第39話 嘲笑

 ドドドドド……。


 来る。

 なにかが来る。

 ララがラッツィンガー邸へ突入する際に空けていった大穴から、崩壊の砂塵が舞い上がっている。

 いや、砂ばかりではない。

 ララのサンセットもまた、その穴から逃げるように飛び出してきた。

 直後。


 ド、オォォォン!

 

 機体全幅、およそ七十メートル。石積みの塀を砕き飛ばし、驚愕の大型L・Jが、その異容を現した。

 先端のとがった、四対八足の脚。

 天を向く広域カメラアイ。大型クロー。

 横走りするさまは、まさに、

『カニか!』

 それがサンセットを追い、地をえぐりながらせまっている。

 試作一三〇〇式L・J。

 鉄仮面の置きみやげが、これであった。

 ただし、

『フハハハ! 見ろ、この破壊力! 素晴らしい!』

 メインシートに陣取るジラルド・ラッツィンガーは高笑いしたが、操作はもっぱら、サブシートのふたり、あの従騎士たちにまかされている。

 それ以外にも、シートはふたつ。してみると、このL・J、局地戦闘における司令塔的な役割も与えられているのかもしれない。

 それほど、規格外の機体であった。

『こんなの反則だって!』

 と、ようやくユウたちと合流をはたしたララが叫んだのも無理はない。

『また、やっかいなもん連れて来やがって!』

『あんなの、ひとりじゃ無理だっての!』

『知ってる型か!』

『知らない! でもすごい硬い!』

『来るぞ!』

 カラスは上空へ、オオカミは左へ、サンセットは右へ。

 駆け抜けた一三〇〇式は、勢い余って噴水へ激突したが、それも意に介さぬ様子で瓦礫を振り落とす。

 間近で見る巨躯は、圧観のひとことであった。

『さぁて』

 余裕たっぷりに、ジラルドが言った。

『私は寛大だ。諸君には選択の余地を与えよう』

 その笑いを含んだ声には、薄ぎたない、自尊心に満ちた腹の底ばかりが透けて見える。

 こうした『貴族の声』を耳にするたびに、ユウは胸に、むかむかするものを覚えずにはいられない。

『おとなしく投降するならば、命ばかりは助けてやるが、どうだ?』

 ララは、馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑った。

『たわ言はあの世で言いな! 下衆野郎!』

『な、ぁ……!』

 ジラルドは絶句した。

『だいたい、人殺そうとしたやつが、なに言ってんの』

『ああ、そりゃ確かに言えてるな』

『でしょ?』

 額に青すじを浮かべたジラルドは、頬を引きつらせた。

『よかろう……では、帝都へは死体を送るまでよ!』

 と、ひじかけに叩きつけられた拳を合図に、両腕を高々と持ち上げた一三〇〇式が、地を踏み鳴らす。

『殺せ!』

 号令一下。

 一三〇〇式の爪が、左右から、抱きつくように振り下ろされた。


 それは、それひとつで、一度に数体のL・Jを握りつぶすことができるだろう剛爪である。

 ユウたちは一瞬ひやりとしたが、そこは小型の利。思い思いくぐり抜けると、ぱっと散開する。

 そして、狙いどおり、

『だから、どうしたというのだ!』

 一三〇〇式はただちに方向を変え、標的をサンセットへと絞ってハサミを開いた。

 ユウとアレサンドロは隙だらけの背後へ走り寄ると、その脚へ、剣を叩きつけた。

 ……が。

『!』

 装甲に当たった刃は傷こそつけたものの、ことごとく弾かれてしまったではないか。

 あのカラスの太刀でさえ、金属塗膜を数十センチ、そいだだけにすぎない。

『そん、な……!』

 言葉を失ったユウの腹を、

『ぐっ……!』

 持ち上がった一三〇〇式の脚が直撃した。

 かかえるほどもある、太い幹のような脚に蹴り上げられたカラスは、そのまま宙を数十メートルも飛ばされて落ちた。

『く……』

 背を打ち、息が詰まったが、幸い怪我はない。

『……モチ! 大丈夫か?』

 と、たずねると、

『なんとか』

 こちらも無事だったようだ。

『すまない』

『反省は生かしてこそ価値があるものです。行きましょう』

 ユウは再び立ち上がり、一三〇〇式へと取って返した。

 オオカミとサンセットも、装甲に苦戦している様子が見えた。

『ララも硬い、と言っていました』

『ああ』

『狙うならば、関節か、目玉でしょう』

 ユウも同意見である。

 ならば、

『飛ぼう』

『了解です』

 ひざを軽く曲げて空へ跳ねると、翼が大きく風をつかんで浮き上がった。

『む! 飛んだぞ!』

 広域カメラは伊達ではない。

 ジラルドたちはすぐに、それを察知した。

 が、オオカミとサンセットが、

『おい!』

『わかってる!』

 と、方向転換させまいと食いすがる。

 カラスは低空をすべるように飛び、背後から一枚成型の背部装甲板、カニでいう甲羅の上へ降り立った。

 巨大な眼球は二本。

 スモークガラスに覆われた中身は、数種類のセンサーやカメラからなる集合装置のようだ。

 ユウは体勢も低く、太刀を脇構えに素早く甲羅の上を走り抜けると、その集合カメラを、

『む!』

 斬った。

 ……いや。

 斬ったと思われた刃は、空を切った。

 なんと、カメラは一瞬早く、本体へ収納されてしまっていたのだ。

 横を見れば、もう一方も同様である。

『フ、ハ、ハ、ハ! おお、危ない危ない』

 ジラルドが笑った。

『せっかくの新型、私も傷つけたくない。ここから先は、サブカメラだけで相手をしようか』

 従騎士たちの下品な含み笑いも、もれ聞こえてきた。

『……くそっ』

 こちらがカメラを狙うだろうことは、読まれていたのだ。

 その上で、馬鹿にされた。

 くやしまぎれに太刀を突き立ててみるが、結果は同じであった。

『ヒャハハハハ!』

『ハハハ!』

『無駄、無駄』

 笑いは、あざけりとなり、さらなる屈辱をユウに与える。

『とにかく一度、アレサンドロたちと合流しましょう』

 モチが言った。

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