第8話 いざ闘技場へ!

「うわぁ……」


 街中の様子を見て私は感嘆の声を上げた。

 石造りに整備された街並みは、まるで人間やドワーフの街のように繊細な造りで、中世ヨーロッパをモチーフにしているみたい。ところどころにあるお店や、広めの通りに点在している露天には、魔物たちが集まって活気に溢れている。


「やっぱり街は初めてなんだね。森とは大違いだから驚くでしょ?」


 手を体の後ろで組んでスキップをしながらご機嫌に歩いていたクロエが、私の様子を見て話しかけてきた。


「うん、私の住んでいた所はこんなんじゃなかったから……」


 前世の私の街は、たしかにもっと技術は発展していたが、こんなに活気はなかった。なんか死にそうになりながらみんな必死に働いてる感じだったし……。

 魔王領も捨てたものじゃないね……。


「驚くのはまだ早いよ。ほら、あれを見て!」


 クロエが指さした方を見ると、遠くの方に微かにとても大きな円形の建物が見える。街の中心付近かな? 結構な距離があると思うけど。


「なにあれ?」


「あれが闘技場(コロシアム)。モンスターギャルドが開催される場所。他に奴隷とかを戦わせたり、色んなスポーツイベントがあったり、ほんとに色々なことに使われているの」


「へぇー……」


 奴隷……スポーツ……ほんとになんでもありだなぁ魔王領は。


「……で、あそこまで歩いていかないといけないのね……」


「あははっ、まさかぁ」


 めちゃくちゃ遠いんだけど闘技場(コロシアム)……と、げんなりする私にクロエは笑いながら言った。


「ちょっと待ってね。……えーっと、……あ、いた! おーい!」


 何やら芸をやっているのか、遠くの方で魔物が群れているあたりに向けて手を振るクロエ。

 すると、その中から1匹の魔物が猛スピードでこちらにやってきた。

 なんか馬……みたいだけど、馬の胴体の上には人間の胴体みたいなものがついている魔物だ。……ちょっとキモい。

 カナちゃん情報によると〝人馬(ケンタウロス)〟という種族らしい。


 ケンタウロスは私たちの前で砂埃を上げながら急停止すると、クロエに話しかけた。


「おぅおぅ! 川のせせらぎみたいな声しやがると思ったら、まーたクロ坊(ぼう)かぁ……どーせ今日も闘技場まで送れとか言うんだろぅ?」


 そう言いながらクロエの頭をわしゃわしゃと撫で回すケンタウロスさん。なんだ、クロエの知り合いかぁ……。


「うん、よくわかったね」


「あったりめぇだろぉ、おめーさん、そのためにしかこの街にこねーだろーが! ……かぁ! まったく、数寄者(すきもの)よなぁ。モンスターギャルドなんざにハマっちまってよぉ」


 ……クロエもそうだけど、このケンタウロスさんも相当クセの強そうな人(まもの)みたい。


「ケンシンお兄さんも相変わらず道端で大道芸(だいどうげい)なんかやって、すき焼きだね!」


「すき焼きじゃなくて、数寄者だクロ坊。ケンタウロスはこの辺りじゃあ珍しいみたいでよぉ。こいつが意外と儲かるのよ、ウハウハってやつよ」


 このケンタウロスさんの名前はケンシンというらしい。それにしてもすき焼きとは……私も食べたくなってきたよ……この世界にもあるのかなすき焼き。クロエが間違えるくらいだからあるんだろうなぁ……。


「それよりも、今日は友達を連れていきたいんだけど……」


 クロエが私を示しながら言うと、ケンシンは「あー、いたなさっきからそういえば……」みたいな感じの顔をして、その後私の全身を観察して(みんなこれやるのね)から、嫌そうな顔で言った。


「嫌なこった。オレぁガキしか乗せねぇよ」


 まさかのロリコンさんですか!?


「えー、そんなこと言わないでお願い! このドリアードのお姉さんとてもいい人なの!」


 クロエが少し甘えた声を出す。あざといヤツめ!

