Tea with milk

🐼

邂逅

 天井と目が合った。

 

 重たい身体を動かして時計を見る。光がカーテンから滲み出す。自分まで透けているような気がする。胸に当てた両手がその心音と共に、自分が然るべき体積を持っていることを告げる。


 毛布から抜け出す。肌に冬が浸透してくる。シャツの袖に腕を通すと、冷たい空気を纏った気がした。


 朝食は食べない主義だが、適当な番組を選んでソファに座る。遠い国で起こったデモだとか、食品メーカーが商品を自主回収だとか、目は引いても所詮は何の関係もないニュースばかりだった。

 久しぶりに朝の占いに目を通すと、最下位だった。ラッキーカラーがピンクというところまで聞いて、消した。



 ──何事もない日でありますように。



 朝の電車は最悪だ。俺のように小さいと、すぐに人の波に揉まれてボロボロになる。酷い日には会社のある駅で降りられないこともあった。


 今日は、曇天。


 改札を抜けると、大きなビル群に向かって自然と足が動き出す。斜め前を歩く大柄なサラリーマンの襟が曲がっているのを何気なく見つめていたら、いつの間にかエレベーターのドアが閉まっていた。




「本日付けで入社いたしました、御影みかげと申します。即戦力として活躍できるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。」



 ──ああ、最悪だ。



 俺達に向けられた、清涼飲料水を彷彿とさせるような爽やかな笑み。見覚えのある髪色は、紅茶のようで。




    深層から、何か溢れてくる。




「御影くんは下野しものくんと高校の同級生だと聞いたが」


「そうです」


「え」


「それなら、下野くんは御影くんにオフィスのことをいろいろ教えてやって」


「いやでも、部長──」


「分かりました」


「それじゃ今日もみんな頑張って!」


「ちょ、ちょっと!」


 俺の小さな叫びはオフィスに埋もれていき、隣には御影だけが残った。少し屈んで俺に目線を合わせてくる。少し長さのある髪が、目の前をふわりと舞う。なんとなく、しばらく紅茶は飲みたくないなと思った。



「よろしくお願いします、下野先輩」



 そう微笑んだ旧友のネクタイは、随分と前に見た桜のようなピンク色をしていた。





 ──ああ、そういうことか。




   頼むから、俺の白を汚さないで。

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