第143話 凧を上げよう

「わぁ!」

 聞こえた歓声に目をやると、窓の下に、色とりどりの帽子が見えた。

 新年祭は、酒を飲まない子どもたちにとっても、待ちかねた『お祭り』だ。

 いつもより豪華なごちそうあり、お菓子あり、おもちゃあり。

 あの六億という巨額の金は、見るものから見れば『きたない金』ということになるのだろうが、こうしてなに不自由のない、幸福な新年祭を迎える手助けとなったのだから、むしろ『天の助け』であったと呼ぶべきだろう。

 ……バングに、感謝しないとな。

 ユウは、騎士の盾を模した伝統的な六角凧を手に、身を切るような冷たい風の中を元気に駆けていく子どもたちをながめ、そう思った。

「あ、凧! いいなぁ」

 隣で、ドライフルーツのパウンドケーキを頬張っていたララが、窓をのぞきこむようにして身を乗り出した。

 いつでも好きなときに食べ、飲み、寝るのが、庶民の新年祭だ。ふたりのいる二号車の食堂にも、多くの人々が集い、歌っている。

 中には、ララと同様、子どもたちの凧に気づいた者もいて、

「俺も子どものときは……」

 などという思い出話が、笑い声にまじって流れ聞こえてきた。

「ね、あたしも凧上げしたい!」

「ええ?」

「あたし昔から、一回やってみたかったんだよね。ユウもやったことあるでしょ?」

「まあ、チャノム爺が、よく作ってくれたから」

「それって、あの、ソブリンのとこのおじいちゃん?」

「ああ。それがすごいんだ。犬でも猫でも、なんでも好きな絵を描いてくれて」

「へぇぇ」

「海は風が強いから、手を放すだけで上がっていくんだ」

「へぇ、いいなぁ……」

「行こうか」

「え? ……うん、行く行く!」

「よし、行こう」

 ララは飛び跳ねるように、席を立ったユウを追いかけてきた。


 さて、言うまでもなくこの二号車にも、当然いくつかの出入り口がある。

 その中でもメイン昇降口は、いかにも戦闘用車両という雰囲気にはしたくない、というアレサンドロの意向を受けて、まるで、上等な宿屋のようなつくりだ。

 その、例にもれず新年祭用の飾りに彩られた玄関ホールは、いまや男子も女子も集まって、さながら工作室となっていた。

 笑いさざめく声と、クレヨンのにおい。のりのにおい。

 床を机がわりに絵を描いていた少年が、

「できた!」

 と、完成したそれを持っていった先にはマンタがおり、

「がははは。おお、これはよく描けている。アンコウだな!」

「戦車だよ」

「がははは」

 などと言う間に、立派な凧に組み上げられていく。

 筋肉質で、指先も太いマンタだが、なかなか器用な手さばきだ。

「よし、上げてくるがいいぞ。手袋を忘れずにな!」

「はーい」

「そして、帰ってきたら!」

「レモネード!」

「うがい、手洗い!」

「レモネード!」

「よし行け!」

 なにやら、マンタと妙な合言葉をかわした少年は、先に完成して待っていたらしい仲間ふたりと、外へ駆け出て行った。

「マーンタ」

「おお、確か……待てよ、待て待て、いま思い出すぞ。そら、いままさに思い出すところ……そう、リンダとトム!」

「ぶー」

「おお! なんという悲劇!」

 顔を覆ったマンタは、身悶えしてくやしがった。

「あたしはララで、こっちはユウ」

「む、そうか、よし!」

「あたしたちも凧作りたいんだけど、いい?」

「もちろんだとも。三角、四角、ひし形、六角。我輩のおすすめは、無論三角。耳をつければマンタに早がわり!」

「あたしは六角形! ユウは?」

「もちろん三角だろう、少年!」

「……四角で」

「おお! またしても悲劇!」

 まわりの子どもたちから、わっと笑い声が起こった。

「仕方ない。さあ、持っていくがいい。画材は好きなものを使ってよし。原色で派手に、が基本だぞ」

「はぁい。行こ、ユウ」

「ああ」

