第9話 モンスターギャルド

 改めて闘技場(コロシアム)の中心部を見てみると、確かに大きくぐるーっと白い線が描いてある。あの線から出たら場外で負けなんだね。


 更に円の中心で睨み合う2頭の魔獣と2人の亜人。

 まず、体長数メートルほどのティラノサウルスを思わせるような外見の魔獣、私はよく知らなかったけど、クロエによると〝キラーラプトル〟というらしい。その背には牛頭の亜人、〝牛人(ミノタウロス)〟が乗っている。


 このミノタウロスさん、物凄くムキムキマッチョで、太ももとか私のウェストよりも太いんじゃないかなぁ……。

 手にはこれまた巨大な槍と斧を組み合わせたような武器、通称〝ハルバード〟を握っている。うん、凄く強そう。勇者パーティーの怪力自慢、クロードと腕相撲してもいい勝負できるんじゃないかな?


 もう1組の魔獣は、大きめの黒い猪。クロエによると〝ワイルドボアー〟というらしい。なんでもアリだね。

 キラーラプトルと同じくらいの体長だけど、こちらは全体的に丸っこくてがっしりしているので、キラーラプトルよりも大きく見えるかな。その背中には、精悍な顔立ちの〝鬼人(オーガ)〟が乗っている。


 こちらもなかなかマッチョだけど、ミノタウロスさんほどじゃない。でも、その手には何やら黒っぽいお値段の張りそうな両手剣が握られていて、かっこいい。


「今日は決勝戦なんだよ」


「決勝戦?」


「そう、サンチェスで一番強い魔物のペアが決まるってこと!」


「おぉ……」


 目を輝かせながら説明するクロエに、釣られて私のテンションも上がってきた。我ながらいい日にやってきたよね。やっぱり私ツイてるのかも!


「あのミノタウロスはヨナタンっていって、今年のデビューから45戦負けなしの逸材。〝蒼嵐〟っていう異名もついてるすごーく強いやつ」


「ふむふむ」


「オーガの方はディランっていうベテラン。〝鉄血〟の異名を持っていて、今のところ4年連続優勝してる超実力者だよ」


「ほうほう」


 要するに決勝戦だけあって超強いやつと超強いやつの戦いってことかぁ……楽しみだなぁ。


「カタリーナお姉さんはどっちが勝つと思う?」


「えっ、どうかな……」


 クロエに聞かれて私はもう一度両者の様子を観察した。ミノタウロスのヨナタンが乗っているキラーラプトルは、闘争心が高まっているのか忙しなく動き回り、時折「キシャァァァッ!」という鳴き声を上げて相手を威嚇している。今にも襲いかからんという勢いだ。

 対するオーガのディランの乗るワイルドボアーは鋭い赤い目で相手を睨みつけているのみでいくら威嚇されても微動だにしない。

 ……本当に生きているのかなあれ?実は威嚇されて気絶してたりして……


「ヨナタンのラプトルの方が元気そうだけど? 体格もこっちの方がゴリゴリマッチョだし……ヨナタンが勝つと思うけどな?」


 私が答えるとクロエは、ふっふっふーと意味ありげに笑った。……なによ、何か変なこと言った?


「あのラプトル、動き回ってるから元気そうに見えるよね? でもね、あれは闘争心を乗り手が上手く制御できてない証だよ。いざ試合が始まると、上手く思い通りに動いてくれないかも。魔獣も乗り手もディランの方が一枚上手だよ」


「えっ、そうなの?」


 モンスターギャルドオタクのクロエが言うんだから恐らくそうなんだろうけど、私はどうにも納得できないものがあった。


「そろそろ試合開始だからよーく見ててね」


 クロエの中では勝敗は既に決しているらしい。もう、そこまで言うなら絶対にヨナタンに勝ってもらわないと! 私も密かに闘志を燃やした。

 その時


 ピーーーッ!


