再び、取り戻す―(12/26)


※~[カリオス今田]視点~※



あいつがいなくなった後も、俺は口を開くことができなかった。


あいつが泣き叫ぶ姿が、頭から離れなかった。


「……ウッウッ……グスッ……;;」


「ちょっと桃子、何故あなたが泣いているのですか」


「だって……凛さんは誰にも言えなくて……ずっと一人で悩んでたのかなって考えたらっ……うっ……;;」


ずっと一人、か……。


「これも経験の一つじゃな。人が成長していく過程の中で、必要なことじゃ。今回のことは起きるべくして起きた。誰も悪くはない」


「しかし……このままでいいのでしょうか……?」


王子の問いに、凛のじいさんはシワを深くした。


「さてなぁ~。一晩もすれば、あやつも多少は落ち着くじゃろうが、なんせまだまだ未熟だからの~。凛が強ければ、自分の過ちを反省して持ちこたえるじゃろうが、弱ければ……引きこもりか不良になるのぉ」


「Σ不良!? そんなのダメですよっ!! ウッウッ;;」


それはないだろ。


「僕の仲間か!!」


一緒にすんな。


「そうか!! チンピラ君の仲間になるのか!! ならばアダ名はリンピラだな!! ハッハッハ!!!!」


相変わらず脳天気だな。


「それならもうマリマリは僕のものですね……フフフ……」


お前の頭の中はマリマリ一色か。


「そんなの嫌っ!!!! お姉ちゃんが不良と引きこもりするなんて絶対ダメ!!!!」


おい、なんかおかしいぞ。


「嫌なら、お主らでなんとかするんじゃな。支え合いの精神は大切じゃぞ」


支え合いの精神……。


──そうか!

あいつ、コンプレックスを隠すのに必死で、忘れていやがったんだ……!


「なんとか、か……。どうすればいいんだろう……」


「悩め悩め。若いうちは悩むのも仕事のうちじゃ。急いては事をし損じる。悩み苦しんで、明日にでも行動を起こせばいい」


「そうよ! とりあえず今は夕飯を食べに行きましょ! 富士子はもうお腹ペコペコよ!」


こんな時に食欲なんか出ねぇよ。


「まったく、親に似て強情になったもんじゃな~凛も」


「父親のほうかしら?」


「母親に決まっとろうが」


「あら、そう?」


俺達は、一先ず今日のところは下手に干渉しないことにして、一日を終えた。


これからどうなるのかはわからないが、少なくとも、このままにしておくわけには……いかないな……。






──次の日。


結局、あいつは学校には出てこなかった。


夕食前にピンク野郎が様子を見に行ったが、どれだけ呼びかけても返事はなかったそうだ。


「凛さん……やっぱり不良になっちゃうのかな……;;」


「わたくしには関係ありませんわ」


「冷たいよ世麗奈ぁ!!;」


「ヘンテコ人間の考えていることなど理解できませんもの」


「凛さんはヘンテコ人間じゃないんだってば!!;」


「わたくしにはそう大差がないように見えますわ。──というわけで、わたくしはこの件からは外させていただきます」


「Σえっ!? ちょ、ちょっと待ってよぉ!!」


「バカハルが仕事をしないせいで報告書が溜まっているのです。怨むのならバカハルを怨みなさい。──では」


「そ、そんなぁ!!;;」


今さらながらに思うが、正生徒会のメンツって明らかに勘で選んでるよな。

一致団結の欠片もない。

っていうか相性悪すぎだろ。


「どうしようか、隼人くん……。明日からの三連休のうちになんとかしないと……」


「…………」


って言われても、敵の様子がわからねぇんなら下手に動けねぇし……。


案外、放っておいたらそのうち出てくるかもな。


「……?」


俺達がロビーで話し合っていると、ふと、お盆を持ったナルシーが目の前を通り過ぎた。


「おい、ナルシー」


「? 何よカス」


見ると、お盆の上には空の食器が積まれていた。


「それはなんだ?」


「見てわかんない? 食器に決まってるでしょ」


「いや、そうじゃねぇよ。なんでそんなもの持ってんだ? 別のとこでメシ食ってたのか?」


いや、こいつは確か、いつも通り食堂で残飯処理をしていたはず……。


「は? 何言ってんの? 富士子が神聖なご飯を食堂以外で食べるわけないじゃない」


でも菓子は食ってるよな。


「じゃあなんだよ、それは」


「トロちゃんの食器に決まってるじゃない」


「──え?」


な、なんだとぉ!?!?


