第27話 世界の半分をお前にやろう

 窓から射し込む陽の光で目が覚めた。

 おはようございます。


 さて、ここはどこだろう。昨日は魔王城に転移してからとにかく色んなショックが襲いかかってきて、ひたすらぼーっとして、体がとにかくだるくて、どっかで死ぬように眠った気がする。


 周りは……石造りの小さな部屋。私が寝ていた寝台の他は入口の扉と、朝日の射し込む窓しかないシンプルな部屋。

 窓から外を眺めてみる。


「うわぁ……」


 一面の青空と大きな山々、広大な森林が見渡せた。多分魔王城の最上部近くに設けられている部屋なのだろう。……さながら囚われのお姫様だなぁ。


「――どう? 気に入った?」


 私が風景に見とれていると、背後の扉が開いて魔王様が現れた。もう私はすっかり気に入られてしまったみたい。城の上に監禁してなにをするつもりだったのかな?


「綺麗でしょ? ここがわたしが治めていた世界。――カナもわたしの仲間になってくれたんだから、この世界の半分をやろう……なんてね」


 魔王はいたずらっぽく微笑む。――なんかすごい魔王様な感じのセリフだけど、目の前の幼女が言うと単にふざけているようにしか聞こえない。でもほんとにこの子魔王様なんだよね……。


「っていっても、もうわたしの支配している地域は、この大陸の一部だけ……あとはみんな人間どもに奪われちゃったよ……」


「――取り返せばいいじゃないですか」


 私はやっと口を開いた。でも、そう簡単にいかないのはわかっている。魔王軍が全力で立ち向かっても勝てない相手なのだから……。


 魔王は、ふっと笑うと、そうねと一言呟いた。


「私、もっと頑張りますから! 勇者にも勝てるようになって……勇者を、――レオンを殺します!」


 気づいたらそう宣言していた。

 私の大好きなレオンは死んだ。あの忌々しいエルフのルナによって殺されてしまったのだ。今のレオンはかつてのレオンではない。――ならもう殺すしかないよ。


「そういってくれるのは嬉しいんだけど……わたしね、もう戦うのやめようかなって思うの」


「えぇぇ!?」


 私は驚きの声を上げた。

 人間の敵としてこの世界に君臨して、魔物を統べ、悪魔や異形をまとめて、戦い、魔物たちの自由を守ってきた魔王が、ここで諦めてしまうんだろうか……?


「勇者のレオンがね、提案してきたの。『お前たちがこの大陸から出ていくならこれ以上魔物を狩ることはしない』って」


「――なんて自分勝手な!」


 腹立つー! そういう上から目線の提案! もうレオンは勝つことを確信してるじゃん!


「でもね、わたしはもうこれ以上犠牲を出したくないの……だから――」


「屈するっていうんですか? 人間に?」


 魔王は静かに頷いた。


「わたしは魔物たちを人間から救うために立ち上がったけれど、人間と戦うことで結果的にたくさんの魔物たちが死んでしまうんだったら……なんのために戦ってるの? って気がしない?」


「……それは」


 私は自分の復讐のため、相棒とまたモンスターギャルドをやるため、死んでいった仲間のため、師匠のために戦うと決めた。


 ……でもそれは私欲のためであって、みんなのことを考えているわけじゃない。――死んだ仲間に頼まれたわけでもないしね。


「実際、昨日の敗戦で多くの魔物が死んだし、四天王だって二人が討たれたの。……不利と悟った種族が次々と人間側に降っていっているし、このまま戦い続けても勝ち目はないよ」


 魔王はうつむき加減でへらっと笑った。

 負けかけている自分を嘲笑したかのようだった。


「そんなのまだ分かりません! 私一人でも勇者と戦いますから!」


 ……うん、正直私には魔王様の考えなんてどうでもよかった。

 今はとにかくあのムカつくやつらをぶっ飛ばしたい。

 そのあとマシューとまた闘技場(コロシアム)で暴れたい。

 それだけ。

 その機会があるなら魔王にだってなんにだって味方する。そんな感じかな。


「……そう」


 しかし魔王は寂しそうにそれだけ言うと、部屋を出ていってしまった。


「……」


 私はその場でしばらく考えた。


 ――自分はどうしたいのか


 ――自分はどうすべきなのか


 でも答えは決まっていた。――私は魔王じゃない。魔物を守る責任なんて負ってないし。

 だったら自分のやりたいようにやる。たとえ一人でも、勇者と戦う! そして勝つ!


