第17話 リベンジマッチ!
その夜、いつものように養成所の面々と夕食を食べながら、今日街で見たことを話した。
「あの、ノーランって人、めちゃくちゃ強そうだったよ」
「当たり前だろ、魔王四天王のノーラン様なんだから」
私の言葉に、オーウェンは呆れたように答えると、カナちゃん特製シチューを頬張った。私も創意工夫しながらこれくらいの料理は作れるようになっていた。
「魔王四天王か……勇者パーティーに勝てるのかなぁ」
天才美少女魔法使いのカナちゃんが抜けたとはいえ、勇者パーティーは勇者レオンを筆頭に人間界屈指の強者揃いだ。おまけに厄介なエルフのルナもいるし……
「知らねぇよそんなの。俺は勇者ってのに会ったこともねぇんだからさ」
「それもそうね」
肩を竦めたオーウェンに私は頷くと、トラウゴットがおもむろに声を上げた。
「……そういえばカトリーナは人間なんですから、一度は会ったことがあるんじゃないですか? 勇者パーティーに」
「へっ?」
こんな質問予測していなかったので、私は軽くパニックになってしまった。本当は会ったことがあるどころかバリバリ所属していたんだけど、それは皆には秘密にしてある。カナちゃんはあまりにも多くの魔物を殺してきたんだから……
「ま、まさかぁ! 人間でも勇者パーティーになんてなかなか遭遇できないわよ! だってあいつらずっと色んなところを旅して回ってるし!」
「……いかんせん敵の情報が少なすぎる。遭遇した魔物はほとんどその場で始末されてしまうからな……」
ディランが落ち着いた口調で言った。
私はいつも通りの固いパンをかじる。そろそろ白いご飯が恋しくなってきたところだけれど、水の貴重なサンチェスではそもそも稲は育たないし、贅沢に水を使って炊くこともできない。卵かけご飯とか、食べたいなぁ……
「敵の情報がほとんどないのに、戦えなんて無茶なことを……」
「えっ、トラウゴットは勇者と戦いに行くの?」
「当たり前ですよ! モンスターギャルドの選手は皆魔王軍の一員として戦う義務があるんです。カタリーナ、あなたもですよ?」
「私も!?」
私は思わず驚きの声を上げた。私が? よりによって? 勇者パーティと? 戦うのぉ?
嘘でしょ! 今の私には逆立ちしても勝てる相手じゃない……
でもそういえば前にマシューが言ってた気がする。モンスターギャルドの選手の中には魔王軍で活躍してる選手もいるって……
「……お主(ぬし)なんかが勇者パーティーの前に立ったら5秒とたたずに殺される。邪魔なだけだから後ろの方で待機しているがよい」
ディランは騒ぐ私を宥めるかのように言った。でも、その言い方は割と傷つくんですけど……
「じゃあ私行く意味ないじゃないですか……」
「うむ、ない」
「えぇ……」
私は言葉を失った。でもそれ以上に衝撃だったのが、私が出ていった(というか追い出された?)勇者パーティーと案外早く再会できそうってこと。しかも敵同士で……
ルナに会ったら今度こそボコボコにしてやらないと……
「よし、頑張らないと……」
「だから、足でまといだから頑張るなって言われてるでしょう!?」
私の呟きにすぐさまトラウゴットのツッコミが入った。
酷くない? 別に私は戦いに行きたいなんて言ってないし!
「あっ、そういえばカタリーナについてこんな面白いものを見つけたよ」
ニコニコしながら話題を変えたのエミールだ。彼はなにやら新聞紙のようなものを私に投げてよこした。
新聞紙には大きな文字で「モンスターギャルドなんでもランキング」と大見出しがついている。ていうかこの世界に来てから、出会う文字や言語が日本語ばかりなので分かりやすくていいなー。
私は新聞紙を拾うと、その記事を眺める。……どうやらモンスターギャルドのファンにアンケートをとって、ランキングをまとめてみた。みたいな記事だ。
例えば、「1番強いと思う選手」のランキングでは、ディランが1位であり、2位にはミノタウロスのヨナタンがランクインしている。
そして驚くことに、別のランキングには私の名前もあった。それもいくつもある……
私はなんと3つの項目で1位になっていた。えーっとなになに? 「1番弱いと思う選手」「1番嫌いな選手」「1番対戦したいと思う選手」……? ってうるさっ!
