第230話 飲ろうか(1)
よし。
これで決まったな。
まず、俺たちの目標は、国を立ち上げること。ここに変更はねえ。
皇帝の首に刺さってるはずのあの『針』を抜き、正気を取り戻した帝国と交渉をする。
流れはこれだけだ。
ここまではいいな。
次に……役割分担だが、針を抜くのは先生にやってもらうしかねえ。つまり帝都に行ってもらうことになるが、それについていくのはクジャクとジョー。残った俺らはその間、反逆者集団レッドアンバーとして、帝国の全軍団をここに引きつける。
帝都をからっぽにして、先生を助けるんだ。
……ハサン。
その全部の根まわしをするのが、あんただ。
あんたにはこれから、帝都に行ってもらう。
大祭主でも将軍でもいい。使える駒は全部使って、帝都に、ひとりの騎士も残さねえようにしろ……!
「……とは、言ってもよ。あんた、せめてジョーぐらいは連れていったほうがいいんじゃねえか?」
「フフン、いや、結構。私には私のやりかたがある。ジョーブレイカー君は実に有能な男だが、だからこそ、足手まといになることもある」
「チ」
「すじを書いた私が大丈夫だと言うのだ。安心して待っていろ。ほら、つまらん顔をせず、まずは飲め飲め。よく会議をまとめたな。いいリーダーぶりだったぞ」
アレサンドロのグラスに、酒がそそがれた。琥珀色をした、人間の手による蒸留酒である。
ハサンはそれを自分のグラスにも満たし、向かい合うアレサンドロともうひとり。小さな光石ランタンの光をぼんやりと受けた、N・S獅子王に向かっても捧げ上げた。
獅子王のたてがみは太陽の色。
獅子王の装甲は夕空の色。
獅子王の瞳は虹の色。
ここは、コルベルカウダの『港』であった。
「どうも落ち着かねえな。酒はもっと、にぎやかなところで飲みてえよ」
アレサンドロが文句を言うと、ハサンも、
「おまけに広すぎる」
と、にやにや笑ってうなずいた。
「だが、世界一贅沢な酒場だとは思わんか? 地べたに座り、つまみは豆だけ。酒は三流酒だが……な?」
「な? じゃねえよ」
「ンッフフフ」
「ハ、ハ、ハ」
ふたつのグラスが、チン、と、ふれ合った。
ボトルは、どんどんと軽くなっていった。
「ところで、アレサンドロ」
「……ん?」
「まだカラスにほれているか?」
「んん、ん、なに?」
「いや、そうだろうな、そうでなくては困る。国の立ち上げは重大事だが、カラスのことも、また重要だ」
「おい、あんたも先生も、やっぱりどこか勘違いしてるぜ。俺は別に、カラスとどうこうしてえなんて考えちゃいねえんだ。カラスを助けられりゃそれでいい」
「ほれているのにか」
「ああ関係ねえ。俺はもちろんシックザールとして来るあいつの針を、この手で、命がけでも抜いてやるつもりだがよ、だからといって恩を着せるつもりもねえし、忠義の騎士づらをするつもりもねえ。カラスは自由に行けばいい。俺は、カラスがどこか、同じ空の下にいるってだけでいい。それだけで生きていける」
「フフン、恋だな。幼い恋心だ」
「悪ぃか」
「いいや、まさか。恋はときに、愛よりも美しい」
「チ。またはじめやがった」
「まあ聞け。語りたがるのは年寄りの悪い癖だが、それを無駄なものだと決めつけるのは若者の悪い癖だ」
「ああ、わかったわかった。勝手にやってくれ」
「おお、アーレサンドロー」
ハサンはうしろを向いてしまったアレサンドロの背中を、ぽんぽんと叩いた。
「なあ、アレサンドロ。恋は愛の劣化版、あるいは前段階だと捉えられがちだが、私はそうは思わんのだ。神を愛する者はいるが、神に恋する者はいない。母を愛する者はいるが、母に恋する者はいない」
つまり、
「恋と愛とは別物だ。特定の条件下でのみ咲く花と、温室育ちのよくある花。どちらにも良さがあり、どちらがいいとも言いがたい。そしておまえに言いたいのは……」
と、ここでハサンは言葉を切り、いい音を響かせて、ぴしり、ひざを打った。
「よし、わかった。ここで約束をはたそう」
「……約束?」
「いずれ聞かせてやると言ったな。私の過去。私と、カラスの関係だ」
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