奮闘 ーアレサンドロの未来・中編ー
第125話 新たな旅立ち
翌朝。
数えきれぬ志願者の中から経験と実績によって選ばれた三十人の男女が、マンムートへと引き移ってきた。
内訳としては、クルーや整備士が半数。残り半数が、こまごまとした身のまわりの世話をするために乗りこんだ、主に、先の乗員たちの身内である。
これがひとつのチームとなり、二号車にいる第二チームと数週間単位で交代をする。
「いつか走ってる最中でも、あっちと行き来できるようになりゃいいがな」
と、心づくしの朝食を口へ運びながらアレサンドロは言ったが、さすがにそれは、遠い先の話だろう。
マンムートと二号車を、たとえば通路のようなもので連結するには、後部のL・J格納庫とハッチからして大規模な改修をせまられる。
「いや、言っときゃあ、うちの博士さんのことだ。寝てる間にどうにかしてくれる気がしねえか?」
「……確かに」
「わかるわかる」
ユウとアレサンドロ、ララは、顔を見合わせて笑った。
「さて……」
「あ、いい、俺がやる」
ユウは、アレサンドロと自分の食器をひとつのトレーにまとめ合わせ、立ち上がった。
食堂の食事は、すべてセルフである。
「あたしのはぁ?」
「自分で持て」
「ぶー」
ララは唇をとがらせた。
「あ、ね、ね、じゃあ、ジャンケン!」
「ええ?」
「ジャンケン、ポイ!」
ユウはつい乗せられて勝負に参加してしまったが、その結果は、
「あ、ずるい、もう一回。……ポイ! あ、三回勝負!」
……きりがない。
結局、盛大なため息とともに三人分のトレーを重ねたユウが、それを返却台へ返しにいった。
アレサンドロが、お気の毒、とでも言うように笑ってよこした。
「ハ、それにしてもまあ、随分と仲よくなったじゃねえか」
「そう?」
「それらしくなったぜ、おまえも、あいつもな」
「だと、いいけどさ……」
なぜかしょんぼりと答えたララは、アレサンドロが引き寄せようとして倒してしまった松葉杖を、わざわざ席を立って拾い上げた。
悪いな、と受け取ろうとしたアレサンドロだが、ララはそれを胸に抱いたまま、なにかに見入っている。
ユウの背だ。
「ねぇ、あたしがいない間にさ……ユウ、なんか言ってなかった?」
「うん?」
「だから、嫌いだ、とか……うざい、とか……」
アレサンドロはその複雑な質問に、つい苦笑せずにはいられなかった。
なんとなれば、十五年前の自分、カラスを見つめ続けていた自分もまた、同じ質問を誰かにぶつけたくて仕方がなかったように思えるのだ。
「ハ、いや、そういうのは聞いてねえな」
「ふぅん」
「ただ、物足りねえような顔はしてたぜ。おまえがいなくてな」
「え!」
「うるせえのがいなくて、せいせいしてるって感じでもなかった」
「う、うるっさい! バッカ!」
そう言いながらも、やはりまんざらでもない顔つきを見せたララは、アレサンドロの隣、先ほどまでユウの座っていた席へ、すとんと腰を下ろした。
「でもさぁ、もしそうだとしても、あたしがいなくてさびしかったぁ、ってわけでもないじゃない?」
ままごとでもするように、ララは松葉杖に話しかける。
「どうしたらわかってくれるんだろ。……ねぇ、アレサンドロ。あたし、どうすればいいかなぁ」
「……」
「アレサンドロ?」
「悪ぃが俺は、その手の相談には乗らねえことにしてるんだ」
「え、なんで」
「聞いてくれるなよ。とにかく俺はもう、月影はごめんだ」
「月? ……あ!」
途端に、ララの頭にひらめくものがあった。
あの日聞いた、飴売りの手まわしオルガン。そこから流れていた童謡のタイトルだ。
「そうそう、えと、『月のおはなし』! あ、なんかスッキリぃ」
ララは喉をくすぐるような仕草をして、笑った。
「月のおはなし?」
