第16話 私にゴミを投げないで!
私の両手に絡みついた触手は、さすがにマシューが纏っている炎を嫌ってか、それ以上は私に絡みついてくることはなく……代わりに私をそのままマシューの背中から引きずり下ろそうとしているようで、グイグイと引っ張ってくる。
……どうする……どうする私!?
えーい! 考えていてもしょうがないし、なるようになれ!
と、私は触手に引っ張られる勢いに乗せて、マシューの背を蹴って、真っ直ぐに敵のもとに跳んだ。そしてそのまま足でイカのような軟体動物に飛び蹴り!
――グニュッ!
――ズブッ!
あれおかしい、ほとんど手応え(足応え?)がない。触手の集まっている中心あたりに決まった飛び蹴りは、しかし私の足がそのまま触手の中に埋まっただけで全く効果はなかったようだ。
――キァァァァァッ!
イカさんは頭に響くような耳障りな鳴き声?をあげて、お返しとばかりに私の足が埋まってるあたりからブシャァァァッと大量のイカスミらしき黒い液体をぶっかけてきた。
うわ冷たっ! ていうかヌルヌルして気持ち悪い!
「ぶはっ……ま、マシュー助け……て?」
マシューのほうをうかがうと、あのトカゲ、今でも断続的にイカからかけられる水を嫌ってずっと遠くの方へ退避してしまっていた。あんなに! 自信満々だったのに! 何この有様は! 薄情者!
一方もう私の方はイカさんのやりたい放題。私の全身をイカスミで真っ黒に塗装したあとは、触手を足から太もも、そしてうねうねと全身に巻き付けてきた。
ヌルヌルヒヤヒヤしてとても気持ち悪いでもどんなに力を入れても触手はビクともしないし……
「や、やめてっ……」
「やめねぇよ! そのまま死ね!」
リザードマンが叫ぶと、触手は一斉に薄い本のようにいけない部分へと侵入して……来ることはなく、代わりに私の全身をものすごい力で締め上げはじめた。
「……っ!? いたたたたっ!!」
ミシミシと身体中の骨が軋むのを感じる。このままだとぐしゃっといきかねない。観客から歓声が上がる。このまま潰してしまえと……こ、こうなったらもう仕方ないよね。
「……こ、降参降参っ!!」
私は大人しく負けを認めた。リザードマンはチッと舌打ちして、変態なイカさんはすんなりと私を解放してくれた。……勝負のついた相手への追撃は許されない。ルールは厳格に守られているようだ。
「……はぁ……はぁ」
真っ黒でヌルヌルで、無様な姿を晒している私に、観客席から容赦なくゴミとか卵とかが投げつけられた……酷い。
……完璧美少女のカナちゃんは、こんな真っ黒な格好で触手責めされるようなネタキャラに落ちぶれてしまった。どうして……どうして私だけ酷い目に? そう考えたら涙が出てきて……
「……うぇぇっ……ぐすっ……や、やめて……」
多分ずっと泣いていたと思う。とにかくショックで……どうやって養成所に帰ったのか……どうやって体についたイカスミを落としたのか……そんな記憶も残ってなかった。
それから丸1日、私は寝込んでしまった。待ちに待った初戦で、相手に手も足も出ずに負けてしまったこと。触手責めをされたこと。観客からブーイングを受け、ゴミを投げられたこと。
いろんなことが本当に辛くて、私はろくに掃除もしていない自分の小屋の隅に横たわってひたすら宙をぼんやりと眺めていた。
何回か誰かが何かを言いに来たりしたが、何を言っているのか全く耳に入らず、相手は私が反応を示さないので、諦めて去っていった。
2日目、少し気分の回復した私は、昨日1日何も食べていないことを思い出して、厨房に立った。そういえば昨日はディランたちに食事を作っていない。私が食事を作らないので、私はもちろんディランたちももしかしたら何も食べていないのだろうか……だとしたら少し気の毒だ。
そんなことを考えながら野菜を刻んでいると
「ここにいたのか……」
とディランが厨房にやってきた。
「昨日は本当にごめんなさい! すぐにご飯作りますから!」
「いや、昨日はありがとう」
「へっ!?」
ディランの予想外の返事に私はまたしても変な声を出してしまった。
「カタリーナのおかげで某(それがし)たちは久しぶりに外食を楽しむことができた」
「はい!?」
「……ふむ、聞いてなかったのか? 一昨日のカタリーナの試合。あの試合の客入りは上々。しかも次の試合を求める客も多くてな。闘技場(コロシアム)のオーナーは大喜びで報奨金を出してくれたのだぞ。……そうだ。次の試合の日程だが……」
「ちょっと、ちょっと待ってください!? 一昨日の試合ってわたしが無様に負けたあのゴミみたいな試合ですよね!?」
普段の落ち着いた物言いからは考えられないくらい、珍しくマシンガンのようにまくし立てるディランを私は慌てて制止した。いまだに状況がよく理解できていない。
