第150話 まずは前門の虎二匹

 騎士たちは幸い、六十二名全員が小康を得た。

 これはなにもアレサンドロひとりの手柄ではなく、低体温症の対処に慣れた、クジャクや北部出身者の応急処置が適切だったのだ。

 毛布にくるまれ、引き続きレクリエーションスペースでの治療が続けられることとなった騎士たちは皆、逆らうことなく身をまかせている。いずれ通りがかった町にでも、引き移ってもらうこととなるだろう。

 さらにマンムートのレーダーだが、これについてもほどなく修理が終了し、カラスたちはねぐらを失った上に、モチにこっぴどくしかられた。

 一日二日はそれを根に持ち、ギャイギャイと騒いでいたようだが、いまはマンムートの屋根に、枝を集めはじめているそうだ。

 それと入れかわりに、モチは以前暮らしていた中央ホールの止まり木へ、居を戻していた。

 そして……。

 マンムートにとって、最も重要な情報がもたらされたのも、このころであった。

 飛行戦艦オルカーン。オットー・ケンベルの将軍機、『超光砲のメラク』。

 この二機の居場所が、特定できたのである。

「メラクはここだ。北東、およそ百五十キロ。オルカーンはその南方、ここから二百キロの地点にいる」

「合流は」

「したあと、かもしれんな。はさみ撃ちを狙っているか、もしくはメラクの撃ちもらしをオルカーンがすくい取る計画か。オルカーンが猟犬となり、我々を追い立てるつもりかもしれん」

 アレサンドロは椅子から身を乗り出し、ハサンの説明に、いちいち相槌を打った。

 ブリーフィングルームへ集められた他のメンバーもまた、真剣に耳を傾けている。

「で、どうする」

「さあ、そこだ」

 ハサンは指を打ち鳴らした。

「我々に残された道はふたつ。端的に言えば、オルカーンから狙うか、メラクから狙うか」

 逃げる、という選択肢がないことに、場の緊張は少なからず高まった。

「空中戦と地上戦。基本となる戦場は異なるが、リスクはどちらも似たようなものだ。どちらもテリー・ロックウッド、おまえがキーマンとなる」

「てはは……やっぱり」

「戦術としては、待ちぶせということになるだろう」

「……ふぅむ」

「質問がなければ、アレサンドロ、決断を」

「エディン・ナイデルはどうする」

 険しい顔のクジャクが、手を上げた。

「やつは放置だ」

「なに」

「というよりも、引き連れていく。鉄機兵団の、砲弾の中へな」

「アハッ」

 ここでつい吹き出してしまったララのわき腹を、ユウはひじでつついた。

 これは、不謹慎だぞ、と言うよりも、寝た子を起こすなの心境だ。ユウはまだ、ハサンが怖い。

 いつでもにらまれているようで顔も上げられないのだ。

 しかし、ハサンはそ知らぬ顔で話を続けた。

「我々は守備的な防御を取りすぎた。攻撃的な防御こそ、真の抑止力となる」

「やつが上手く誘いに乗ると思うか」

「乗らなければ乗らないで結構。的をひとつに絞ることができる」

「じゃあ二号車はどうする。こっちも砲弾の中へ連れていくってのか」

 アレサンドロの指摘に、ハサンはフンと、優しげに鼻を鳴らした。

「状況による」

「状況?」

「まずは、相手を決めなければな」

 そこでアレサンドロは、テリーへと向きなおった。

「おまえはどうだ」

「俺?」

「もう、腹はすわってんな」

「そりゃ、まあ、たぶんね……」

 曖昧顔のテリーから得られる心証は、なにやら判然としない。

 強がりなのか、本当に割り切ることができているのか。本人でさえ、戦場に立たなければわからないのではないだろうか。

 ならば、少しでも戦いやすいオルカーンを選ぶべきか。

 アレサンドロは、待てよと思った。

「悪ぃが、ちょいと考えさせてくれ」

「ンン、どうぞ」

 アレサンドロは腕を組み、目蓋を閉じた。

 つまり、今回の図式としてはこうだ。

 飛行戦艦オルカーンが相手だと言っても、実際そこには、神速のベネトナシュという将軍機がついてくる。

 戦場は空だ。

 こちらの対応機は、カラス、クジャク、サンセットⅡ。手が少ない。

 対してメラクは地上戦。二号車の対応さえ間違えなければ、オオカミ、コウモリ、ナーデルバウム、そしてジョーブレイカーの裏工作も可能になる。

 ……と。

 ここまで考えをめぐらせたところで、アレサンドロはハサンの顔を見た。

「あんたはどう思う?」

 いつものように聞くのは簡単だが、今回はもう少し自分の力で考えてみろよ、と、心がささやきかけてくる。

 アレサンドロは開きかけた口にコーヒーカップを押し当てて、言葉を飲みこんだ。

 さて……。

 他にも、なにか考慮しなければならない案件があるはずだ。

 エディン・ナイデルか?

 鉄機兵団へ行き当たる前に足止め工作を受けたら?

