第194話 西部マズ鉱山(3)
『む……うう』
直視ができない。なんという大放電か。
この兵器、鉄機兵団内では俗に、『電気ネット』などと呼ばれている。つまり文字どおり大電流を放つ網であり、これによって装甲を焼き、電子機器を破壊し、敵を捕獲もしくは殺傷するというわけである。
開発されたのはつい先ごろのことであるが、今後は海岸砲の弾丸以外に、対L・J用手榴弾、トラップ、ネットのみを要塞の周囲に張りめぐらせての陣地防御等々、様々な用法が検討されることだろう。
ただし……。
もちろん天使に対する有効性は、いまだ確認されていなかった。
『どうだ、カール・クローゼ、効果は!』
『まだ、わかりません。しかし……』
激しく発光をしながら、腕を振りまわして声なき悲鳴を上げる天使は、誰よりも近くにいるクローゼから見ても苦しんでいるように思われる。
このダメージが数多の作戦を徒労に終わらせてきた厚い皮膚装甲の下にまでおよんでいればいいのだが……。
『とにかくそれを確認しなければ、作戦が成功したとは言えん』
鉄機兵団としては、一刻も早く天使に対して有効な武器が欲しい。戦艦砲という切り札を得たとはいえ、今後の戦闘一切を、それのみに頼るわけにはいかないのである。
『はい!』
勢いよく答えたクローゼはフェグダを転進させ、天使へと、また再び進路を取りなおした。弾丸の雨はやんでいる。
『閣下、自分も行きます!』
と、距離を詰めてきたのは、アルバート・バレンタインのシュッツェンシルトであった。
『アルバート、無事か! よかった!』
『閣下も』
『こちらの被害は?』
問われたバレンタインは、サイドモニターへ目をやって、
『L・Jが二十七。騎士については現在確認中です』
クローゼは我知らず、眉をひそめていた。
『二十七か……多いな』
『正面突撃のリスクを思えば軽微です』
『……うむ』
『まだ終わったわけではありません。残りの兵を、これからすべて失うことも考えられます』
『ああ、わかっている。気をゆるめている場合ではないな』
『閣下、危ない!』
足を止めたフェグダとシュッツェンシルトの眼前に、そのときL・Jほどもあろうかという質量と、重量のある物体が降ってきた。大地へ深々と突き刺さったそれは灰色の飾り彫刻で、確か天使の冠に同じ造形が見られたはずだ。
そしてその根元は黒く焼けこげ、炭同然となっている。
『閣下!』
シュッツェンシルトの指さしに従ってカメラを調整すれば、電気ネットを力まかせに引きちぎろうとする天使の上半身が、モニターに大映しとなった。
『……効いている、効いているぞ、アルバート!』
天使の巨大な指は網の目を引き伸ばし、ネットをネットとも思えぬ状態にまで破損させていたが、隙間から見えるその頭部はなおひどい。冠は崩れ、頭頂部から鼻梁にかけての皮膚装甲ははがれ落ち、鋼のしゃれこうべがあらわとなっている。
そこに植わった眼球様のカメラには多くのヒビが発生し、まるで砂浜に打ち上げられた海魚のそれのように白くにごって見えた。生ける屍、クローゼの頭の片隅に、どこかで聞いたその言葉が浮かんで、張りついた。
屍鬼は苦しげに首を振りまわすと、皮膚装甲の破片をまき散らしながら、ついに、ネットを引きちぎった。
『……撃てぇ!』
そのとき雄たけびを上げたのは、天上に退避していたグローリエの、ボンメルである。
ドッと、注意をうながす赤玉もなしに撃ち出された徹甲弾は空を走り、群れを成して地上の天使へと走る。
天使は腕にからみついたネットを荒々しく振りほどき、その深海魚の目で天をにらみつけるや、予想どおりとばかりに腕をひと振りした。鋼鉄の砲弾は、ことごとくが弾かれ地に落ちた。
マズ鉱山、アディントン海岸砲から放たれた榴弾も、天使の頭部のこげをわずかに広げたのみで、とどめを刺すまでには至らなかった。
『ちッ……!』
なんとやっかいなことか。天使はいまだ、遠距離砲撃に対する警戒をゆるめていないのだ。
マリア・レオーネが舌を打つ。
こうなればもう、あとは貴公にまかせるより他にないぞ、カール・クローゼ……!
