主砲
俺は、朝が弱い。
御影が毎朝のように俺を起こしては、「俺なしで出勤していた今までの自分を呼び起こせ」と叫び出す始末だ。だが「仕方ないな」と甘やかしてくれる声はどこか嬉しそうで、「起きて」と俺を揺する仕草には優しさがあった。
同じ玄関から同じオフィスに向かう俺達は、日々の出勤を共にした。
御影は、社内でも俺をお姫様のように扱った。
「葵くーん! お昼どうする? 外行こうよ」
「下野先輩に接待は行かせたくないです」
「下野先輩! お疲れ様です、珈琲どうぞ。今日は早く帰って鍋料理でもしない?」
と、こんな調子だから瞬く間に会社中に俺達の噂が広まった。「営業部の美形で王子様な新入社員と儚げな色気の童顔上司がキてる」と、大変な騒ぎになった。俺は御影を今までの新入社員と同じように扱ったが、傍から見ると評価は違うようだ。
「下野先輩って御影くんの前だと素が出てる感じがする、上手く説明できないけど……」
「分かるかも……頼れる先輩なんだけど、御影くんの前では弱い部分も垣間見えるというか」
「御影くんが下野先輩の家に上がり込んだって本当? ほとんど同棲みたいなものじゃん!」
俺は会社中に「童顔」と言われることを大変遺憾に思いながらも、御影の意味不明な俺への愛情表現が気味悪がられずに済んだことを少し安心した。
しかし、そんなこんなで始まった同居生活の後、部長からの小言は絶えなかった。
「御影くん、君ね。下野くんが可愛くて仕方がないのは分かるんだけれども、下野くんはこの部署の要だ。下野くんをこれ以上、女性社員達に『可愛い』と言われ続ける訳にはいかないのだよ」
「問題ありません! 先輩は僕が守ります」
「そういうことではなくてだな」
「すみません……すみません……」
何故、俺が謝っているんだろう。
俺が頭を下げている間もオフィスは柔らかな雰囲気に包まれ、まるでほっこりした日常系アニメだ。ふざけるなと呆れていたが、助け舟はいつでもやってくるものだ。
「まァ、いいじゃないですか。部長」
「
「堂本くん……しかしながらね……」
この長身眼鏡の先輩は、営業部の主砲と呼ばれるほどの業績を上げる堂本先輩。俺より少し前に入社し、同期どころか先輩さえも営業成績だけで蹴散らしてきたらしい。どこか危ない勤務態度を部長は好まないが、誰からも一目置かれているのは確かだ。
「下野くんは上手くやってますよォ、御影くんとやらも仕事はできるタイプのようだ。そうだね?」
「は、はい。御影は素晴らしい吸収力ですよ」
俺に話を振って、ニコリと微笑む。顔面偏差値では御影に及ばないが、女性社員からの人気があるのも分かる気がする。
「とりあえず少しは気を付けたまえよ」
堂本先輩の援護射撃で、いつの間にか部長の話は終わっていた。ありがとうございます、とお礼を言うと手をひらひらと振りながら帰ってしまった。
その後ろ姿を見つめる御影の鋭い目に、おれは気づかなかった。
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