 ふたりは真っ白な紙を受け取って、十分ほどで、そこに簡単な絵を描いた。

 ララは真っ赤なハートマーク。

 ユウは、メイサの祭紋だった。

「ぬ、これはカワハギとワカメか!」

 ふたりの絵は、すぐに凧となった。

「おっと、待て待て。帰ってきたら!」

「えと……レモネード?」

「声が小さい! 帰ってきたら!」

「レモネード!」

「うがい、手洗い!」

「レモネード!」

「よし、忘れるなよ! あの机に準備はできているぞ」

「はい、マンタ先生、質問!」

「なにかな、ララ君」

「レモネードが嫌いだったらどうすればいいんですか」

「ぬふふ、そのときはココアだ。ホットミルクも可。我輩は柔軟だぞ」

「わかりました! 行ってきまぁす!」

 ふたりは、わきのコートかけに用意された共用の上着にそでを通し、ハッチをくぐった。

「わ……!」

 先ほどまでの薄曇りが嘘のような、快晴である。

 澄みきった空の下端は白くかすみ、その下に、銀色に輝く山並みが見える。

 そして、谷から吹き上げる風を受けて舞う、いくつもの凧。光るダイヤモンドダスト。

「キレイ……」

 窓越しには決して見られなかっただろう絶景が、目の前に広がっていた。

「うう、でも寒い」

 鼻の奥が、キンとする。

「早く上げよう」

「うん、うん」

 まずはユウがハート凧を持ち、風下にあたる、山側のゆるい斜面を少しのぼった。

「俺が手を放したら、紐を引くんだ!」

「わかった!」

「行くぞ!」

 ちょうど、絶好の風が吹き、素人のララでも、凧は天高く舞い上がった。

「上がった上がった!」

 ユウは自分の凧を引きながら山を駆けくだり、ララと肩を並べて、凧上げを楽しんだ。

「どうだ?」

「うん! あ、お、落ちちゃう!」

「もっと、こうやって引くんだ」

「え、え、どう?」

「こう、手首を使って」

「こう? あ、なるほどね……って、あれ、あれ?」

 ララの凧が、ひょいひょいと動きながら、こちらへちょっかいをかけてくる。

「わ、そっち、ダメダメ! あ、あ!」

 動きがララそっくりだな。ユウはおかしかった。

 凧は結局、からまって落ちてしまった。

「……ね、これって、もっと大きくなる?」

「え?」

「ほら、L・Jぐらい、おっきい凧。上げたら面白そうじゃない?」

「ハハ、どうかな。材料によると思う」

「マンタ先生に相談してみよっか」

「そうだな」

「よし、行こ」

 そこでふたりは、再びマンタのもとに戻った。

「おお。まずはうがい、手洗い、そしてレモネード。ついでに、我輩にも一杯作ってくれるとうれしい」

「それよりも先生。ものすごぉく、おっきな凧が作りたいです!」

「む?」

「ここが、いっぱいになるくらい大きいやつ」

「ほおう、なかなかの冒険心だな、ララ君。しかし、作ってどうする!」

「どうって……えと、上げます!」

「駄目だ! 想像が弾けていない!」

「ええ?」

「我輩ならば乗る! ううむ、乗りたい!」

「じゃあ、それは先生におまかせで!」

「よし、作ろう!」

 顔を見合わせ、がはははと笑い合ったふたりは、まるで親子だった。

「さあて、ではでは……」

 まずは、なにが必要だろうか。

 とにもかくにも紙と骨。しっぽとなるリボン、紐。

 紙は、いま残っているものを継ぎ合わせ、ロープはマンムートの倉庫をあされば見つかるだろうが、リボンと骨はどうする。

「うむ、ひらめいた!」

 マンタが手を打った。

「シーツを集めてくるのだ。五枚もあれば尻尾に足りる」

「骨は」

「ユウ君、カラスがあるではないか」

「カラス?」

「そう、羽根だ。羽根には、うむ、なんという名前か知らんが、真ん中に軸があるではないか。あの部分を切り出してだな……」

「つなぎ合わせる!」

「そのとおり。さすが我輩!」

 そこでユウは、とりあえずも表でN・Sカラスを呼び出し、その風切羽を一枚、引き抜いてみた。

