嫉妬
同居が始まってから、10日が過ぎようとしている。何気なく過ぎてしまった月日の長さに驚いているのではない。こんなに短い時間で完全に絢斗を信じ切っている自分に──心底、驚いている。俺は昔から精神面においてこんなに脆かったのだろうか。
それとも、絢斗が特別なのだろうか。分からない。でもそれはきっと、分かる必要なんてないんだと思う。
俺の作った朝食を美味しそうに頬張る絢斗を見て、愛おしいと感じた。自分にまだ、そんな感情を生産する余地があったなんて知らなかった。ずっと昔に、誰にも見えないところに、廃棄したと思っていた。
絢斗は俺に、「なんで料理の道に進まなかったのか」と聞いた。実際のところそこまで美味しい料理が作れたとは思っていなかったが、久しぶりに昔の夢を思い出して少し切なくなった。そんな勇気は、俺にはこれっぽっちもなかったから──
「あ! 下野さん……と、御影くん。おはようございます!」
「フミか、おはよう」
「おはようございます」
「下野さん、探してました、堂本先輩が」
「マジか……ありがとう」
上機嫌に隣を歩いていた絢斗がふと、怪訝な表情を見せる。
「梶浦先輩ってさ、葵くんのこと、下野先輩じゃなくて"下野さん"呼びじゃん? アレ、なんで?」
「あー……フミは入社してからしばらく、営業とか俺にベッタリだったからかな。珍しく人懐こく来られた記憶があって」
「ふぅん……じゃ、仕方ないのか」
「え?」
「いや、なんでもない」
スタスタと前を歩き始めた同い歳の後輩に「おい!」と投げ掛けながら少しだけ、もしかしたら嫉妬かな──そんなことを思って、頬が緩んだ。
「下野くん、ちょっと空いてる?」
突然背後から声を掛けられて、トラウマが背筋を凍らせる。振り返ると、片手を中途半端に上げた堂本先輩が立っていた。俺の驚いた様子を見て、さぞかし楽しそうだった。
「わァ、そんなに驚かれるとこっちも驚かしたくなっちゃう」
「趣味悪いですよ……」
「下野くんが小動物系男子だからかなァ」
「なんすかそれ」
他愛もない話をしてから、部長と次の取引先について話したことを伝えられる。その契約を俺が取ってこいと言われたことも。
「え……なんで俺なんですか」
「下野くん、言われない? 最近明るくなったからさ、部長もそこんとこ評価してるんだよ。以前はもっとこう……氷の女王みたいな空気感を纏ってさ」
「嫌味ですか……?」
「あは、そう嫌な顔しないでよ。……まァ、俺はあっちの方が好きだったんだけど……」
「なんです?」
「いや、御影くんのお陰カナって、ね」
突然出てきた絢斗の名前に慌てる。付き合ってるだなんて、絶対にバレてはいけない。先輩と後輩である前に、男同士だ。俺は絢斗の為なら何を言われても──でも、絢斗は違う。あの馬鹿のことを、周りには嫌いになって欲しくない。
「えっ、いや……別にそんなこと」
「そ? じゃあ、煙草、控えたからか」
「それはマジあると思います……」
あはは、と笑って、くるりと向きを変え歩き出す。「取引先の話、部長としておいでね」という声を廊下に響かせながらまた、中途半端に上がった片手がひらひらと揺れるのを見ていた。
Tea with milk 🐼 @0o_sorry_o0
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