 ケンシンは少し頬を弛めかけたが、すぐに表情を引き締めると


「いんや、いくらクロ坊の頼みでも、ドリアードでも、いいやつだとしても御免だね! オレのポリシーに反するからよぉ。そもそも誰かを乗せること自体が嫌で、クロ坊だけ特別なんだからな?」


「あ、おかまいなく、私は大人しく歩きますので」


 そんなに嫌がられては私も無理やり頼むわけにはいかないので、大人しく引き下がろうとしたが、ケンシンはなにかに気づいたように声を上げた。


「おい、その髪……もしかしてアークドリアードってぇやつか……?」


「今更気づいたの?」


 とクロエ。


「いやぁいやぁこりゃあ参ったぜ! アークドリアードに無礼を働いたとなりゃあオレらケンタウロスは森に居られんようになっちまうわ!」


 そしてケンシンは私に近づくと手を差し伸べながら


「乗せてやるわアークドリアードのねぇちゃん! クロ坊もさっさと乗れや! 飛ばすぜ!」



 私は何回か滑りそうになって手を貸してもらいながらなんとかケンシンの背中に登ると、クロエがその後ろにひょいと飛び乗った。身軽な子だなぁ……。


「しゅっぱーつ!」


「っしゃぁぁぁ!」


 ケンシンは街の大通りを疾走した。はやっ! マシューの全力疾走よりも速いかもしれない!石造りの道をパカラッパカラッと猛スピードで走っていき、あっという間に闘技場(コロシアム)は大きくなっていった。これならすぐに着いちゃうかも


「うおっと、あぶねっ!」


 突然ケンシンが急ブレーキをかけた。


「うぇっ!?」


「ふぐっ!?」


 クロエと私は前につんのめって、ケンシンの背中に衝突してしまった。


「なによもう……」


 前方を見ると、先の路地を小さな猫を思わせる魔物の群れが横断していくところだった。この街に交通ルールはないのかな?


「ねぇちゃん、頼むからその大きな果実を背中に押し付けるのはやめろや、事故るぞ?」


「はぁ? あなたが勝手に止まったんでしょうが……」


「魔物の群れが……」


「飛び越えなさいよ! 馬でしょ!?」


「ケンタウロスだっ!」


「あはははっ!」


 私たち2人のやり取りを聞きながらクロエは嬉しそうに笑う。なにが面白いのよ……と私が不貞腐れていると、ケンシンは再び走り出し……ほどなくして闘技場の近くまでたどり着いた。


「ありがとう! ケンシンお兄さん!」


 クロエはケンシンの背中から降りるとお礼を言った。


「じゃあ例のブツ、よろしく頼むわ」


「うんっ!」


 ブツ!? ブツですか!? なにこの怪しいやり取りは……

 ケンシンはクロエに何やら皮袋のようなものを差し出す。

 すると、クロエはその皮袋に手をかざし、目を閉じると……


「はぁぁぁぁっ……!」


 皮袋はたちまち水で満たされた。すごい! これがウィンディーネの力なのかな!?


「ありがとよ! ここら辺は水が貴重だからな。助かるぜぃ!」


 すると、ケンシンは私の方を見てなにか期待するような表情を……って、私もなにかした方がいいのかな? クロエに乗せられてケンシンのお世話になったけど……。


「さっき食べ損ねた果実、食べる?」


 私は自分の胸に手を当てながら冗談めかしてきいてみた。こいつはロリコンだからきっと大丈夫!


「いやいやいや、やめとくわ……どんな目に遭うかわかったもんじゃねぇし」


 案の定、ケンシンは頭をブンブン振りながら拒絶してきた。やっぱりねー。


「んじゃ、オレはもう行くわ、あばよクロ坊!」


 そう言いながらケンシンはまた猛スピードで走り去っていった。

 その後、クロエが「果実? 代わりに私が食べていい?」とか言い始めたので、一悶着あった。いい子だけどちょっとめんどくさいかなぁ……


 さて、闘技場(コロシアム)だけど、石造りのドーム状の大きな建造物みたい。

 形は円形で、私の前世でいうと東京ドームとかさいたまスーパーアリーナに似てるかな?