 という笛の音が鳴り響き、闘技場内がわぁぁぁぁっ! と大歓声に包まれた。これが試合開始の合図なのかな。


 まず動いたのはやはりキラーラプトルを駆るヨナタン。一直線にディランに肉薄すると、「おらぁぁぁぁっ!」という掛け声と共にその巨大なハルバードでディランの頭部を一閃した。ビュゥゥン!と武器が空を切る音。

 ディランはその一撃を無理に防ごうとせずに、ワイルドボアーに乗った状態で上体を背後にほぼ90度倒すという離れ業で躱してみせた。観客からおぉぉぉっ! という歓声が響く。

 攻撃を躱されたヨナタンはすぐさまラプトルの進行方向を変えると、再び一撃を加えるべくディランに肉薄していく。


 その時、ディランが動いた。ワイルドボアーがくるっと向きを変えると、ヨナタンのハルバードを構えていない側に回り込んでいく。

 ディランがなおも動かないであろうと思っていたのか、ヨナタンの反応が遅れた。危ない!

 ヨナタンは慌ててハルバードを構え直すが、巨大な武器が完全に裏目に出ている。ラプトルもワイルドボアーの動きに対応できずにただ前に進んでいるだけのようだ。ラプトルの側面に、綺麗にワイルドボアーの体当たりが決まった。


「ギャァァァァッ!」


 という声を上げながらラプトルはバランスを崩して倒れ、ヨナタンもその背中から投げ出される。


「クソッ!」


 その拍子に吹き飛んだハルバードをなんとか拾い上げたヨナタンだったが、その背中に襲いかかるものがあった。


「はぁっ!」


 急停止したワイルドボアーから、その衝撃を利用して飛び出したディラン。彼は空中で両手剣を振りかぶるとヨナタンの巨大な背中に突き立てた。


「グァァァッ!」


 ヨナタンは吼える。しかし両手剣は強靭な筋肉に阻まれてか致命傷は与えられていないらしい。そのままハルバードを背後に向けて振り抜いた。ディランは剣から手を離すとサッと飛び退いて距離をとる。すごい、身軽だ。

 そして両者は睨み合うと、ヨナタンは背中に突き刺さった剣を片手を回して掴み、引き抜いた。……ブシューッと飛び散る鮮血。うわ、痛そう!


 そして……ガランッ!とヨナタンが剣を投げ捨てる音。それを合図に再び均衡が破られた。お互い真っ直ぐに相手に向けて走る両者。しかし、ヨナタンはハルバードを持っているのに対してディランは両手剣を失い丸腰だ。どうするつもりだろう?


「フンッ!」


 ヨナタンがディランを仕留めようとハルバードを振り抜いたタイミングで、ディランは高くジャンプしてハルバードを飛び越えた。……そしてあっけに取られた表情で振り向いたヨナタンの眼前にワイルドボアーが迫っていた!


「グハァッ!」


 ワイルドボアーの体当たりをまともに受けたヨナタンは吹き飛ばされて地面に転がった。そこへ自分の武器を拾ったディランが駆け寄って、喉元に剣を突きつける!

 なおも起き上がろうとしたヨナタンだったが、ディランのワイルドボアーがその胸を踏みつけて押さえ込んでしまった。ヨナタンのキラーラプトルはまだワイルドボアーの体当たりのダメージで起き上がれずにいる。


 ヨナタンは倒れた状態でそれを確認すると、ハルバードを手放して両手を上げるポーズをした。


「ぐぅ……降参だ!」


 わぁぁぁぁっ!! と割れんばかりの大歓声。そして私の隣で大声で騒いでいるクロエ。


「しびれるなぁ! ……すごい! 凄すぎるよ! まさに人馬一体ならぬ亜人魔獣一体!? さすがディラン様!」


「あー、はいはい、すごいすごい」


 賭けに負けたような状態になってしまった私も、仕方なく手を叩いて賞賛を送ってあげる。惜しかったと思うんだけどなぁ……まったく、あのラプトルがすぐにへばっちゃうから……いざとなったら思い通りに動いてくれない……かぁ。なるほど、クロエの言ってる事がやっとわかった。


 あれを……私たちはやるんだよね? 急に実感が湧いてきた、というか、不安……なのかな? 楽しみでもあるんだけど、今のままだとどう足掻いてもあの二人のように戦えるビジョンが見えなくて……。


「……カタリーナお姉さん?」


 ぼーっと今後のことを考えていた私に、クロエが話しかけてきた。……なんなのよもう。


「なによ?」


「お姉さんはこれからどうするつもり? また森に帰るの?」


「……あっ」


 そうだ養成所! 養成所に入るためにこの街に来たんだった! しかも、私はまたしてもいいことを思いついてしまった! これならいける! そして、決めたからにはすぐに行動しないと、っていうのが私のモットーだった。