「ああそうだ。珍しい燃えるトカゲを見たい客はもちろん、人間が負けるのを見たい客、更には……あれだ、カタリーナの容姿はだいぶ、そそるみたいでな。某には分からんが」
「……そうですか」
なんか複雑な気持ち。嬉しいのか、情けないのか。ファンというよりもアンチが増えて盛り上がっているようだ。あのブーイングとかゴミ投げにしてもそうだし……
「私はもうやりませんよ。あんなに惨めな思いをするのは嫌です」
だからキッパリと言ってやった。無様に負けて見せ物にされて金儲けされても全然嬉しくない。もっと強くてカッコイイ私を見てほしい。……そのために、マシューとモンスターギャルドを始めたのだから。……そう、マシューだってそれは承知しないだろう。
「そうか……」
ディランは一言、それだけ言うと、私の傍に腰を下ろした。
改めて見るとディランの体はすごく引き締まった体……もはや芸術的とさえ言えるだろう。人間だったら惚れてたかもしれない。
「なんで私があんな目に……」
私はついつい師匠の前で泣き言をこぼしてしまった。
「みんなあんなものだ。某とて、モンスターギャルドを始めた時にはまだ鬼人(オーガ)なんぞ珍しかったし、散々に言われたものだ。デビュー戦にも負けた。完敗だった」
「ディランも……?」
「なんだ、お主(ぬし)は某が最初からこのように強かったと思っているのか? それは有り得んぞ。どんな強い選手でも最初は初心者なのだ」
「それは……」
何となくわかるけど……私はこの世界に転生した瞬間から最強の魔法使いだった。魔法では誰にも負けないような……でもそれはチート、文字通りズルをしていたのだ。
……負けて、挫けそうになって、立ち直って努力して……そんな過程を私は経験していなかった。だから今だって心が折れそうになっているんだ……
そう考えると私は無性に腹が立ってきた。……そう、怒りだ。努力もせずに強さを手に入れた、こんな惨めな思いをせずに、のほほんと無双していたかつての私、『カナ』に対する怒り。
……絶対に負けられない!
私の相手は、私を騙したルナでも、私を追い出した勇者パーティーでも、私をバカにする魔物たちでもない。最強の美少女魔法使い、カナちゃんだ!
「――いい目だ」
ボソッとディランが呟いた。
「明確な意志がある。今のお主ならやれる。某が保証する」
「……私は自分に負けたくない。だから戦います!」
私は力強く宣言した。するとディランはいつもの厳しい表情から一転、とても優しい表情になって、私の頭にポンッと手を乗せた。……大きな手、力強い手。
「それでこそ我が弟子、これからも励め」
「……で、昨日の外食って……」
モチベーションの回復した私は先程からずっと気になっていた質問を投げかけた。
「あぁ、報奨金が出たので、外食でもと思ってカタリーナを誘ったのだが、返事がなかったので他の4人で……」
「あぁぁぁぁぁぁっ!?」
私は天を仰いで絶叫した。……逃した魚は大きかった。
それからというもの、1週間に1回くらいのペースで私は試合に出場するように言われた。
なんでも、私が試合に出るとチケットの売れ行きが良いので、闘技場のオーナーから直々にディランに打診があったのと、他の選手からも私を倒すとそれだけで注目されるので、是非とも対戦させて欲しいというリクエストが後を絶たないらしい。
嬉しいのやら……悲しいのやら……
そして、驚くことに私はただの1回も勝つことができなかった。
別に手を抜いていた訳ではないし、稽古をサボっていたわけでもなくて、体力と技術力は日に日に増していくのが分かったのだけど、それ以上に相手が強かった。……それだけ。
最強かと思ったマシューの炎も、相手が消えたり飛んでたり、水を出してきたりで意外と通用しないことも多くて、気づいたらデビューからまさかの10連敗……毎回ブーイングを受けて、ゴミを投げられる日々……
でも私はもうへこたれなかった。だって、私の敵は私自身(カナちゃん)。ここで諦めたら自分に負けたってことだよね……? まあ、トラウゴットやオーウェンは散々「負け慣れのカタリーナ」って煽ってきたんだけど……
一戦一戦、次は必ず勝つぞっ! っていう強い気持ちで臨んだし、マシューも頑張ってそれに応えてくれた。本当にいい相棒だよ。
そんな中、ある日ディランが私の前にドサッと紙束を置いた。
「なんですかこれは」
「……ファンレターというものだ」
「ファンレター!?」
私はまたまたしても変な声を上げた。
「これ全部私のですか!?」
「……うむ」
「えぇっ!?」
まさか……嫌われてたと思ってた私に、こんなにファンが!? それは……とても嬉しいかも!