と……。
『天使よ!』
声高らかに呼ばわる声を受け、天使は右を見た。
ぐううと、頭ごとまわしてそちらを見た。
右の肩口に、半人半馬のL・Jが仁王立ちしている。
右手の電撃槍と額の一角が、まばゆく照り輝いている。先ほど、この身を痛めつけた、電気ネットのように。
『聖鉄機兵団第三軍軍団長、カール・クローゼ・ハイゼンベルグ! 勅命により、おまえを破壊する!』
ここで天使が吠えたのは、まさか激昂したためではないだろう。
だが天使は吠えた。
開かぬ口からではなく、皮膚装甲という遮音機能を失った、むき出しの頭骨の内側から駆動音を轟かせた。
巨体がかしぎ、左の腕が持ち上がり、電雷のフェグダへつかみかかる。
フェグダは瞬時に後退して飛び上がり、その腕へ乗り移るや、さらに跳躍した。
狙うは天使の顔面。その右目。
電撃槍を、しっかと握りしめ、
『覚悟!』
クローゼは叫ぶ。
そして、電撃槍を突き出した。
パッ、と、音もなく散った細かな粒の正体は、粉砕されたカメラのレンズである。
続けて電撃槍の先端はその奥にある水晶体を貫き、人間ならばガラス体にあたるだろう場所にまで押し入った。……が、操縦桿を通したその感触は、あまりにも手ごたえがなさすぎる。
実際、根元まで深々と突き刺さった電撃槍と眼球の隙間からはなにももれ出さず、クローゼはそこが空洞なのだろうと勝手に推量をつけた。
とにかくそんなことよりも、操縦桿の押し慣れたスイッチを操作することに、意識は自然と向いていた。
電撃槍が、一層強く輝きを放つ。
天使の四肢が硬直した。
天使の頭蓋の内側が、電撃槍より放たれた白電の反射によって発光した。
『……閣下!』
『うむ!』
そこへやってきたシュッツェンシルトが手を伸ばすところへ、再びフェグダは跳躍した。
馬の前脚、後脚をそれぞれひとかかえにし、肩にかつぎ上げるようにして持ち上げた力自慢の五〇〇系L・Jは、そのままフラップブレードをブンブンと振動させて天使から離れる。
直後。
大爆発が起こった。
吹き飛んだのは、天使の鎖骨にあたる場所から上。電気ネットによって、すでにもろくなっていた翼もろとも、その首は跡形もなく消え失せた。
腰が砕け、台座が傾き、大地へ倒れこんだその衝撃はすさまじく、遠く離れたアディントン海岸砲の砲身さえもわずかに上下させたほどである。
天使が最期に放った断末魔の超光砲は、天の雲を吹き払ったのみで、霧散した。
『……やったな、カール・クローゼ』
『……はい』
クローゼとマリア・レオーネのふたりは、モニターを通して目を目を見かわし、同時に息をはいて微笑した。
天使・超光砲は死んだ。
しかし、クローゼのほがらかな笑みとは対照的に、マリア・レオーネの顔色は冴えない。
はたしてこれが勝利と言えるのかどうか。なにかひとつに頼りきった戦が、はたして是かという想いがこの女将軍の胸にはある。
『勝利です。これが勝利でなくてなんなのです』
『フフ……』
結果的にはそうだと、マリア・レオーネも、そこにはうなずいた。
『とはいえ、リドラー将軍』
『ん?』
『私は帝都に戻り次第、ラッツィンガー将軍へ申し上げるつもりです。レッドアンバーと……』
『共闘できないものかと?』
『はい』
『……』
『将軍?』
『……そのときには、私も行こう』
『将軍!』
『勘違いをするな。帝国の、完全なる勝利のためだ』
天使には、こちらの行動を計算し、警戒する頭脳がある。
だがたとえそうであっても、一か八かの手探りではない、必然の勝利をたぐりよせるために、
『頼るのではない。N・Sの力を、利用するのだ』
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