「あれ、その話じゃないの? ほら、水の国のお姫様がぁ太陽の王子様に恋をしたぁ、とかってヤツ」
「ああ、まあ、間違っちゃいねえ……のかな」
「すっごい有名な歌じゃない。知らないなんてオジサぁン」
「おまえこそ、いままで忘れてましたって顔だったぜ」
「あ、あたしは名前、度忘れしてただけだもん。言っとくけど、全部空で歌えるんだからね! すっごい、いい歌なんだから。知らないなんて人生の半分損してるんだから!」
「へえ」
あの暗いだけの童話が、いい話などになり得るのか。
アレサンドロは、少し興味を引かれた。
「どんな歌だ?」
「ここで歌うの? 冗ッ談」
「なら、あらすじでいいぜ」
「あらすじ? うぅん、どうしよっかなぁ」
ララは意地悪く考えこむような素振りを見せたが、アレサンドロが少々拝み倒すと、
「仕方ないなぁ」
いともあっさりと、小憎らしい笑顔を返してきた。
こちらはこちらで、話したかったに違いない。
「あのね、昔々のおはなしです、ってトコからはじまるの」
「ああ」
「海の中に水の国ってのがあって、お姫様がいたの。で、ある日、空を見てたら、太陽の国の王子様が、馬車でひゅーって。それ見て恋しちゃうわけ」
そこまでは、原典と大差ない。
「お姫様は、もうどうにかしてそれを伝えようとするんだけど、結局、上しか見てない王子様は気づいてくれなくてさ。それが悲しくて、毎日毎日、海の水が増えるまで泣くの。そしたら月がね、じゃあ私が、もう少し明るくなるまで空にいてあげるから、太陽が通ったら引き上げてあげるって」
「……それで?」
「太陽と月が一緒に出た朝に、約束どおり月に手を取られて飛んだお姫様は、無事に、王子様と会うことができました!」
「めでたし、めでたしか?」
「そ。昼でも月が見えるときあるじゃない? そんなときは、王子様とお姫様が会ってるんだって。ロマンティックぅ」
「ふぅん……ところ変わればってやつだな」
「だからほら、女の子は、あたし水のお姫様なの、あんた月になってぇ、なんて友達に言ったりして、手紙の橋渡ししてもらったりね。アレサンドロも月になってよぉ」
ララは、アレサンドロのそでをぶんぶんと揺さぶった。
「だからやらねえよ」
「ケチ」
「ああ、ケチ上等だ。だいたいおまえの王子様は、結構低いところを飛んでるみてえじゃねえか」
「え?」
「がっつかねえでいれば、すぐに降りてくるぜ、きっとな」
「……ウソ」
「いままでどおり、あんまり気にしねえことさ」
そこに、ユウが戻ってきた。
「どうした?」
「いや、なんでもねえ。行くか」
「あ、これ!」
「おう」
ララの差し出した松葉杖につかまり、アレサンドロは立ち上がった。
これからまた、会議である。
ユウたち十人と二号車の代表十人とで、向かうべき場所、最終的に国を建てる場所を決定しなければならない。
しかし、これがまた大変に頭を悩ませる作業で、実際その日の会議も、かなりの時間を費やすこととなった。
まず国として自立するには、自給自足を考えなくてはならない。
となれば、ある程度肥沃な土地を持つことが不可欠となるが、もちろんそのような土地がおいそれと残っているわけがない。
リーダー、アレサンドロの意向としては、いまある一般市民の生活をおびやかしたくはなく、では隣接する都市との交易に頼るかと言われれば、それもまた難しい。
さらには、二号車から呼ばれた東西南北中央部それぞれの代表が、やはり各々の出身地を推薦する、というわけで、
「……頭が痛ぇ」
「フフン、しっかりしろ、リーダー君」
アレサンドロ個人としては、なかなか決めるところまで至らなかった。
「まあ、どこも住めば都ってとこだろうが、いっそ皇帝直轄領を狙うんでもなけりゃあ、でけえ領主のいる土地は避けてくのが無難だろうな」
「となると……」
