第151話 鋼のゴーレム

 南西部の大動脈、メリゴ・アピアナス街道。

 東から西へとくだるその道は、背びれを持つトカゲが横たわっているかのようなメリゴ山脈を抜けたところで、広大な平原に出る。

 これが夏であれば、青々とした絨毯が、一陣の風によって大海さながらの白波を立てる姿が見られたのだが、いまの季節は冬だ。頭上に広がる灰色の雲。人の背丈をゆうに超える厚い雪の層。たよりなげな一本の細い道すじ。それだけであった。

 と、不意に、その人影もないモノクロームの世界に、似つかわしくない物音が轟いた。

 ゴロゴロゴロゴロ……と、それは雷のようであったが、絶え間なく響いてくる。

 おまけにそれは、山の裏側から近づいてくるようだ。

 なだらかな尾根にそって続く木々の向こうに、雪崩か雲かという雪煙が見えはじめ、山北を迂回してきたらしいL・Jの隊列が、そこに姿を現した。

『あれが、ケンベルの部隊だな』

 雪に半分身を沈めたN・Sオオカミが、わきで、同じようにうつぶせとなったコウモリに聞いた。

『おそらく』

 と、コウモリのハサンは答えた。

 いまこの周囲の雪原には、ふたりの他に、誰の機影もない。

 マンムートは一キロ後方の山中に身をひそめ、カラス、サンセットⅡ、そしてシューティング・スターの各機は、それぞれ定められたポイントで作戦開始を待っている。クジャクとナーデルバウムは、マンムート待機だ。

 その他、雪原のそこここに寝そべっているのは、余りの金属で組み立てられた、L・J大のカカシ。

 デコイである。

 急ごしらえではあるが、鉄機兵団のレーダーを一秒でもかく乱できれば……という程度の期待には、これで十分応えられるのであった。

 続々と現れるL・Jの二列縦隊は、指令装甲車をはさんで、大きく毛色を変えたように見えた。

『……雨ガッパかよ』

『ンッフフフ』

 そう、装甲車のあとから、ぞろぞろと歩み出てきたL・Jたちは、ケンベル軍の看板とも言える、ライフル部隊であった。アレサンドロをして『雨ガッパ』と言わせた白い迷彩布を、この一軍だけが身につけている。

 各々の肩に捧げ持たれているのは言うまでもなくL・J用ライフル銃で、おそらく型は、テリーのものと共通だろう。

 そして……。

『う……!』

 それまで、外見的には平然と構えていたアレサンドロの口から、驚愕のうめき声がもれたのはこのときであった。

 あの、ゴロゴロという雷鳴にも似た音の正体が、いまこそ戦場に現れたのである。

『……超光砲の、メラク……マジかよ』

 アレサンドロは、そうつぶやくより他になかった。

 規格外も規格外。それはまるで、茶けた土を盛り上げた小山であった。

 キャタピラつきの特注カーゴに乗せられ、横一列にならんだ四台の軍用車で引かれたその全高は、見たところ三十メートルにも達するだろうか。

 その体積のほとんどを占めているのは堂々たる下半身とショルダーアーマーで、背に折りたたまれた砲筒は、ライフルと言うにはあまりにも巨大すぎる。対して腕は並のL・Jと大差なく、ショルダーアーマーに埋もれるようにしてついているのだった。

 本来あるべき場所に頭部は見当たらず、前方に突き出した、コクピットかと思われる胸の中心に、赤いデュアルアイが煌々と輝いていた。

『メラクを倒すには……メラクが必要』

 いつかテリーの言った言葉が、アレサンドロの耳に思い出される。

 確かにこの『異形のゴーレム』の前では、シューティング・スターなど、豆鉄砲を持ったおもちゃの騎士だった。

『おい、ハサン』

『なに、案ずるな。やつとの戦いかたは、あれが一番よくわかっている』

『そう、だよな……』

『しかし、フフン、大層な行列だな。皇帝陛下でも、こうは引き連れまい』

『おい、大砲も積んでやがる!』

 オオカミは、牽引車の荷台に積まれた大口径カノン砲を指さした。

『ジョーブレイカー君の報告にはなかったな』

『どうする』

『祈るのみだ』

『チッ』

『さあ、はじまるぞ』

 ハサンが言葉を切るや否や、突如、メラクの進行方向にあたる街道沿いの木立で、騒ぎがわき起こった。

 それは、樹上を旋回しながら鳴きに鳴く、カラスたちのざわめきである。

 鳥があわてて飛び立つときは、そこに敵がいる証拠。兵法の初歩の初歩をわきまえたケンベル軍は、当然すぐさま進軍を止め、二、三発の銃弾を木立へ送りこむ。

『わぁ……!』

 叫びを上げて木立から駆け出したのは、肩の軍団章を赤いペンキで塗りつぶしたL・Jたちだ。

『メーテルのご加護を』

 ハサンは、声をひそめて笑った。

 言うまでもないことだが、故障時ならばともかく、これほど近くにL・Jがいることを、マンムートのレーダーが察知できないはずはない。

 ずっと、わかっていたのだ。

 進行方向を北東へ変えたマンムートのあとを、十数体のL・Jが尾けてきたことも。

 それが、赤い三日月戦線のL・Jであることも。

「あの日、おまえたちにL・Jを破壊させたのも、我々の目をあざむくためだろう。L・Jは三機のみ、これで危険はないと思わせるためにな。……だが、残念なことに機械は公平だ。よくあつかえる者に味方をする」