「……これが今の自分の評価だ。心して読むがいい」
「……えっ、はい」
ディランの意味深な口調に違和感を感じながらも、ワクワクしながら最初の1枚の手紙を開いた。……そこには大きな太い字で一言
『死ね』
……はい次いきましょうねー! えーっと次の手紙はー?
『消えろ人間』
「……うっ」
自分に負けないように頑張っていても所詮豆腐メンタルのカナちゃん……すぐに限界が来ちゃった。
「ほら読め、目を背けるな」
「……い、いやっ……」
ディランの声に、駄々っ子のように首を横に振る私。……こんなの、辛いよ。心が壊れちゃいそう。
「修行だと思って全部読め。こういう手紙ばかりでもないはずだ」
……そう言われたら読むしかない。私は冷静になるように努めながら、一通一通読んでいった。
手紙の内容は、さっきみたいな罵詈雑言がほとんどで、9割くらいを占めていた。……悪役で嫌われ者の私だから……しょうがないのかな?
そしてこれはちょっと驚いたことだけど、「カタリーナちゃんかわいい」「カタリーナちゃんぺろぺろしたい!」みたいな純粋? なファンレターも少し、そして「カタリーナを食べたい」みたいな魔物独特のファンレターもいくつか。
さらに……「応援してるよ、頑張って!」っていう綺麗な文字で書かれた応援のファンレターが一通……
「……頑張らないと……!」
私はジワジワと心の中に暖かいものが広がるような感覚をおぼえて決意を新たにした。結局どんなに罵詈雑言言われたとしても、応援してくれる人が1人でもいるのなら、やらないと……立ち上がらないといけない! やっぱりファンレターっていいなぁ……!
さて、次の試合を翌日に控えたある日のこと。私はいつものようにサンチェスの街に食材の買い出しに行っていた。
このローブ姿は闘技場でもお披露目しているし、買い物の時に誰かに何か言われるのでは?と思っていたけど、ローブを着てフードを目深に被る怪しいやつはこの街ではあまり珍しいものではないらしく、今まで誰一人として私がモンスターギャルドに出場している『カタリーナ』だとは気づいていないようだった。
ラッキーだね。
その時、周囲がいきなりザワザワし始めた。えっ何? もしかして私の正体に気づかれた!? と一瞬びっくりしたけど、どうやらそうでは無いらしい。人々はなにやら話しながら街の外へ繋がっている門のある方向に移動し始めたようだ。私はその話し声に耳を傾けてみた。
「魔王四天王のノーラン様の軍が来てくださった!」
「魔王様も本気で勇者と戦うおつもりだ!」
「我らも頑張らねば!」
ふむふむ、多分、離れたところにいる魔王から、四天王のノーラン率いる軍隊が勇者レオンのパーティーを倒すためにこのサンチェスの街に派遣されたということだろうか。
すると、周囲が一斉に歓声に包まれた。
私が門の方を見ると、門は開いていて、なにやら物々しい黒い鎧に身を包んだ魔物の集団が街に入ってきた。……あれがノーランの軍かな?
魔物の列を見送っていると、1人だけ明らかに偉そうな黒い馬に乗って銀色の鎧を着た魔物がいた。
「ノーラン様だ!」
「ノーランさまぁぁぁっ!」
あー、あれがマシューに名前をつけたというデュラハンのノーラン様ね……
確かにものすごく強そう。馬も、鎧に包まれた体も、影のようなオーラに包まれて実体がはっきりしない。多分物理系攻撃の全般を受け付けないんじゃないかなあれ……
と、最強美少女魔法使いカナちゃん譲りの分析をした私は、いいものを見れたなーとか思いながら人混みを離れて買い物を続けるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます