第38話 前哨戦
「……騎士三名に対し暴行を加えたのち、逃走! さらに……!」
長々と読み上げられる罪状を耳の端で受け流し、ララはじっと景色を見ていた。
高く澄み渡った空に流れる、引き伸ばした、わた飴のような薄雲。
悠然と舞うトビ。
淡く透きとおった昼の月。
少し目を落とせば、警備にあたる物々しい数のL・Jと、処刑台上の自分を見つめる、顔、顔、顔。
刑場となったラッツィンガー邸前広場にはいま、ジラルドによって多くの領民が集められている。
その先日と変わらぬ同情視線にララは舌を出してやりたくなったが、どうも、それさえも馬鹿馬鹿しく思えて、結局、フン、と、鼻を鳴らして、再び空に顔を向けた。
「……よって、この者、断頭刑に処する!」
剣の先が、ララをせついた。
ニヤつくジラルド・ラッツィンガーを尻目に断頭台の前へひざまずくと、手錠がはずされる。
「なにか言い残すことは?」
「別に」
と、通り一遍のやりとりを終え、冷え冷えとした剣を喉に押し当てられたまま神官の祈りを聞いたララは、大柄な執行人によって腕を引かれた。
ここから再びうしろ手に縛り上げられ、頭に白い袋をかぶせられるのだ。
ひざまずき、斧でおさらばだ。
落ちた首は……。
……うえ。
ララは、想像で気分が悪くなった。
と、そのときだ。
一体のL・Jが、大音声とともに炎を吹き出し、前のめりに倒れたのはどうしたことだ。
「わぁああ!」
「きゃあぁ!」
蜘蛛の子を散らすように、集まった領民が逃げまどう。
「むぅっ!」
椅子を跳ね飛ばしたジラルドは目をこらし、
「出たな!」
我が意を得たりと指を鳴らした。
黒煙の背後に立つは、間違いない。白銀と漆黒、二体のN・S。
ジラルドはL・J部隊に向かい、攻撃開始の令を飛ばした。
と……。
「うわっ!」
ジラルドの上へ、執行人が覆いかぶさってきたではないか。
「な、なにをする!」
もがき、暴れるが、執行人は気絶している。
ジラルドは、そのむさくるしい肩越しに、ララを引きさらった黒髪の男が、処刑台から人々の渦へ身を躍らせるのを見た。
「なにをしている! 逃げたぞ!」
その声は、群集の悲鳴にかき消された。
「ユウ! ユウ!」
「なんだ!」
戦闘から逃れようとする人波と、ふたりは逆行していた。
肩を押され、足をかけられ。
ユウは、何度も離されそうになるララの手を、そのたびに、強く握りしめる。
「……ううん、なんでもない!」
ララもまた、決して離れまいと、負けない力で握り返した。
そうして、数百メートル先の、広場の端まで走り続けたふたりを待っていたのは、
『ララ、無事でなにより』
モチのあやつる、N・Sカラスである。
といってもモチの場合、飛ぶか立つかしかできないのだが。
「モチ! いろいろ、ありがと!」
と、息を弾ませ、ララが声を張り上げたのは、処刑が決定してから今日までの二晩、モチがララのもとへ、飴や薬を運び続けていたからだ。
『なんの、私はただ飛んだだけです。……さ、とにかくユウは、早くN・Sへ。ここの騎士たち、どうも我々を待ち受けていた感があります』
「わかった!」
『ララは……』
「もっちろん! やるに決まってるっての!」
言うが早いか。空の一点が、きらめいた。
雷のような轟きが起こり、ドッ、と地が揺れ、砂柱が立つ。
全員の視線が集まる中、無骨な姿を現したのは、言うまでもなく、真紅のオリジナルL・J、サンセットである。
ララはすでに、ブローチのスイッチを押していたのだ。
「な、なんだあれは! 聞いていないぞ!」
執行人の下から、ようやっと這い出したジラルドがわめいた。
「将軍機か?」
「そ、あたしの」
「え?」
「ねぇ、あそこまで運んで! 早く、早く!」
困惑するユウを押しこむようにカラスへ乗せ、ララは、その手のひらからサンセットへと乗り移った。
起動音とともに、デュアルアイに光が走り、
「さ、て、と」
シートのララが、髪をかき上げる。
「なんかこの感じ、ひさしぶり!」
スピナーの穂先が回転をはじめ、サンセットの登場で凍りついていた時間も、いまようやく動きはじめた。
帝国直属のL・J騎士団が『聖鉄機兵団』と呼び奉られるのに対して、地方領主や貴族の私設騎士団は、『地方騎士団』とあくまで格が低い。
使用されるL・Jもそれ相応であり、鉄機兵団からの下げ渡し品を装甲のみカスタマイズして、それぞれの紋章、旗印をあしらうだけ、というのが一般的である。
