第72話 反目
そこから、十数キロをへだてた地点。
平原を押し進むマンムートへ向け、鉄機兵団のL・J部隊が、まさに進軍中であった。
風をはらみ勇壮に立つ軍旗、そして、L・Jの肩にほどこされたペイントは、どちらも黄と青の二種類。
ギュンター・ヴァイゲル、マリア・レオーネ・リドラーの両軍である。
その隊列の中ほどを併走する、二台の大型装甲車の間に渡された高架橋を、いま、相変わらずいらだたしげな様子のマリア・レオーネと、紋章官ササ・メスが渡りはじめていた。
「なぜ、私が出向かねばならないのだ」
と、突如吹きつけた強風にあおられてバランスを崩したマリア・レオーネの腕を、ササ・メスがつかむ。
「放せ!」
ササ・メスは一歩しりぞいた。
「わかっているのか。貴様がだらしないばかりに、私までがなめられる!」
「……」
「くそ……陛下はなにをお考えなのだ。よりによって、ギュンターとなど……」
「リドラー将軍」
「!」
「お言葉は、慎重に選ばれるべきかと」
「……サリエリ」
いつの間に現れたものか。
ヴァイゲル軍装甲車側のハッチに、冷ややかな目をした、ヴィットリオ・サリエリ紋章官が立っている。
「……貴公に意見される覚えはない。身分をわきまえよ」
しかし、サリエリは表情も変えずにそれを聞き流し、
「ご案内いたします」
ハッチの内へと、姿を消した。
「おのれ……無礼な」
マリア・レオーネは風にふくらんだマントを押さえこみ、ボンヤリとも取れるササ・メスの無表情をにらみつけた。
この装甲車、文字どおり装甲に鎧われてはいるが、マンムートのような戦闘能力はない。ただの指揮官車である。
その欠点を補うべく開発を急がれたのが、かつてユウたちの戦ったカニ、試作一三〇〇式ということになるが、支給されるのはまだ当分先のことだろう。いまだ、カニ型、というのに嫌悪感を示す騎士も少なくない。
南国シュワブに遅れを取る最大の要因は、この『古き良き騎士道』なのである。
さて。
サリエリを先頭にした三人は階段をくだり、正面の頑丈な鉄扉をくぐった。
司令室のメインシートにどっかりと腰かけたギュンターは、立ち上がりもせずにマリア・レオーネを迎えた。
「……えらくなったものだな、ギュンター・ヴァイゲル」
「んな嫌味を言うために来たわけじゃねぇだろうが」
ギュンターはあごをしゃくり、わきの椅子を指し示す。
そのぞんざいな態度は、さらに、マリア・レオーネをいらだたせた。
「で?」
「で、だと? 貴公、ふざけるのも大概にしろ! 先ほどの通信、あれは、なんだ!」
叩かれた机の上で地図が跳ねる。
「なんだもなにもねぇ。あいつらは俺の獲物だ。二度も言わせんな」
「私は正式な令状を授けられているのだぞ!」
「知るか」
「なっ……!」
「魔人のポンコツと、シュトラウスをまかされたのは俺だ。そうだな、サリエリ」
サリエリは、いんぎんにうなずいた。
「俺たちが全部片づけてやるって言ってんだ。そのあとで、その……なんたら言う女の死体でも探しゃいい」
「セレン・ノーノは捕縛せよとのご命令だ」
「なら、死なねぇように祈ってろ」
「く、ぅぅ……ッ!」
話もなにも、あったものではない。
「サリエリ! これは貴公の入れ知恵か!」
すると矛先を向けられたサリエリは、
「フ……入れ知恵とは、また……」
珍しく笑った。
「お仕えする将軍閣下が望まれる形でのすみやかなる任務遂行のため、知恵をお貸しするのが紋章官と心得ておりましたが……それを入れ知恵と申される。では、こうされてはいかがでしょう」
つらつらと、おのれの正義に一片の疑いもなし、とばかりに並べ立てるサリエリの指に押し上げられ、銀縁眼鏡が、きらりと光った。
「先陣はリドラー軍。その間、我が軍は後方支援に徹しましょう」
「ふむ……」
「応戦のため、シュトラウス、N・Sが現れたところで……」
「貴公らはそちらへまわる。我々は、あの戦車を制圧する、というわけだな」
「おっしゃるとおりです」
「その提案、もっと早い段階で聞きたかった」
マリア・レオーネは、いくばくか納得の面持ちを見せた。
「いいだろう。その提案、受けよう」
「は」
「そうと決まれば、我らはこれで失礼する。おそらく、連中のレーダーはすでに我々を捉えているだろうからな」
これに驚いたのはギュンターだ。
「冗談じゃねぇ! こっちはまだ、なにも映っちゃいねぇんだぞ!」
「おや、あの戦車に関するデータは、ササ・メスに届けさせたはずだがな」
「あぁ?」
「もっとも、あちらはセレン・ノーノの最新鋭戦車だ。伝えられずとも、性能はおのずとわかろうというものだが……」
「テ、メェ……!」
拳を握りしめるギュンターを鼻で笑ったマリア・レオーネは、悠然とマントをひるがえして装甲車をあとにした。
「チィッ……あのアマ! わざと黙ってやがった!」
ギュンターの手もとで、再び地図が跳ねた。
敵の索敵能力は生死に関わる重要事項だ。下手をすれば、のこのこと罠へ踏みこんでしまうこともあり得るのである。
それを黙っていたとは、かなり、たちが悪い。
「サリエリ! 手柄なんざ、くれてやるこたぁねぇ! 構わねぇ、ぶっこむぞ!」
熱くなるギュンターにサリエリは、
「なにを馬鹿な」
小さな、ため息をもらした。
「リドラー将軍のおっしゃるとおり、こちらを上まわるレーダーなど予想の範囲内。そもそも、先陣を引き受けてくださるとおっしゃるのです。罠にかかるとすれば、あちらかと」
「う……そ、そりゃあ……ってか! わかってんなら、なんで俺に黙ってやがった!」
「先陣はリドラー軍。すでに、そのプロットはできておりましたので」
「……あぁ?」
ギュンターは眉間のしわを深くした。
「無駄な情報に心砕かれる必要はありません。ギュンター様は、ただ敵を粉砕することのみを考えてくださればよろしいのです」
「……」
「とにかく、ご懸念にはおよびません。ララ・シュトラウスと黒いN・S。必ずや、御前へ」
「……チッ、けたくそ悪ぃ」
革張りの椅子をのけぞらせ、ギュンターは机上へ足を投げ出した。
「リドラー軍、先行します!」
モニターをにらむオペレーターが、そう告げた。
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