「グラマー・富士子・オクターブさん!! あなたは凛さんに会えたのですか!?」


「会えたも何も、さっきまでトロちゃんの部屋にいたけど」


「「「Σえぇっ!?!?!?」」」


ここに絶対領域を越えた奴がいた!!!!


「昨日の夜も、今日の朝も昼も、富士子がご飯を持っていってあげたのよ。食事の幸せは万人に与えられている権利なんだから、当然じゃない。富士子ってやっぱりビューティフルレディ~♪」


マジかよっ!!

夜も眠れずにいた俺はなんだったんだっ!!


「でもトロちゃん、元気なかったわね~。ご飯食べたらすぐ横になっちゃうし。ずっとゴロゴロしてるのよ。牛になっちゃうんだから! モォ~!」


「な、何か言っていなかったかい!?」


「さあ? 特に何も。何喋りかけても、へーとかホーとかソーデスカ~くらいしか言わないのよね。富士子つまんない!」


なんて味気ない会話。

愛想尽きた夫婦かよ。


「どうして私の時は無視を……。やっぱり嫌われてるのかなぁ……グスン;;」


「そんなことないよ、桃子くん」


まあ、さしずめ、ナルシーがヘンテコ人間だからだろう。


「でもそういえば、たまに独り言で〝腹立つ!〟とか〝ムカつく!〟って言ってたわね。何に対してかは知らないけど」


怖っ!!

やっぱ俺達は近づけねぇ!!;


「ま、まだ怒ってるんですかね……?;」


「うーん……その可能性はあるね……;」


くそぉ……どうしろって言うんだよっ!

近づけねぇんなら謝ることもできねぇし!


「ま、富士子の知ったこっちゃないわね。さーて、これ持ってったらお風呂行こ~っと♪ 今日もたっぷり汗かくわよ~! ルルルル~ン♪」


それだけ言うと、ナルシーは軽やかにスキップをしながら出ていった。


「──あっ! そうですよ! お風呂ですよ!!」


「「え?」」


「凛さんだって女性ですから! お風呂に入るために一度は部屋から出てくるはずです! その時を狙えば……!」


「そうか! そうすれば、こちらから赴かなくても会えるね! さすが桃子くん!」


「Σえっ、そ、そんな対したことでは……!//」


おい王子、そうやって簡単に手を握るから期待させちまうんだぞ。


「けど、会ってどうすんだよ。拒絶されるのがオチじゃねぇか?」


「そ、それはそうかもしれないけど……;」


ぜってー逃げるだろ。


「わ、私は、隠れて凛さんの元気な姿を見るだけでも十分です!」


さっきナルシーが元気なかったって言ってた気がするけどな。


「そ、そうだよ! まずは自分達の目で彼女の様子をうかがってみよう! でも、隼人くんが話しかけに行くって言うのなら、僕は温かく見守っているよ!」


「私もです!」


「俺任せにすんな!!」


俺が行けるわけねぇだろ!

あんなこと言ったのに!


「おいピンク! 行くんならお前が行けよ!」


「誰がピンクですかっ!!; 私は無理ですよぉ!!; 勝てる気しないです!!; 今田さんが行けばいいじゃないですかぁ!!」


「俺が行ったら殺されるっつーの!!」


「私だって同じですぅ!!;」


「じゃあ僕が行くよ」


「それはダメだっ!!;」

「それはダメですっ!!;」


お前は一番の地雷だ!!;


「えっ、どうして?」


「かかか、会長はそのっ……さ、最後の手ですから!!;」


「そそそ、そうだ!!; まだお前の出番じゃない!!;」


「え、そ、そうなんだ……」


セーフ……。

お前と話をさせても、また爆発させるだけだからな……;