「ごめん! 用事を思い出したからもう行かないと! 今日はありがとうクロエちゃん!」


「えっ、うん、行っちゃうの? そっか。よかったらまた一緒に見に来ようよ、モンスターギャルド!」


「うんうん! 楽しかったよ、また見に来ようね!」


 私とクロエはまた固い握手を交わした。というかまたほとんどクロエが勝手に握手してきたんだけど。

 多分……今度会う時は観客同士じゃなくて、観客と選手……になってるだろうね! ……そうだといいな。


 私はとても急いでいたので、挨拶も早々にクロエと別れて闘技場の出口へ急いだ。


 闘技場の外へ出ると、私は周囲をぐるっと回りながら目当てのものを探した。うーん、それにしても大きな闘技場。1周するのにはだいぶ時間がかかりそう。

 どこかなー? とか考えながら闘技場を4分の3周くらいしたところで、やっと目当てのものを見つけることができた。……それは不自然な人だかり。

 出口のひとつに集まって何かを待っているようだ。私の予想だと、あれは俗に言う『出待ち』。試合を終えた選手を間近で見ようと待っている一団に違いない!


 私はクロエがやっていたように、大柄な魔物たちの間に体を押し込みながら、出待ちの最前列あたりに移動していった。しばらくその場で待っていると、突然周囲がうぉぁぁぁっ! と盛り上がり始め、出口の扉が開いて数名の亜人が外に出てきた。あっ、めでたく優勝したディランと、数名のお供だ。

 すると、近くにどこからか馬車がやってきて、人だかりが出口から馬車までの花道のように左右に割れた。なんというか……統率のとれた動きだ。


 大きな一本の角が生えたオーガのディランはゆっくりと花道を歩いてくる。ファンたちは我先にと握手やサインをねだり(そういうところは私の前世とあまり変わらないかも)、ディランはその一人一人に丁寧に対応していった。ごつい見た目をしているけど意外と紳士! そして、ディランが私の前にやってきた。今だっ!


 私は人だかりから抜け出してディランの前で土下座をすると、叫んだ。


「私を! 弟子にしてくださいっ!!」


 言った……言ってしまった……! 一瞬その場が静まり返る……あれっ?


「申し訳ないですが、通行の邪魔ですので……」


 案の定、お供のうちの1人、体格のいい猪人(オーク)が私の腕をつかんで排除行動に出た。あっ、待って乱暴しないで!


「待て」


 とディラン。そして私の体をじっくりと観察する(やっぱりこれみんなやるの?)。しかし、今までの魔物のようないやらしい感じではなく、何やら実力を見極められているかのようだった。


「お主(ぬし)、今日の試合を最前線で見ていた娘(むすめ)だな? そこまで心を打たれたのか?」


「は、はいっ! 私もモンスターギャルドがやりたいと思って!」


 ディランは私の目の前で中腰になると、目線を合わせながら


「モンスターギャルドは過酷な競技だ。女の子にできるものではない。それに……某(それがし)は今は弟子を募集していない。他を当たれ、ドリアードの娘よ」


 と言って、私の頭をポンッと優しく叩くと、そのまま馬車の方に向かおうとした。

 このまま……このまま行かせちゃいけない! モンスターギャルドで最強になるには最強の師匠が必要なの! なにか、なにか考えろ私!


「ま、待ってください!」


 私は叫ぶと、頭と体にくっついていた蔦を剥ぎ取って地面にぶん投げた。もう、なるようになれ!

 また一瞬静まり返る場……そして


「……人間?」


「人間だ! 人間がいるぞ!」


「どうしてこんな所に!?」


「クソッ! 引っ捕らえろ!」


 周りの人だかりが一斉に騒ぎ始めた! やばい! カナちゃんまたまた大ピンチ! もうこうするしかないかなと、口笛でマシューを呼ぼうとした時……


「馬鹿者!」


 というディランの声がして、私は首筋をひっ捕まえてられると、そのまま馬車に放り込まれた。続けて乗り込んでくるディランとお供。そして


「早く出せ!」


 とディランが叫び、慌てふためく群衆を背に馬車は走り出したのだった。

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