人は、変わる―(3/21)
そんなこんなで、日々をおとなしくやり過ごしていた私に、ある出来事が起こった。
中学二年生の、10月の中頃。
体調不良者が続出し、道場にはいつもの約三分の一の人しか集まらなかった。
「なんだなんだ、どいつもこいつも軟弱だなぁ。これでは新しい技の指南ができん!」
別にいつも通り進めてもいいのに。
稽古に遅れが出たって、休む人が悪いのだから。
「しょうがない、久しぶりに組手試合でもやるか」
組手試合。
勝敗を目的とした組手のこと。
といっても、勝敗を決めるのはすべて師匠の独断。
この道場で指南されているのは、師匠我流の柔術だから。
「護身のためとはいえ、時には大切なものを守るために命を懸けて闘わねばならぬ時もある! というわけで、今から、男女混合のトーナメント形式で試合を執り行う!」
師匠の言葉に、道場内が少しざわめく。
今まで男女混合の試合が行われたことはほとんどない。
試合好きな男子はまだしも、多くの女子は、護身術を学ぶために入門しているため、試合には意欲的ではなかった。
しかし、師匠は有無を言わせず試合を決行した。
私は、1回戦では相手の女の子が棄権したため不戦勝し、2・3・4回戦でも、男子と当たろうが年上と当たろうが勝ち抜いて、決勝まで残った。
決勝戦の相手は、同い年の男子。
今年の5月に入門したばかりなのに、道場でいま一番強いと言われている人らしい……けど。
「怪我をしない程度に、頑張ろうね」
まったくそんな気がしない。
穏やかな笑みを浮かべた彼の名は、
私と同じ中学の生徒で、たまに学校でも見かけることはあるけど、いつも笑顔で、男女ともから人気が高く、教師からの信頼も厚い優等生。
私とは正反対の人。
パッと見はただの文系ヤサ男で、正直、武道をやるような人には見えない。
でも、先ほどからの試合を見ていても、その強さは圧倒的だった。
力でねじ伏せているわけではなく、キレのある技と無駄のない動きで押さえ込む。
護身術の基礎をちゃんと頭で理解している証拠だった。
「いざ尋常に……始め!」
開始の合図があっても、彼は微動だにしなかった。
私と同じく、受け身タイプらしい。
埒が明かなさそうだったため、仕方なく先手を打った。
予想通り、簡単に止められた。
隙を与えず、幾度となく技を繰り出してみる。
しかし、何度技をかけてもすぐに抜かれ、何度裏をかいても先を読まれ、まったく有効な手にならない。
こんなに手間取る組手は、師匠以外初めてだった。
「はぁ……はぁ……」
時間の経過とともに、私の体力だけが削られていった。
「おい……如月が手こずってるぞ……!」
「すごい……あんなに息切らせてる如月さん、初めて見た!」
「さすがの玉野も勝てねぇと思ったけど……これはまさかの展開も……!?」
「どう見ても玉野が優勢じゃん!」
外野の会話が耳に入る。
……私が負ける……?
……こんな人に……?
見ると、相手は涼しい顔でいつもの笑みを浮かべていた。
私には、それが嘲笑っているように見えた。
「っ……」
その怒りからか、焦りからか、思わず次の一手が粗くなる。
そして、相手はそれを見逃さなかった。
「Σ!」
天地がひっくり返り、気がつくと、床に押さえつけられていた。
「──一本! 勝者、玉野優司!」
「「「「「「「おおぉー!!!!」」」」」」」
周りが騒ぎ出す。
「スゲー!! 玉野やるじゃん!!」
「まさか如月さんに勝つなんて!」
「やっぱお前は天才だな!!」
「玉野くんカッコイイ~!!」
みんながみんな、彼を賞賛した。
もちろん、私を気にする人など誰もいない。
彼以外は。
「大丈夫? 驚いたよ、君でも冷静さを欠くことがあるんだね」
「…………」
なにその言い草……バカにしてるの……!?
私は差し出された彼の手を払い、立ち上がって背を向けた。
四方八方から視線が刺さる。
「あいつ……負けて悔しがってんじゃね?」
「どうせ、自分が勝って当然だと思ってたんだよ」
「ざまあみろってんだ」
「なんかスッキリした!」
「玉野、仇とってくれてサンキュー!」
外野が嬉しそうにせせら笑っている。
……確かに、私には勝つ自信があった。
この道場の中では誰にも負けないと思っていた。
それなのに、あんなヤワそうな人に負けてしまった。
あの笑みが気に食わない。
とても不快。
この日の出来事は、私の中で大きな屈辱として深く刻まれた。
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