将軍の私兵といえど、それは同じだ。
ただし。
この地方騎士、数が多い。
特に治領都市ともなれば、領内のL・J、ほぼすべてが集まっているといっても過言ではない。
カラス、オオカミ、サンセット。背中合わせに立つ三体は、次から次へとわいて出るL・Jに、四方と空を、やすやすと固められてしまった。
『上は俺たちがやる』
ユウは言った。
取りかこむ黒い装甲の大群は、一定の距離を保ちながらこちらの出かたをうかがっている。
『じゃあ、あたし、あいつのとこ行っていい? 一発ぶん殴ってやるの』
『バカ息子か。ああ、好きにしな。お互い、気がすむまでやろうぜ』
『アハハッ! 話せるぅ』
まずスラスターを噴射させてサンセットが動いた。
同時に押し寄せる、敵機の剣槍。
足底のホバージェットが砂を弾き飛ばし、巨大な盾を前面に構えたサンセットは、その槍ぶすまへと突進した。
『うわっ!』
『わぁ!』
空高く舞い上がったカラスからは、L・Jの隊列が次々と押し割られていく様子がはっきりと見えた。
サンセットの行く手には処刑台、そして、ラッツィンガー邸がある。
御曹司を守ろうと、多くのL・Jがサンセットへと操縦桿を切った。
そこへ立ちふさがった、アレサンドロのオオカミが、手招きで挑発し……、
『ユウ!』
『!』
転瞬。
カラスの身体が二十メートルも飛び上がり、飛行型L・Jの切っ先が、間一髪、その足もとをかすめた。
『見物はあとにしましょう』
『ああ』
そうだった。
敵は空にもいたのだ。
装甲こそ変えられているが、翼型スタビライザーの特徴的なフォルムは帝国二〇〇系L・Jのもの。
地上と同様、その数、数えきれない。
『移動は頼む』
『了解です』
言うが早いか身をひるがえし、N・Sカラスは急上昇をはじめた。
『待て!』
当然のごとくL・J部隊も、あとに、ぴたりとついてくる。
高度を上げていくカラス。続くL・J。
間隔は縮まりもせず、広がりもせず。ただ次第にL・Jの陣形は、気流のあおりを受けて雁行形へ、さらに細い縦列へと変化していく。
そしてついには隊長機を先頭に、一直線上に並んだ。
地上の人間の姿など、もうゴマ粒ほどにも見えない。
そこで、カラスは反転して、止まった。
体勢を整えるために大きく二度羽ばたいて、カラスは太刀を、正眼へ構えなおす。
ひとつ鋭く、ユウは息をはき、
『行こう』
いまだ上昇中の隊列目がけ、今度は、勢いつけて落下した。
ひゅうひゅう、ごうごう、耳もとで風が鳴る。
翼が、背に密着するまで折りたたまれた。
L・Jまでの距離が一気に詰まり、ユウは右腕を、太刀の棟にそえた。
一閃。
……L・Jに乗った地方騎士たちは、そのとき、なにが起こったのかわからなかった。
わからないままに、切断された自機の腕や足が、スローモーションのように、空へ流れていくのを見た。
『なんだ……?』
『そんな……!』
『ない! ない! 腕が!』
混乱の中、自身も右の肩口を切り落とされた隊長機が、叫ぶ。
『まさか……まさか生きていたというのか……黒の魔女!』
ドッと、隊長機が火を噴いた。
それを皮切りに、後続のL・Jもまるで導火線のように順々と、小さな爆発を起こしながら落ちていく。
地表寸前でどうにか体勢を持ちなおし、墜落をまぬがれたユウとモチは、言葉なく、それを見守った。
どうやら、どのL・Jも、脱出装置は生きているようだった。
『……ララはどうしたでしょう』
積み重なった残骸と、油のにおい、なによりオオカミの装甲に刻まれた幾すじもの刀痕が、それまでの乱戦を雄弁に物語っている。
飛行型の多くは広場へ落ち、その下敷きとなった陸戦型も少なくない。
生き延びた者は皆撤退し、広場はいま、不気味に静まり返っていた。
『嫌な予感がします』
『ああ』
モチの不安は、ユウもアレサンドロも感じているものだ。
『こういう感じは好きじゃねえな。静かすぎる』
『ララを見つけ、すぐに離れましょう』
『それがいいな』
オオカミは剣を鞘に収めた。
そこへ、
『ちょっと……、待ってくれ』
ユウの耳が、異様な物音を捉えた。
『うん?』
『聞こえないか? なんだ、この音……』
口を閉ざせば間違いなく、どろどろという響きが地を揺らしている。
『地鳴りか? いや、こいつは……!』
ラッツィンガー邸の一角が、突如、崩れ落ちた。
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