再び、取り戻す―(2/26)


『……ル……』


……zzZ……。


『……ロ……カル……』


………zzZ………。


『……ん……トロピカル……』


…………zzZ…………。





「──凛・トロピカル!!」


Σ──!!


「は、はいっ!!!!」


耳元で怒鳴り声が聞こえて、私は思わず飛び起きました。


「俺の授業で居眠りをするとは、いい度胸だな」


「い、居眠りなんてしておりません!;」


「ほぉー。では、素で喋っているのは寝ぼけているせいではないんだな。お前は本当はヘンテコ人間ではないんだな。そうかそうか」


「Σあっ、いえ……その……;」


しまった……いきなりだったからつい……;;


「ア、アイムソーリーヒゲソーリー……;;」


許してくださいすみません;


「……まったく、下手くそな英語使いやがって。次寝たら、放課後に俺とワンツーマンで補習だからな」


「シカト心ニ~刻ミマシタッ!!」


それは絶対に嫌だぁ!!;


「──よし、じゃあ次の問題をお前に──」


キーンコーンカーンコーン……


コーンカーンコーンキーン……


――あ、チャイムが……。


「おい、お前のせいで授業が予定通りに進まなかっただろうが」


「アイムソーリー阿部ソーリー」


「初代総理大臣は?」


「トロロ芋?」


「伊藤博文だっ!! ちゃんと名前も覚えとけ!!」


「ハーイ」


「初代総理大臣は?」


「伊能忠敬!」


「ダメだこいつ……」


すみません、いま脳ミソに空きがないもので……。


「バカに付き合ってるだけ時間の無駄だな。じゃあ今日はここまで。次の授業で小テストをする。全員、ちゃんと復習しておくように」


「「「「「「「えぇっ」」」」」」」


「ちなみに、満点じゃなかった奴は放課後に居残りだ」


「「「「「「「えぇっ!!!!」」」」」」」


「仮病とか使ってサボんなよ」


先生はそれだけ言うと、嘲笑いながら教室から出ていきました。


──くそぉっ!

ママの大学時代の後輩だからって、いい気になりすぎだぞあの鬼教師!


「何よあいつ! この高校に来たばっかのくせに、ちょっと調子に乗りすぎじゃない!?」


私の隣に席を陣取るナルシーさんは、鼻息荒くお菓子をむさぼりながらグチりました。


「小テストなんか受けない。そして居残りもサボる。これこそ最強の不良だぁ!!」


相変わらずオカシナ不良を目指しているピーラーさんは、高々と笑い声を上げます。


「僕は満点しか取れないので……受けるだけ時間の無駄ですね……」


そうですよね、あなたはそうなんですよねマッケンさん。


「これも授業中に居眠りなんてしてるトロちゃんが悪いのよ!!」


「エッ!?」


関係なくない!?


「そうだ!! 全部お前が悪いんだ!! 僕達の自由を返せ!!」


わけわかめ!!


「そういえば……最近よく授業中に居眠りしていますよね……」


それは否定できない;;


「そうよ! 授業中に寝るなんて悪い子ねトロちゃん! 富士子は一度も寝たことないわよ!」


それは先生の目を盗んでお菓子を食べているからですよね。


「僕だってないぜ!!」


それは先生の目を盗んでレイたんフィギュアをなでなでしているからですよね。


「僕はずっと寝ています……」


それは寝ながらでも授業が聞けるというスゴワザを身につけているからですよね。


「トロちゃんはゆとりに取り憑かれた甘ちゃんなのよ! ねっ、カスもそう思うでしょ!?」


「じぇじぇじぇ!!」


そのあまちゃんじゃない!


──って、あれ?

カスさん、体操服着てる。


「あ、やべっ、次は体育じゃねぇか!!」


ああ、そういえば。


「遅刻したら……ウサギ跳びでグラウンド100周です……」


そんなものあったんだ。


「嫌よそんなの!! もぉ、トロちゃんのせいなんだから!!」


だから関係ナッシング!

……いや、ある意味あるか。


「お前ら、そんなバカはほっといて、さっさと着替えに行ったほうがいいぜ」


バ、バカ!?

今バカって言ったこの人!?


「言われなくてもそうするわ!! トロちゃんなんて遅刻しちゃえばいいのよ!!」


「後でトロロ昆布にしてやるからなっ!!」


「マリマリのお姉さんでなければ……トロさんなんか消し炭にしているのに……」


三人は恐ろしいことを吐き捨てながら、体操袋を持って教室から出ていきました。




「……あいつらひでぇな。クラスメイトに向かって散々なことを……」


「あなただって人のこと言えないじゃないですか!! バカ呼ばわりするなんて酷いです!!」


「いやぁ悪い悪い。ついノリで」


「ママに言いつけてやるぅ!!」


「スネ夫みたいなこと言うなよ」


「ホントに言いますよ?」


「ゴメンナサイ」


ママって頼りになるぅ。


「まあそれは置いといて。お前も授業中に寝んなよ。元気と真面目が売りのイイ子ちゃんなんだろ?」


「ふーんだ。私だって寝たくて寝てるわけじゃないんですからね! フテーコウリョクです!」


「それを言うなら不可抗力だろ」


「伝わればよし!」


「よくねぇよ」


小さいことは気にしない!