しかも一緒に載っている顔写真が悪意のあるもので、よりにもよってイカスミをかけられて真っ黒になっている場面の写真を使われていた。もうこんなに弄られる意味がわからない。
「なんなのこれ……?」
「三冠おめでとう」
エミールは相変わらずニコニコ……というかニヤニヤしながら手を叩いた。
「おめでとう!」
トラウゴットとオーウェンも口々に言いながら続けて拍手してきたので、心の広い私でもさすがに怒ってしまい、そこら辺に落ちている石を兄弟子の3人に向かって全力投球するなどした。しかし、それもひょいひょいと笑いながらかわされてしまうので、私は完全に不貞腐れてマシューの元に戻ると、不貞寝を開始するのでした……
翌日、私はモンスターギャルドの試合があった。
いつものようにマシューに乗って闘技場(コロシアム)の中心に向かう。そしていつものようにブーイングを浴びせられ、ゴミを投げられる。もう慣れた! って言いたいところだけど、やっぱり辛いな……
私は目深に被っていたローブを脱ぎ捨てた。するとびっくり、見慣れた魔物と亜人がそこにはいた。……デビュー戦で私を生意気にも触手責めにしてきたイカさんとリザードマンじゃん! まさかの再登場?
「あぁ!?」
「よぉ! また会ったな!」
「また会ったなじゃないわよ! あんた、味をしめてるでしょ!?」
何故か気さくに挨拶してくるリザードマンを私は怒鳴りつけた。
「ちげーよ。リベンジの機会を与えてやってんだろうが」
なーにがリベンジの機会だ……どうせまた私を触手責めにして楽しみたいに違いない。いや、それか私を倒してまた人気を上げたいか……どちらにせよ、ディランによると私は戦うことにメリットしかない相手らしいので……
いいじゃない、こうなったらお望みどおりリベンジしてやりましょう。今度は相手の使ってくる技がわかってるし、ボコボコにしてランキングの三冠から最弱の称号だけは消してやるもん!
「――やってやろうじゃん!」
私は小ぶりの槍〝ショートスピア〟を構えた。少し前から使い始めた新しい武器。デビュー戦で使ったショートソードよりもリーチは長いし、突き攻撃だから防がれにくい。これでイカさんを串焼きにしてあげましょう!
ピィィィィィッ!! という笛の音で試合が始まる。
今回も真っ先に動いたのは私の方。でも、前みたいにすぐに炎で攻撃するのはやめて(意味がないからね)、勢いよくマシューを前進させて槍の届くところまで一気に接近した。
敵もマシューが炎を纏っているので不用意に触手を飛ばしてくることはない。……これならいける!
「せいっ!」
私はそのままリザードマンの喉元に一直線にショートスピアを突き出した。もらった!
プシャァァァッ!!
「ぶはっ!?」
私は突然浴びせられた水流でマシューの背から吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。……そっか、そういう攻撃もあったね……触手ばかり警戒してすっかり忘れてたよ。
「……いたた」
ぶつけた腰をさすりながら立ち上がると、ちょうどマシューの尻尾がリザードマンを捉えてリザードマンが先程の私と同じように吹き飛ばされているところだった。おぉ……さすがはマシュー……さすがは相棒!
でもまずいかもしれない。少し気を逸らした瞬間に、私の両足首にはしっかりと触手が絡みついていた。この忌々しい触手ぅ……
前よりは力がついていた私だけど、さすがにこのしつこい触手を振りほどけるほどの力はなくて、イカさんが触手を引っ張るとそのまま地面に引き倒されてイカさんの方へ引きずられていってしまった。このままじゃあまた触手責めだよぉ……
会場の歓声も一段と大きくなる。
私のピンチに湧いてるのかと思ったけど、どうやらそうではないみたい。私は引きずられた状態で会場を見渡して気づいた。観客席に黒い鎧を身につけた魔王軍の一団が現れたのだ。……そして、一団の最後に現れたのは銀色の鎧の……あれは、ノーラン様? ノーランが試合を見に来たの!?
魔王四天王の一人であるノーランの前で無様な格好はできない。よーし、やれるだけやってみよう!
「やぁっ!」
イカさんの近くまで引きずられてきた私は、右手に握ったままにしていたショートスピアを思いっきりイカの目ん玉に突き刺した。
キァァァァァッ!!