 なるほど。

 こうして、あらためてふれてみるとわかるが、中空の軸は意外にも硬く、弾力性がある。

「どう?」

『ああ、いいかもしれない』

「持たせて持たせて!」

『ああ』

「わっ、おっきい! 軽ぅい! これだけで飛べそう!」

 あの地下洞窟を通っていないララは、はじめて見るカラスの羽根を、きゃっきゃ、きゃっきゃと振りまわした。実は五メートルもあるものなのだが、つまりそれだけ軽いのだ。

 それに気づいた子どもたちも、あれよあれよと集まって、皆で強風の中、それを振って笑った。

「よっし、みんなも手伝いなよ? おっきい凧を作るんだから」

 わぁっ、と、子どもたちはそれぞれの凧を手に、玄関ホールへと飛びこんでいった。

 ユウも、両翼の風切羽を、五枚ずつ十枚引き抜いて、ホールに戻った。

「静かに! 静かに! では、班分けをするぞ!」

 第一班は、凧の紙。何十枚もある小さなそれを張り合わせ、絵を描く。

 第二班は、凧の骨。風切羽の羽軸から羽枝、つまり羽毛の部分を切り取り、一本の棒にする。

 第三班は、凧のしっぽ。シーツを縫い合わせ、一枚の帯にする。

 班分けは、基本的に子どもたちの希望にそっておこなわれたが、第一班は年少の子たち、二班は少年たち、三班は少女たち、と、おおよそこのようになった。

「ようし、一班の班長さんは我輩だ。二班はユウ君。三班はララ君。班長さんの言葉は絶対だぞ!」

「はーい」

「では、はじめぇい!」


 興奮しきったマンタの裏声は子どもたちの笑いを誘い、緊張感の欠けた雰囲気のまま、巨大凧づくりがはじまった。

 第一班は、作業スペース確保のために、玄関ホールの掃除。第三班は、シーツを探しに駆け出て行く。

 ユウの担当する第二班は、まず、ホールと共用区とを結ぶ通路に作業の場を移し、例の羽根十枚を運びこんだ。

 そこでユウを感心させたのは、少年たちの間に、すでに高い社会性、協調性というものが形成されている、という事実だった。

 これから切り出そうという羽軸は実に、大人の腕ほどもあろうかという太さだったが、そこから生える何千、何万という羽枝は、ペンよりもやや細い。

 しかし、力まかせに折ろうとしても曲げた跡さえつかず、

「のこぎりで切ろう」

 ということになったのだ。

 こうなると普通、血気盛んな少年たちならば、少なからず俺が俺がとそれを奪い合うようなことになるはずだが、マンムートの少年たちは違う。

 子どもの手で、羽枝一本につき十秒程度かかるその作業を、

「自分の年齢の数だけ」

 と決め、順番にのこぎりを引くことにした。

 しかも、のこぎりの数と同じ、みっつの小班に分かれる際も、自分たちだけで年齢と腕力の差を考え、上手くメンバーを調整した。

「神官様は、僕のグループに入ってください」

「あ、ああ」

 班の最年長、十三歳のエリック少年に言われ、ユウは苦笑した。

 この歳のころの自分は、ここまでできただろうか。

 ユウは思う。

 おそらく、できなかったに違いない。そう思う。

 自分は文字を覚える前から、ハサンという保護者の下にあった。

 盗人という性質上、同じ年ごろの子どもと遊ぶこともなく、当然、ハサンがものを決めさせることもない。

 その分、『大人』たちとの付き合いは多く、この子たちとは別の意味で経験豊富であることは間違いないが、自立という点ではいまもあやしいものだ。

 そして、そのせいだろうか。

「神官様の番ですよ」

「ああ」

『大人』の腕力を発揮して、子どもの何倍もの速さで羽枝を切り取る。そうして子どもたちに、すごいすごいとほめそやされるのが、なんともうれしかった。

「俺も、まだまだ子どもだな」

「え?」

「いや、なんでもない。次は誰だ?」

「はい!」

「よし、頑張れ。手を切らないように」

「はい!」