 わからない? とりあえず丸いってことだよ!


「ていうかどこから入るのよこれ……」


「あそこだよ?」


 クロエが指さした方を見ると、なにやら闘技場の入口らしきものと、そこから連なっている行列が見えた。


「中に入るには入場券を買わないといけないの」


「そんなもの持ってないわよ? お金もないし」


「私に任せて!」


 クロエは元気よく返事をすると、行列の方にかけて行った。一体何をする気だろう…?

 クロエは列の最後尾に並んでいた猪人(オーク)の2人組に話しかけている。遠いのでよく聞こえないけど、なんか3人でこっちの方をチラチラみたり、指さしたりしてるよ……私? 気になるなぁ……

 しばらくすると、オークの2人組がニヤニヤしながらこちらにやってきた。えっ、なんかすごく嫌な予感がするんだけど……


「確かに可愛い子だ」


「お姉ちゃん、俺たちと遊ばないか?」


 オークは私の近くに寄ってくると口々にそんなことをほざいた。……クロエさん? もしかして私を売りました?


「ちょっと、困ります……」


「いいじゃんいいじゃん」


 オークどもは諦めてくれる様子がないし……さて、いよいよ私の相棒の出番かな?


「はい終わり! 行こうお姉さん!」


 その時オークの陰からスッとクロエが現れて、私の手を引くとそのまま闘技場の入り口の方へ走り出した。私もつられて必死に走るけど、この子めちゃくちゃ走るの速くない!? ほとんど私は引きずられているようだ。


「ちょっとクロエちゃん、私を売ろうとしたでしょ!?」


「えへへ……ごめんね。でも使えるものは使わないと魔王領じゃあ生きていけないんだよ」


 そう言いながらチラッと見せてくれた手には、小さな紙切れが2枚握られていた。……これが入場券かな?


「どうしたのよこれ……」


「カタリーナお姉さんを囮に使って油断した隙にあのオークさんたちから盗ってきたよ」


「えぇ!?」


 いやいや、それって盗みってことだよね? ほんとになんでもありなんだね!?


「言ったでしょ? 魔王領だと基本的になんでもありなんだよ。むしろ盗られたほうが悪いみたいな風潮あるし……それでもちゃんと秩序が保たれているのはすごいよね」


 秩序が保たれているかは置いておいて、その弱肉強食的な雰囲気は別に嫌いじゃないかも。まあ今の私は弱いから食われる方なのかなぁ。


 私たちは闘技場(コロシアム)の中に入った。イメージ通り内部はすり鉢状になっており、360度にわたって観客席が設けられている。が、ほとんどの観客は座席を無視して前の方に集まって立っている。そのカオス具合を見るに、特に指定席というものは存在しないらしい。


 クロエと私は大柄な魔物と魔物の間に体を押し込みながら少しずつ前に進んでいき、最前列を確保することに成功した(というか、やる気に満ち溢れたクロエが道を切り開いて、私はただついていくだけだったけど)。

 最前列から闘技場の中心部に目を向けると、亜人が2人、魔獣が2匹、合計4匹の魔物がそこにはいて、互いに睨み合っている。まだ競技は始まっていないらしい。


「お姉さん、モンスターギャルドのルールはわかる?」


「実を言うと全然わからないのよね……」


「じゃあ軽く説明するね。モンスターギャルドは魔獣と乗り手のペアで相手のペアと闘う競技だよ」


 クロエは得意げに話す。知識を披露できるのは嬉しいらしい。


「いくつかルールがあって、まず乗り手が魔法を使うことは禁止」


 あぁ……マシューにそんなこと言われたっけ。


「勝敗は、乗り手が戦闘不能になる、魔獣が戦闘不能になる。場外に出てしまう。乗り手が降参の合図を出す。と負け! すごく簡単でしょ?」


 簡単……なのかなぁ? 戦闘不能って……どこまでやられてしまうんだろう……

 軽い気持ちで引き受けてしまったけど、あまり痛いのは嫌だなぁ……

 なんてことを考えてチキンになってしまうカナちゃんでした。

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