耳障りな鳴き声を発しながら青い体液と黒いスミを撒き散らすイカさん。可哀想だけど許してね!
でも、私がショートスピアを引き抜いてもう一撃加えようとした時、腕に触手が巻きついてきた。
「ひぃぃっ! ごめんなさいごめんなさい!」
やっぱりダメだった。慌てて謝ったけど、もう完全にイカさんを怒らせてしまった私は、あっという間に全身に触手が巻きついてしまい、ショートスピアも取り落としてしまった。
「……ま、マシュー……ぅ?」
相方に助けを求めようとして、そちらの方をうかがったけど、その時ちょうどマシューはリザードマンのトライデントが突き刺さって、のたうち回っているところだった。
「マシュー! マシュー! うぁぁぁぁっ!」
まずいまずい! このままだと私もマシューも死んじゃう! また降参してしまおうか……?
会場の歓声は大きくなる。今度は間違いなく、私の敗北を期待しての盛り上がりだろう。
全身を締め付ける触手の感覚は、冷たいけれどなんか気持ちよくて……もしかして私みんなの前で痴態を晒すことに喜びを感じてませんか? ……まさかね?
……ゴキッ!
「あぁぁぁぁっ!?」
身体のどこかでなにかが壊れる音がした。多分肋骨かなんかが折れちゃったかな? ものすごく痛い。辛い……もう全て投げ出したい。……降参、ただそう一言言えば全てから解放される……
「……っ、こ、こう……」
「諦めないで!」
歓声に包まれた会場の中で確かにその声は聴こえた。とても澄んでいて、小川のせせらぎのように綺麗で……
『応援してるよ、頑張って!』私の脳裏に浮かんだ文字。綺麗な文字で書かれたその手紙。……応援してくれる人がいる。私の勝利を願ってくれている人がいる。……じゃあやるしかないじゃない!
ピンチのヒーローが、声援を受けて立ち上がるように。私の体にも不思議と力が湧いてくるのを感じた。多分精神的なやつだと思うけど、火事場の馬鹿力ってやつかも。
「〝表出(エクスプレッション)〟!」
エミールに使われたあの魔法……内に秘めた力を解放する呪文……
私の闇の炎を食らいなさい!
と思って使おうとしたんだけど、私はうっかり忘れていた。……私は呪われているんだった。魔法を使おうとすると……
「……いだだだだだだっ!?」
痛い! お腹が……でも、アドレナリンが出まくっているのか、少しはマシなような気がする。……そして、思惑とは違っていたけど魔法に失敗した私は、しっかりとおもらしをすることに成功していて、全身が闇の炎に包まれていた。
キァァァッ!?
慌てて触手を離してくれるイカさん。
私は激痛が走るお腹と肋骨のあたりを押さえながら立ち上がると、痛みをこらえて走る。もう、この体はどうなってもいい。ただこれ以上負け続けるのは……嫌だから!
ズルズルと触手で体を引きずりながら逃げようとするイカさん。でも遅い。恐らく主に水中で暮らしている魔物なのだろう。……ごめんね!
私はイカさんに追いつくと、そのまま触手を1本掴んで引きちぎった。うわっすごい! これが本当に私の力なの!? 感覚としては、握りつぶすという動作を全身に纏ったオーラがサポートしてくれているような感覚だ。
「はぁぁぁっ!」
私は青い返り血を浴びながらもう一本触手を引き抜いて……するとイカさんはたまらずに殻の中に撤退してしまった。
「このぉぉぉっ!」
やけくそ気味に打った右ストレートは、なんとイカさんの頑丈そうな殻を突き破って、殻の中の本体に突き刺さった。……グニュッとした嫌な感触……でも手応えはあった。
カーンカーン!!
と場内に響く鐘の音。勝負ありのサイン。……乗り手か魔獣が戦闘不能になった場合は負けとなる。……つまり私の勝利!?
どっと湧く場内。浴びせられるブーイング。投げられるゴミ。
そんな様子を、私は力尽きてその場にペタンと座り込んだ状態で、全身で感じていた。……ほんとに、私が勝てたんだ……!
しかしその時、負けたリザードマンは両手を大きく振りながら叫んだ。
「審議審議! こいつ魔法使ったぞ!」
ビシッと指をさされた私。……乗り手の魔法の使用は許されない。
……モンスターギャルドのルールにそういうものが確かにあった。
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