 亜麻色の髪のかわいらしい少年が、二順目ののこぎりを手に、羽軸へまたがった。

 と……そこに。

「おいおい、なにしてんだ」

「あ、アレサンドロ様だ!」

 通路の向こうから現れた英雄の姿に、少年たちの手がいっせいに止まった。

 いや、それだけではない。

 声を聞きつけたホールの少年少女たちが、きゃあ、と上げた歓声も、ユウの耳には届いた。さすがの人気ぶりである。

 アレサンドロは、駆け集まってきた少年たち、ひとりひとりの頭をなでてやりながら、坊主になりかけているカラスの羽根を、興味深げにのぞきこんだ。

「さっき、カラスが見えたんでな。なにに使うんだ?」

「ああ、これは……大きな凧を作ろうと思って」

「凧? ハ、そりゃまた愉快だな」

「アレサンドロ様は、凧を上げたことがありますか」

「あるぜ。俺のいたオオカミの砦でも、新年には凧を上げた」

「わぁ!」

「エリオ、おまえの親父さんのブルーノが、砦じゃ一番の上げ名人だったぜ」

 名指しされたエリオは、仲間たちに肩で小突かれるのをわずらわしげに押しのけつつも、嬉しそうにはにかんだ。

「さ、作業に戻れよ。俺も、早く飛ぶところが見てみてえ」

 子どもたちは我先にと、のこぎりを引きに戻っていった。

「仲よくやってるみてえだな」

「ああ。やっぱり、ホーガンでの経験が大きいみたいだ」

「危ねえ橋だったがな……守れてよかった」

「ん、本当に」

「おまえはどうなんだ?」

「え?」

「仲よくやってんのか」

「な、仲よくって……だ、誰と」

「はあん、まあ、だいたいわかった」

「別に、そういうことじゃ……」

「わかってるさ」

 どうやら、やりなおすことができたらしい。

 アレサンドロが顔に浮かべたのは安堵の微笑だったが、ユウはそれを、からかわれたのだと勘違いした。

「それはそうと、ちょいと効率が悪ぃんじゃねえか? 格納庫には、電動のでかい金のこがあったじゃねえか」

「セレンに聞いたら、刃の替えが少ないそうなんだ。なかなか手に入るものじゃないし……」

「できれば使って欲しくねえ、か。それなら仕方ねえな」

「ああ」

「なら、おまえの太刀は……いや、そうだ、いっそカラスの太刀でやってみちゃどうだ。あれを寝かせてよ、刃の上をこう、すべらせる感じで」

 つまり、近ごろ世に出はじめた、玉ねぎなどを薄切りにする、スライサーの要領だ。

 なるほど、と、ユウはさっそく試してみることにした。

「俺は、ホールのほうもブラブラしてくるぜ」

 と言うアレサンドロと別れ、ユウと十三人の少年たちは、羽根を一枚かついで外へ出た。

「みんなを並ばせてくれ」

 副班長エリック少年は、実に鮮やかな指示で、少年たちを歳の順に並ばせる。

 ユウがカラスを呼び出すと、お定まりの大歓声。

 巨大な太刀を雪面に横たえ、いったん、カラスを指輪に戻し、

「よし」

 刃側にユウ、峰側に少年たちが並んだ。

 こうして互いに羽根をつかんで持つと、さながら綱引きをするかのようだ。

「エリック、背の順がいいかもしれない」

 子どもたちの配置が変わる。

「いいか! 最初はゆっくり!」

「はーい」

「せぇの!」

 ぷつん、ぷつん、ぷつん。

 羽枝は、面白いように切れた。

「これで行こう」

 ユウは、先ほど分けた三グループのリーダーを呼び寄せ、

「失敗しても構わないから、無理だと思えば手を放すこと」

 などを言い含め、役割を託した。

 はじめこそ、おっかなびっくりだった少年たちもすぐに要領をつかみ、十枚の羽根はまたたく間に、十本の棒となった。


 時を同じくして仕上がった紙と尻尾、そして骨が集められ、組み立てがはじまった。

 どれどれとのぞいてみると、およそ十二、三メートル四方はあろうかという紙の表には、年少の子どもたちが心おもむくままに描いた絵や文字が、まるで統一感なく躍っている。しかし、それがかえって面白い。