「……違うな」

 アレサンドロは首を横に振った。

 エディン・ナイデルにマンムートは破壊できない。

 相手もそれがわかっているからこそ、えげつない策をもって精神的なダメージを与えてくるのだ。

 ……そういえば。

 虎の子のL・Jを三機ともむざむざ破壊させたのはなぜだろう。

 まだなにかを隠しているのか。

 また、人の命をもてあそぶようなことを考えているのか……。

「チッ」

 アレサンドロは当初の目的であるオルカーンとメラクのことなどすっかり忘れてしまい、知らぬ間に、どす黒い泥水のようなものを、胸の中で渦巻くがままにさせてしまっていた。

 そしてその泥水は熱くうねり狂い、しまいには、黒い吐息となって噴き出すのではないかとさえ思われた。

 しかし、背すじに近い、どこか奥まった部分では、冷え冷えとした恐怖が揺らぎもせず、鎌首をもたげているのであった。

「アーレサンドロー」

「!」

 アレサンドロは頭から冷や水を浴びせかけられたような気持ちになった。

 クジャクが見つめている。

 ユウが見つめている。

 全員が、自分の出す答えを待っていた。

「よそ見をするな」

 苦笑まじりにささやかれたハサンの声に、アレサンドロはようやっと、我を取り戻した。

「答えは出たかな、リーダー君?」

「いや……どうだかな」

「決断は、早ければ早いほどいい」

「……なら」

 アレサンドロは、ひと呼吸で心を決めた。

「メラクだ」

「よし、メラクだ」

 ハサンは、それでいい、とでも言うように、アレサンドロの肩を叩いた。

「セレン博士は、ジョーブレイカー君と、メラクの予想進路を割り出してくれ」

「できれば、オルカーンも?」

「言わずもがなだな」

「了解」

「フクロウ君は、カラスたちに連絡を頼む」

「ホウ、なにをでしょう」

「メラクとの戦闘域に入る前に、契約を解除する。その前にひとつ頼みごとをするかもしれんが、森に帰る準備も進めておくようにと」

「了解です」

「テーリー」

「……あいよ」

「いよいよだな」

「みたいだね」

「時代が変わるぞ」

「だと、いいね」


 放送による全車への通達も完了し、敵は北東、と意気込んだマンムートであったが、とにかく正確な情報をつかむまではと、しばらく南への進行を続けることとなった。

 いまは間近にせまった戦闘と、

「遅くとも、明日の日の出までには進路を変えたい」

 と、期日を切ったハサンの期待に応えるべく、ブリッジ、機関部、整備その他の全人員が、あくせく動きまわっている状態だ。

 無論、こうした中でも元奴隷たちの受け入れ態勢は維持されており、騎士たちの世話も続けられている。

 アレサンドロは、それでも少なからぬ人数がマンムートを降りたいと願い出るのではないかと考え、そのときは、とがめ立てることのないよう、自らを戒めた。

 なにしろ、今度の戦いはどうなるか、先が見えない。

 スナイパー部隊のL・Jが戦闘に参加すること自体、帝国史上、はじめてのことなのである。

 天と地。ふたつの利を得た者が勝つ。

 などと、至極当然のことを言うしかないのであった。

 しかし、アレサンドロの予想に反して、そのような希望を言い出る者はいなかった。

「なあ、ブルーノ」

 アレサンドロは、荷運び作業中の友人、ブルーノにたずねた。

「あん?」

「あんた、ガキのことが心配じゃあねえのか?」

 すると、重さにして二十キロはある小麦の袋をかかえ、格納庫と数カ所の食料庫とを行き来していたこの力自慢は、

「てめえ、降りろってのか!」

 と、あわや大惨事だ。

「おまえならどうするよ。逃げるか! ここにいるガキを、みんな連れて逃げろって言われて逃げるかよ!」

「いや、逃げねえ」

「チェッ、くだらねえこと言いやがって」

「でも、よ」

「ああ?」

「逃がしてえってのが……親心じゃねえのか?」

 それと聞き、かつてのガキ大将ブルーノは、気弱になっているリーダーをながめ、汗で光る肩を落とした。

「あのよう、アレサンドロ。忘れちまったか?」

「うん?」

「あの戦でも同じようなことがあったぜ。これ以上はもたねえと言われた砦から、ガキのいる夫婦者は逃がされた。心中させるのは忍びねえってんでな。うちの砦もそうだったじゃねえか」

「ああ」

 忘れるも忘れないも、そのときの子どもたちがいま二十代の若者となって、マンムートを動かす力となっている。

「あんときは俺も見送ったがよ、ああ、よかった、生き延びることができた、なんて顔してるやつはひとりもいなかったぜ。どの夫婦者も、くやしい、申し訳ねえ、そんなつらだった」

「……そう、だったな」

「だからよ、おまえがどう思うかは知らねえが、俺はな……あんときの間違いをなぞるのはごめんだぜ」

「……!」

「俺が逃げりゃあ、これからの人生、くさくさしどおしで生きていかなきゃならねえ。うちの息子だって、そんな親父は見たくねえさ」

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