ハサンの持った指示棒が、ブリーフィングルームの机に広げられた地図の上を、七度叩いた。
「七将軍の所領」
「ああ」
「デルカストロ大公爵領」
これは、元老院議長をつとめる、国家重鎮中の重鎮である。
「あとは、七つの大神殿領を除外した土地、ということになる。さて、そうなると……」
残った土地は、多いように見えて少ない。
先に出た皇帝直轄領や、既存の町との兼ね合い。自然環境。
ユウたちは、椅子から身を乗り出して地図をながめ、
「南西部」
と、うなずき合った。
正確には、中部、西部、南部の境界に位置するジーナス山周辺。
「ここしかねえな」
「ああ」
「おい、嬢ちゃん。このあたりの地図頼む」
「は、はい、すぐに!」
メイは五分もしないうちに、プリントアウトした巨大な地図をかかえて戻ってきた。
「……ふうん」
地勢は悪くない。
特に山麓南側の広大な扇状地ならば、比較的温暖な気候とあいまって、米なと麦なと果物なと、それなりの収穫が期待できるだろう。
周辺には二、三、鉄機兵団の出城があるが、その程度は問題にもならない。
ただ、いざというときの避難地である自由区エド・ジャハンが遠い以外は、
「いいな。よすぎる」
これが、全員の一致した意見だった。
「しかし、よくもこのような土地が手つかずで残っていたものだな」
と、クジャクがいぶかしげに言った。
「この川は毒なのではないか?」
「ンッフフフ、まさか!」
ハサンが机を叩いた。
「ここは……いや、これは准神官殿にうかがおうか」
「え?」
「ここにはなぜ、住人がいない」
「そんなこと……」
自分で言えばいい、とユウは思ったが、同じく理由を知らないらしいアレサンドロやララの視線にうながされ、反抗の口を閉じた。
「ここは……もともと、トガの大神殿があった場所なんだ」
「トガ……?」
「獣神トガ」
十五年前、激化する戦争の中で糾弾と迫害を受け、最終的に信仰を禁じられた神である。
その弾圧の根拠にあったもの。それはなんと、『魔人を生み出したのはトガの神徒ではないか』、という、根も葉もない噂だった。
殉教か、改宗か、または国外へ逃げるかの道をたどったトガの神徒たちは、いずれにしても姿を消し、いま現在も関わり合いをおそれてか、入植者も入らない、というわけなのだ。
「ああ、確か、そんなこともあったな」
アレサンドロは、苦い顔であごをかいた。
「しかし、獣の神様のところに魔人さんと住む国を建てるんだから、まぁ面白いっちゃあ面白いよね」
「アハッ、ホンット!」
「ねぇ、旦那、いいんじゃないの? ここまできたら縛り首は確実。俺たちにタブーなしってね」
ユウの左右を占めるテリーとララにあおられ、アレサンドロもそうだなと、やっと笑顔を見せた。
「よし、決まりだ」
場にいる全員が、不思議と姿勢をあらためた。
「俺たちの目的地は、帝国南西部領アンザスの、ジーナス山。二号車の十人は、戻ってそれを伝えてくれ。問題ねえようなら出発だ」
「おお!」
「セレンと嬢ちゃんはコースの割り出し。ハサンと話し合って、いくつか候補を絞ってくれ」
「了解」
「ジョーは、そのあとで斥候に出てもらうかもしれねえ。マンムートで待機。クジャクは二号車の世話を頼む」
「承知した」
「ね、あたしたちは?」
「ああ、おまえとテリーも、L・Jと一緒にこっちで待機だ。ユウとモチは……」
「もちろんこっちだよ、ねぇ彼氏さん」
「……だってよ」
ユウは、やや釈然としないながらもうなずいた。
「よし、行動開始だ。全員、腹をくくっていこうぜ!」
人々の重み、いや、それ以上の希望を乗せたマンムートは、それから一時間とたたずに動きはじめた。
進路は南。
新たな楽園ジーナスは、まだ遠い。
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