 なら、まず会うべきは私の相棒だ。


 私は扉を開けて部屋から出ると、目の前にあった螺旋階段を駆け下りた。

 恐らくこの城のどこかにマシューがいるはず。


 ――にしてもおかしい。


 城の中に魔物が……というか生き物自体が少なすぎる……ウロウロと歩き回ってもほんの数人の魔物とすれ違っただけだった。

 本当に魔物たちは魔王を見限って離反しているみたい。……今まで守ってもらってたのに、薄情なやつら。


 城の下層までたどり着いた時、私は思いがけない魔物と出会った。


「あれ、どっかで見たような……」


 大きな荷物を背負って城から出ようとしているのは、馬の胴体に人間の上半身のケンタウロス……


「あっ、サンチェスの街にいたケンシンじゃん!」


 私の声に、ケンシンは驚いた様子でこちらを振り返った。


「ほう、こりゃあ驚いたぜ! あの勇者と互角にやり合って魔王様を守ったとかいうカナ様がオレをご存知とはねぇ!」


 カナ様て……なにそれ。今の魔王軍では私はそんなに話題になってるの?

 というかいまはそれが問題なんじゃなくて……


「ほら、忘れたの? 背中に乗せてもらったアークドリアードの……」


「あーいたなクロ坊の隣にそういえば……待てよ、その髪色まさか……」


 やっと気づいたかこのケンタウロス!


「えぇぇ!? オレはあの時カナ様を背中に乗せてたってことか!?」


「そういうことです」


「かぁぁぁっ!! こいつぁ参ったぜ!! バチが当たっちまう!!」


「なんでよ!?」


 そんなコミカルなやり取りもそこそこに、私はケンシンの背中の荷物を指さしながら率直な疑問を叩きつけてみた。


「で、ケンシンはこれからどこへ行こうとしてたの?」


「えっ……あぁこれか……」


 ケンシンは苦笑いを浮かべた。


「オレたちケンタウロスは魔王軍を去ることにしたのさ。勇者相手に頑張ってくれたカナ様には悪いが……」


「ふーん……?」


 まあいいや、やる気のないやつが味方にいてもしょうがないし、やっぱり去るもの追わず……かなぁ。


「悪ぃな……またどこかで会ったら……」


「会わないわよ! さっさと行きなさいよっ!」


 そう、敵につくならそこまで。

 だって私はもう勇者を倒す決意をしたから。

 私が死ぬかレオンが死ぬまで戦いは終わらない。


「あぁぁぁぁどうなっちゃうのかなー」


 ケンシンが去った後、私は一人天を仰いだ。

 大口叩いたけどレオンに勝てるのかな私一人で……

 昨日だってレオンに全然かなわなかった。


「もっと強くなりたい!」


 でもこれ以上どうやって強くなればいいんだろう……

 ディランからも、ノーランからも、レヴィアタンからもたくさんのものを学んだし、あと何かを教えてくれそうな人って……


「――力が欲しいか?」


「欲しいです!」


 咄嗟に答えたけど、この声って……


「ふっふっふ……ならば与えよう」


 私の背後に立っていたのはやはりというか、魔王様だった。


「魔王様!?」


「ちょっと考えてみたんだけど、わたしがどうしようとカナが戦うのは自由かなって思ったの。だからちょっと手助けさせて?」


「あ、ありがとうございますっ!」


 魔王様直々に何かを伝授してもらえるってことだろうか。勇者の倒し方とか? いや、知ってたら昨日の戦いで倒してるか……


「玉座の間においで……みんな待ってるよ」


「……?」


 首を傾げる私を後目に、魔王は影のように消えてしまった。あれだ、デュラハンのノーランが使う影移動だ。転移魔法は使えないくせにこういうのは使えるんだね……


 私は誰もいなくなってしまった城の入口に背を向けると、階段を登って大きな扉の前にたどり着いた。1回しか来たこと無かったけど、なんとかたどり着けたね。


 私は扉に手を当てると、ゆっくりと押す。


 ギィィィッ というおなじみの重苦しい音が響いて扉が開いた。


「し、失礼しますっ!」


「いらっしゃいカナ!」


 玉座に座った魔王は満面の笑みで私を迎えた。

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