第59話 カール・クローゼ・ハイゼンベルグ
あまり、大声で言う話ではないのだが、と、クローゼは前置きして、
「実は、私は先帝陛下の落としだねでな」
「え……!」
「ハハ、これを聞くと、皆そういう声を出す。だが、それほどのことでもないのだ」
いや、それほどのことである。
つまり現帝の叔父であり、数少ない皇位継承権所有者だ。
「とんでもない。それならハイゼンベルグを名乗ることもないだろう?」
「あ、あ……」
クローゼは、静かに語りはじめた。
クローゼが両親と慕うふたりは、地方領の執政官夫妻である。
執政官とは、各領主によって領内主要都市に置かれる、いわゆる知事や市長のような役職だが、所領を持つ貴族は無論のこと、聖鉄機兵団の騎士から比べても、かなり格が落ちる。地方騎士のようなものだ。
帝都では、子飼いの貧乏貴族、などとさげすまれることも多い。
そのクローゼの両親が、あるとき、なんらかの手柄を得る機会を得、帝都へ召喚された。
そこで、帝国でも知られた美貌の持ち主であったクローゼの母に、ひょいと手がついたのである。
「私が事の顛末を知ったのは、三年前、先帝陛下が崩御されたあとのことだ。もちろん、容姿の違いから、出生には、なにかいわくがあるのだろうとは思っていたが、父も、私を実の子同然に育ててくれた。それを問いただすことなど、できなくてな」
「ああ……」
「だが……おそらくふたりは、わかっていたのだろうな。私が、いずれ皇帝の子として認知され、城に入るだろうと。だから教育だけは、それに恥じぬ立派なものを受けさせてくれた。いまではともに亡くなったが、両親には、本当に感謝している」
現皇帝は先帝の孫にあたる当年十二歳の少年だが、クローゼとは別の叔父である先帝の第二王子とそのふたりの息子たちが、すでに皇位継承権を所有している。
これ以上の男子は必要なし、と判断した元老院は、先帝崩御後、クローゼの人品骨柄、帝国への忠誠心など事細かに調べ上げた上で、体裁を整えるためハイゼンベルグ家を興させ、聖鉄機兵団軍団長に任じたのである。
「言葉は悪いが……先帝陛下によって滅ぼされた国々の残党が、私をかつぎ上げ、混乱を巻き起こさないとも限らない。だからこその処置だ。それなりの地位での懐柔と、監視も兼ねた……処置。……ハ、ハハ、笑えるだろう? いまでは、噂が噂を呼んで、私の存在も周知の事実。おかげで、叩き上げの部下からは七光りとさげすまれ、貴族連中からは、うやまわれながらも、軽んじられる」
ユウには言葉もなかった。
そして、ここに至ってもまだ、他人事のような口ぶりで明るく話す、クローゼの心中がわからなかった。
「うらみは、ないのか……?」
「うぅむ、うらみか……。それよりも、なんと言うかな……空虚に感じるときはある。私の人生は、いったいなんなのだろうと」
「ああ」
「だが、ひと晩寝て、目が覚めても、やはり私はカール・クローゼ・ハイゼンベルグなのだ。手の届かない過去に、いくらうらみを持っても仕方ない。それぐらいならば私は、いまを、一生懸命生きたい」
「……いま……」
その言葉は、ユウの胸に響いた。
「私の夢はな、ユウ! いつか押しも押されぬ、ラッツィンガー将軍のような立派な将軍になって、貴族や部下を見返してやることなのだ。ハハ、根暗な夢だろう?」
「ハ、ハハ、いや、立派な夢だ。クローゼは……立派だ」
「いやあ。まあ、いまの私は人に支えられている部分が多いのでな……まだまだ、一人前にもほど遠いのだが」
「そんなことはないさ。クローゼに支えられてる、そう思ってる相手だっている」
「そ、そうだろうか……。だとすれば、誰だろうな。ギュンター……は、そんな殊勝な男でもないし……」
「俺は、支えられてる」
クローゼの明るさのおかげで、この状況でも笑うことができる。
「え、よ、よしてくれ。照れる」
「バレンタイン紋章官だって、きっとそうだ」
紋章官は、クローゼを心底尊敬している。少なくともユウの目にはそう映っていた。
だが、一瞬言葉を詰まらせたクローゼは、
「ハハ……いや、アルバートは違うのだ」
「違う?」
「彼は……兄なのだ。父の違う……」
「あ……」
「だから彼には、それこそ昔から支えられてばかりで……いまも心配をかけているのかと思うと、それが一番つらい」
はじめて、その声が震えた。
「せめて、無事を伝えられればよいのだが……」
「クローゼ……」
と、この瞬間、ユウの心が決まった。
「もう少し……我慢してくれ」
「うん?」
「二、三日内には、ここを逃げよう」
「で、できるのか? それが!」
「ああ……でもまだ、そのときじゃない」
先ほどの、胸のざわめきも気になる。
「時が来れば、俺から動く。それまでは……話でもして、暇をつぶそう」
「あ、ああ! ああ!」
クローゼは喜んだ。
「では、なんの話を?」
「……俺が、どうして神殿を継がなかったか……」
「いや! 私は別に、そういうつもりで過去を明かしたわけではない!」
「いいんだ。俺が、聞いてもらいたい」
「う、む……」
「面白い話じゃないし、話すのも、あまり得意じゃない。そこは勘弁してくれ」
「……わかった。心して聞こう」
「聞きたいことがあれば、いつでも言ってくれ。そのほうが話しやすい」
「うむ」
壁にもたれたユウは、深く息をはき、口を開いた。
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