第28話 固有職業 暗黒勇者
「近くにおいで?」
魔王は玉座に座ったまま私を手招きする。前にここに来た時は、その周りに魔王四天王が控えていたけれど、今は魔王以外は魔物の気配はしない。
さっき「みんな待ってるよ」って魔王様言ってたけど、誰もいないじゃん。
私が玉座の前の階段の下まで歩いてきて、とりあえずそれっぽく膝をついてこうべを垂れてみたけれど、魔王は不満そうな声で
「もっと近くに来て」
と言った。
なので、赤いカーペットが敷いてある階段を数段登ってまた膝を――
「もっと! 目の前に来て」
「は、はいっ」
魔王の気迫に押されるようにして、私は玉座の目の前にやってきた。
目の前のゴスロリ幼女、魔王様はその紅い目で私の目を覗き込んでいる。
「カナ」
「ひゃいっ!?」
ただならぬ雰囲気に、私は変な声が出ちゃった。
「あなたが何故勇者レオンに敵わないか……わかる?」
「……さあ、私の能力不足か努力不足……だと思います」
異世界に転生した私に与えられたチート能力、最強の魔法の力は忌々しい呪いによって奪われてしまった。
それでも、体を鍛え、魔素の使い方を学んでなんとか強くなろうと努力はしてみたものの、やっぱりチート能力だらけの勇者に敵うまでになろうとするのは無理があった……っていうことだよね?
しかし、魔王は首を横に振った。
「まあ少し考えれば分かることだよ。わたしもすっかり忘れていたんだけど……」
いや、魔王様も忘れてたんかいっ!
……おっと、心の中でツッコミを入れちゃったよ。
「はぁ、なんですかそれ……? 私頭悪いんで分からないんですけど……」
「――少しは考えてよ……まあいいや、教えてあげる」
魔王は呆れたように息をついてから、玉座から立ち上がった。そして、しゃがんでいる私の左肩にぽんっと小さなおててを乗せる。
「――職業(ジョブ)だよ」
「し、職業!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。なるほど、確かに私は高位魔導士(アークソーサラー)のカナちゃんとしてずっと勇者パーティーで活躍してきたし、魔法が使えなくなって勇者パーティーから抜け出した後もずっと職業変更(ジョブチェンジ)なんてしてこなかった。
通常、戦い方によって職業は変えるべきなんだろうけど、サンチェスの街にやって来てからは忙しかったのと、そもそも魔王領のどこでジョブチェンジをすればいいのか分からないのでそのままにしておいたんだった……。
まあ職業を変えなくても戦い方は変えられる。
例えば、魔法剣士――魔法を使う剣士として戦う人だったら、剣士の職業を選んで物理メインで魔法はサポート程度だと考えて戦うか、魔法使いの職業を選んで魔法メインで戦うかどちらかにする。
そのうち上級職業(マスタージョブ)に、いいとこ取りの〝魔法剣士〟っていう職業が出現するんだけどね……。
自分の戦い方にあった職業を選択することで、剣士だったらスピードやパワーが上がって、魔法使いだったら魔法の威力とか詠唱速度が上がるみたいなボーナスが得られる……みたいなイメージかな。
と、ここまでカナちゃん情報です。――久しぶりに役にたったねカナちゃん情報。
でも、魔素を使って戦うのに適した職業なんてあったっけ……?
あっ、もしかして極めた者が魔素を操れるようになるという……
「……僧侶(プリースト)ですか?」
「ううん、違う。――あるんだよ、もっと適した職業(ジョブ)が」
魔王はニコッと笑う。――うん、かわいい。
「――暗黒勇者(ダークネスブレイブ)」
「なんですかそれ、聞いたことないですよ!?」
「当たり前だよ、だって固有職業(ユニークジョブ)だもん」
得意げに言う魔王。固有職業って、勇者(ブレイブ)と同じで世界に一つしかない職業ってことじゃん!?
そんなの普通の神殿ではもちろんならせてくれないし、だいたい一子相伝だったり、なんらかの条件が揃った時に奇跡的になる権利が得られるみたいなものばかりだ。
――もしかして魔王様って
「魔王様の職業ってもしかして魔王じゃなくて……?」
「……魔王なんて職業があるわけないでしょ」
魔王様は私の肩から手を離すと、その手を腰に当てながらジト目で私を睨んだ。
あぁぁぁぁっ! そうだったぁぁぁぁっ!