──で、結局、俺達三人は、今日は一目見るだけで終わりにしよう、という方針で議決した。


だが、いくら待ってもヤツは現れない……。


もう夜中の0時半なんだけど。


「来ない、ですね……;」


「来ない、ね……;」


つーかこいつら、なんで同じところに隠れてんだよ。


せめぇんだけど。


「おい、そんなにくっつくなよ、鬱陶しいだろうがっ」


「隼人くん声が大きいよ」


「だからくっつくなって!」


「桃子はくっついてませんっ!!」


「耳元で叫ぶな!」


「あっ、眼鏡がどこかにっ……」


「足元に落ちていますよ!」


「み、見えない……;」


「私が取ります! ──って!! 今田さんっ!! どこ触ってるんですかっ//!!」


「触ってねぇよ! お前が動くからだろうが!」


「め、眼鏡眼鏡……;」


「下心が見え見えですっ//!! どさくさに紛れてハレンチな//!!」


「だから触ってねぇよっ! 下心があるのはお前のほうだろうが! 王子にくっついて来やがって!」


「この辺かな……;」


「そそそそそんなことないですっ//!! 一人が心細かっただけですっ//!!」


「ガキみてぇなこと言うな!」


「あ、あった! よいしょ……」


「女の子なんだから仕方な──ってきゃあぁぁぁっ//!! 何してるんです会長ぉ//!!」


「Σえっ!? ち、違うよ!! 眼鏡を取ろうとしてしゃがんだだけで別に下心なんて……//!!;」


「オイお前ら暴れんな!! あんまり動くとバランスが……──ってうおっ!?」


「Σキャッ!?」


「Σうわっ!?」


ドタドタドタッ。


「……いってぇ……;」


「──きゃあぁぁぁっ//!!!! 性懲りもなく何してるんですか今田さんっ//!!!!」


「く、苦しい……;;」


「あ、いや、これは不可抗力ってやつで……;;」


「いいから早くどいてください//!!」


「も、桃子くんも……;;」





「──そこで何をしているんですか……」


「「「Σ!?!?」」」


俺が立ち上がろうとした時、ソイツは不意に現れた。





「──マ、マッケン!?」


「こんな時間にこんなところでこのメンツ……なかなかのシャッターチャンスですね……パシャ」


「何撮ってるんですかっ!!」


「記念写真です……パシャ」


「勝手に撮らないでくださいっ!!」


「僕に怒鳴る前にそこからどいたほうがいいと思いますよ……」


「え? Σキャアァァァァッ!!!! ごめんなさい会長ぉぉぉ!!!!;;」


「だ、大丈夫だよ……;」


なにかとバタバタしていた俺達は、とりあえず落ち着いて体勢を整えた。


「……あれ? 隼人くん、顔が歪んでるよ? 大丈夫?」


「お前の眼鏡が歪んでんだよ!」


「Σえっ、そうなの!?」


歪んでるどころか、レンズがバリバリに割れてる。


「ごめんなさい!! 私のせいで……!;」


「えっ、君のせいじゃないよ! 僕が不注意だっただけだよ! だから泣かないでっ!」


「桃子は泣いていません……;」


「え;」


黙ってさっさとスペアかけとけ。


「……で、お前こそここで何やってんだよ」


「僕は……マリマリがトロさんの写真がほしいと言うので……撮りに来たんです……。失敗しましたが……」


「失敗?」


「カスさん達が騒いでいた時に……マッハの速度で入浴場に駆け込んでいってしまいました……」


「Σな、なにぃ!?!?」


「僕の手も追いつけないとは……さすがは永遠のライバル……」


やっちまった……。

せっかくのチャンスだったのに……。


「ど、どうする……? 気づかれたみたいだけど……出てくるのを待つ?」


「でも、凛さんなら露天風呂のほうから逃げ出しそうですよ;」


「あ、それは確かに……;」


可能性大だな……。


「──そうだ。マッケン、いつものやつ貸してくれよ。盗聴とかに使ってるやつ」


「トロさんのところに行かせて……無事に生還してきたものはありません……」


挑戦済みかよ。


「それに……あなた方に協力するつもりはありません……。トロさんが帰ってきたら、マリマリを独り占めできませんからね……フフフ……」


マッケンは不気味にほくそ笑むと、そのまま空気のように闇の中へと消えていった。




くそっ、この作戦は失敗か……。



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