 ララを含む、少女たちの縫い上げた尻尾も、ところどころに血がにじむ苦心の作だ。

 ユウとマンタは、ホールへ集めた子どもたちに、ふうふう、と熱いレモネードをすすらせておき、紙の形を整え、骨の長さを調整し、上げるためのロープを探しに格納庫へ走った。

 そしてすべての準備が整ったとき、時刻は、正午を少しすぎていた。

「ようし、全員ロープを持てぃ!」

 半笑いの子どもたちが、期待と不安を胸に、ロープをつかむ。

「ユウ君もスタンバイだ!」

『……本当にやるのか?』

「おお、やるとも。さあ!」

 ユウの乗ったN・Sカラスは、中央に身体を縛りつけたマンタごと、完成した巨大凧を持ち上げた。

「乗りたい!」

 と言い出したのはマンタだが、本当に大丈夫なのだろうか。

 魔人の身体は人間と同じ、落ちればひとたまりもないはずだ。

「ユウ君、心配は無用。そう、あれは我輩が、シャンパニ渓谷の大ジャンプにいどんだときのことだ。足をすべらせた我輩を待っていたのは、底の見えない奈落の穴。我輩はイカのごとく泳ぎ、あきらめ、また泳いだ。よぎる数々の思い出、飛び散る汗と涙。ああ、我輩の運命やいかに。……と、そのとき……」

「おおい、まだか!」

 子どもたちのそばから、アレサンドロの絶妙な茶々が入った。

 このときすでに、多くの大人も見物に出ている。

「む、さあ、ユウ君。やるぞ!」

 気力満々と拳を振り上げるマンタの勢いに、ユウも、うなずかざるを得なかった。

「子どもたち。手だけは放してはいかんぞ!」

「はーい!」

「よぅし。……引けぇい!」

「わぁぁぁ!」

「おお、風が、風がすさまじい!」

 大人たちの間から、どよめくような歓声と、拍手が起こった。

 巨大な凧は右へ左へ傾きながら、みるみる高度を上げていく。

 成功だ。

「やったやった!」

 喜びにわく子どもたちの気がゆるみ、その手の中をロープがするすると抜けていったが、あせった大人たちが飛びつくより先に、それはジョーブレイカーとシュナイデによって、しっかりと引き止められていた。

「……むうう、やはり空はいい」

 マンタはひげの先につららをたらしながら、痛みを感じるほどの冷気を、胸いっぱいに吸いこんでいる。

「寒い。しかし、空はいい! ……む?」

 マンタは大声で、ユウを呼んだ。

「凧だ! 向こうにも凧が上がっているぞ!」

『凧?』

「しかしこちらのほうがでかい! 我々の勝利だ。がはははは!」

 ユウはすぐさま、その、凧が上がっているという方角を見た。

 確かに、雪をかぶった針葉樹林の隙間から、小さな凧が顔をのぞかせている。

 並の人間ならば、米粒ほどのそれに対して、

「どこかの子どもが上げているのだろう」

 程度の感情しか覚えなかっただろうが、N・Sに乗ることで強化されているユウの目は、それを見て、はっとした。

『アレサンドロ!』

「おう、どうした?」

『あれを』

「あれ? ……凧か?」

『模様がついてる。白地に、赤い三日月』

「なに……?」

『誰だろう』

「……ジョー、マンタを降ろせ! 他は全員、中に入るんだ! ユウ、おまえはジョーを手伝ってやれ」

『わかった』

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