 ハサンは作戦会議においてそう語り、復讐に燃えるカラスたちへ、作戦への協力と、赤い三日月戦線の見張りを頼んだ。

 そうして、この勇敢にして家族愛に満ちた兵士たちは、行動をともにするジョーブレイカーの合図で、いま宿願かなえるときを迎えたわけである。

 野生のカラスたちはまったく上手く飛びまわり、飛び来る弾丸にふれるものは、一羽としていなかった。


 さて……。

 一機、また一機と。

 赤い三日月戦線のL・Jが銃弾に倒れていく姿を、深々とリニアシートにもたれたテリーは、感情のこもらぬ目で見ていた。

 ……いや。

 実際はL・Jを通り越し、その背後に見える、巨大な将軍機を見ていた。

 きっと将軍は、これが単なる『道化の客寄せ』であることに気づいているに違いない。

 そして本命を探せと観測官に命じ、車椅子で移動をはじめる。

 ライフルをつかみ、外へ出るのに一分。

 広いカーゴの、全面を覆いつくす雪に舌打ちし、車椅子の車輪にロックをかける。

 もう足がなえている、前線は無理だろう、というのは、誰かが流した噂。想像にすぎない。

 戦闘の息吹を両足に吹きこんだ将軍は、しっかりと地面を踏みしめて、立ち上がる。

 メラクのハッチが開き、昇降用のゴンドラが上下する。

 いま、起動スイッチを入れた。

『……よし』

 テリーは脳内のキャンバスに思い描いたとおり、このタイミングでメラクのデュアルアイが赤くきらめいたことに満足した。

 現実と感覚がリンクできている。

 その満足だ。

 テリーはそのリンクこそが、スナイパーにとって最も重要な戦場感だと信じている。

 たとえば、一秒を十秒にも二十秒にも感じた、などということは、あってはならないのだ。

『ロック』

 厳かに響いたテリーの声が、静まり返っていたコクピットに、息を吹き返させた。

 外では、まだカラスが鳴いている。

『スナイパーモード、スタンバイ』

 ウウ、とうなったコクピット内部が、形を変えはじめた。

 ……怖いか?

 青弾頭の銃弾をチェンバーへ押しこみながら、テリーは、我が胸に聞いてみた。

 ああ、怖い。

 なにが怖い?

 愛銃、ラッキーストライクがわずかにボルトアクションを拒み、テリーを苦笑させた。

『……わかってるよ』

 テリーはスコープをのぞきこみ、

『リンク』

 メラクと、自分だけの世界に没入した。

 パタリ、パタリと、メラクの砲筒が組み立てられていく。

 煙突のように天高く立ち上がったそれはゆっくりと倒れ、本来頭部があるべき場所、コクピットの上部へ接続し、収まった。

 長さにして、五十メートル。

 砲口の直径は、中でL・Jがほふく前進できるほどである。

 しかし、メラクの恐ろしさは、その唯一無二の巨大兵器だけではない。

 巨体ゆえに機動力は皆無だが、多少のことではびくともしない防御力を誇る。

 ならば、シューティング・スターの狙いはただ一点。

 その、砲筒の口。武器破壊だ。

 砲筒が自分を素通りし、いまだ戦う意欲を失わない赤い三日月戦線のL・Jへ向くのを、テリーは待った。

 メラクは、その願いどおり砲筒を右へ旋回させ、ぴたり、止まった。

『……う』

 なんと、その射線は、こちらへ向けられている。

 まさか、偶然だ。

 テリーは思おうとした。

 あれは、せまいカーゴの足場の上で、自由を奪われ難儀しているだけなのだ……。

 だが、筒の奥底に見える闇がみるみるふくれ上がり、スコープの向こうで大きな瞳へと変化するのを、テリーは見てしまった。

 そしてその瞳は、さらに大きな、ひとつの顔姿となった。

 ……見てる。

 あの人が、見てる!

 テリーの指はおそれおののき、枕を投げつけて幽霊を遠ざけるように、意識を離れて引き金を引いていた。

 ……チィィン。

 尾を引いて飛んだ弾丸はメラクの銃身をかすめ、テリーを絶望させた。

 巨大な砲口の奥に、光り輝く炎が見えた。

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