考えてみれば職業魔王ってなんやねん! って感じだしね。
でも、勇者っていう職業があるんだから魔王があってもいいとは思うけど。
「魔王っていうのは便宜上そう名乗っているだけで、わたしの職業は暗黒勇者(ダークネスブレイブ)だよ」
「……魔王様が……勇者……?」
「勇者じゃなくて暗黒勇者! わたし、勇者として召喚されたけど、勇者って呼ばれるのは大嫌いだから!」
「ごめんなさい……」
魔王の剣幕に、私はびっくりして反射的に謝った。
今の魔王様にとって勇者は敵だからね……。
「つまり、わたしが人間から魔物についたことで勇者から暗黒勇者になって、代わりに勇者になったのがあのレオンってやつなの」
「なるほど……」
「もーう、察しが悪いね! カナは」
――ごめんなさい。それは生まれつきです。
「わたしの暗黒勇者の職業をカナに受け継いでもらおうって言ってるの!」
「えぇぇっ!? てことは私が魔王になるってことですか!?」
「違うよ! 暗黒勇者と魔王は別物だって言ったでしょ? ――人間と戦わないことを決めたわたしにとって、人間と戦うための暗黒勇者の力はもう要らない。だからカナにあげるよ」
魔王は再び玉座に座ると、私を見つめながら続ける。
「――どうする?」
私は悩……むまでもない。
勇者レオンと戦う力、魔王様の力、ムカつくやつをボコボコにできる力が手に入るんだとしたら……。
「なります! 私、暗黒勇者(ダークネスブレイブ)に!」
うんうんと頷く魔王は
「なら儀式を始めるよ」
「儀式……? 職業変更(ジョブチェンジ)は神殿でやるものでは……」
「あのね……わたしだって職業変更くらいできるよ! わたしを誰だと思ってるの!?」
「魔王様です……」
そういえばそうだった。この幼女は人間たちが最も恐れる存在である魔王。
にしてはレオンには負けるし、使えない魔法とかもちらほら目立つけど。
「ただね……固有職業を受け継ぐには、その職業として相応しいかどうか試練を受ける必要があるんだよ」
で、出ましたよ試練……やっぱり強力な力を手に入れるにはなんらかの手間が必要ってことかな?
「あっ、そこまで身構えなくても、別にわたしと戦って勝てとかそういうことを言ってるわけじゃないからね?」
「そ、そうなんですか?」
な、なんだぁ……魔王様と戦ったらボコボコにされるだろうし……助かった……のかな?
「うん。――暗黒勇者を受け継ぐ条件は、勇者に対して憎しみを持っていることと……わたしの想いを受け継ぐこと……つまり」
魔王は私の目をじっと見つめたままゆっくり告げた。
「わたしがこの世界に召喚されてからのこと、全て話すよ。――聞いてくれる?」
私は静かに頷いた。
魔王が勇者として召喚されてから何があって、どんなことを思って人間に背を向け、魔物を守ろうと思ったのか……
それに以前ちらっと教えてもらった、奴隷として売られちゃったっていう話も気になる。
私もディランの養成所で奴隷として働いていた時期があるからその辛さは痛いほどよくわかるんだよ。
しかもその時私にはマシューっていう相棒がいたし、ゴブリンのヨサクたちもいたからあまり孤独ではなかったけれど、見ず知らずの土地で誰にも頼れずに働かなきゃいけないっていうのはどれほど辛いことだろう……。
これは絶対に聞いておかなきゃいけない話だ。人間に立ち向かう闇の勇者――暗黒勇者を受け継ぐんだとしたら……。
「聞かせてください。魔王様のこと……」
「――ありがとっ」
銀髪紅目のゴスロリ幼女は微笑むと、唇をペロッと舐めて、ふぅ……と息を整える。
大事なことを話すために心を落ち着けているかのようだ。……それほど辛い……話すのに気力をつかう話なのかもしれない。
目をつぶって、ゆっくり目を開いて私を見つめた魔王は、意を決したように口を開いた。
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