てられていたのは、わたしが持っていたロングソード。少女が自分の足に刺さっていたそれを引き抜いてわたしの首筋に当てていたのだ。
「あんたもあたしを見逃してくれたし、あたしもあんたを見逃す。……これで貸し借りなしよ」
殺されることも覚悟していたわたしだったが、少女はすぐに剣を下げた。
「あぁ、そういえば質問に答えてなかったわね。……あたしの名前はレヴィアタン。悪魔族の次代当主よ。……あんたもあたしたちの力が必要になったらいつでも助けを求めていいのよ」
そしてわたしの頭を二、三回撫でると、魔法でどこかへ消えてしまった。
…………
…………
わたしは
…………
――どうすればいいんだろう?
――勇者とはなんなのだろう?
人間と共に戦うのが勇者なのか、はたまた住処を追われている魔物を救うのが勇者なのか……
わたしはしばらくその場に座り込んだまま考えた。
しかし、結局結論は出なかった。
とにかくもう魔物と戦うことは無理そうだ。
わたしはその後、黙って開拓者たちのもとを離れると、お父さんと暮らす山奥の小さな小屋へと帰ったのだった。
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