「だいたいまだ3限目なのに、眠くなること自体がおかしいんだよ。ちゃんと夜寝てんのか?」


「ね、寝てますよ! 寝てるに決まってるじゃないですか!」


「さーてそれはどうだかな。案外、最近はチビ助が一緒じゃなくて、寂しくて一人じゃ寝られないんじゃないのか~?」


「ギクッ!」


「図星かよ!」


「そ、そそそそんな子供っぽいことあるわけないじゃないですかっ!!」


「なら動揺すんなよ」


「してません!!」


「してるだろうが」


「してないですって!!」


私はもう子供じゃありません!


「もぉ! いいから早く出ていってください! 私ここで着替えますから!」


「更衣室行けよ」


「もう他に人がいないんですからいいじゃないですか! さあ出ていってください変態さん!」


「だれが変態だ!!」


「あなたしかいないでしょ! ほら、シッシッシッ!」


「後で覚えとけよ!!」


カスさんはそれだけ言うと、一睨みして去って行きました。


……危ない危ない、なんとかごまかせた。

あの人もまだまだだな、フッ。




──ということで、着替えを終えて慌ててグラウンドに出たら、時間ギリギリだったということもあり、


「──こら、凛!! お前が最後とはなんたる恥じゃ!!」


おじいちゃんに怒られました。


このジジイ、まだ学校にいやがります……。

本当は、お弟子さん達が登山から帰ってきたらすぐに辞めるつもりだったらしいのですが、道場の時とはまた違った指導ができることに味を占めたようで、しばらくはこの学校にいるようです。

早く帰れ。


「すみません」


「さっさと整列せんか!」


「ハイハイ」


「ハイは一回!」


「ハーイ」


「のばすな!」


「ハイ」


もう、いちいちうるさいなぁ……私には特に厳しい気がする……。


「ざまあみろね、トロちゃん」


「ハハハ~ホントデスネ~」


私はナルシーさんの隣に並びました。

ちょ、ナルシーさん、顔が粉だらけですよ。

また大福食べましたね。


「あれ? トロちゃん、髪留めは?」


「アッ」


しまった、体育の時は髪をまとめておかないとダメなのに、急いでたから忘れちゃった。


「もぉ、ホントにダメダメねぇ。富士子を見習いなさいっていつも言ってるのに」


すみません。

でも、そのお相撲さんみたいな髪型は見習いたくないです。

なんで敢えてマゲをチョイスしてるんだろう……。


「ドーシヨーカナァ……。ア、ソーダソーダ、クリームソーダ。副会長サーン、ソレ、oneプリーズ」


「Σえっ! ダ、ダメですよ!;」


私は後方にいたピーチさんを捕まえました。

体育は、A・B・C組とD・E組がそれぞれ合同なので、私はよくピーチさんをいじめています。


「2ツ有ルンデスカラ~イイジャナイデスカ~」


「こ、これは揃ってないとダメなんですっ!」


「ケチ」


「忘れた凛さんが悪いんじゃないですかぁ!!;」


「お兄さんに言いつけますよ」


「Σえっ!!;」


これぞ、ピーチさんにだけ使える脅し文句。


「お兄さんは、さぞかしショックを受けるでしょう……。〝そ、そんなっ! 桃子くんがそんなドケチだったなんて……僕は失望したよ!!〟と」


「いやぁぁぁぁ!!!!!;;」


「そんなこと言わないよ」


あ、本人来ちゃった。

あともう少しだったのに。


「Σか、会長っ!!; 私はまだ悪いことなんてしていませんっ!! あっ、これからするつもりもありませんけど!!;」


「大丈夫、わかってるよ。それより、君はいつも予備のゴム紐を持っているんじゃないのかい?」


「……あっ」


そう言われ、ピーチさんはポケットからいくつかのゴムを取り出しました。


「そういえば、そうでした;; たまに忘れる生徒がいるから……それ用にと……;;」


持っていること忘れてたら意味ないじゃないですか。


「さすがドジっ子桃ちゃん」


「ドジっ子は私じゃなくて会長──Σアッ」


あーあ、やっぱりドジっ子だ。


「今さら口元押さえても遅いですよ」


「桃子くん、今の発言は覚えておくね」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!!;;;」


まあ、どっちもどっちですけど。


「ふふ、冗談だよ」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!!;;;」


とりあえず、私はゴムを一つもらい、ギャーギャー騒ぎ立てるピーチさんを無視して整列し直しました。


「──よーし、今日は持久走をやるぞ!! 200mのグラウンドを25周で5kmじゃ!!」


「「「「「「「えぇーっ!!!!」」」」」」」


うわー、めんどくさいなぁ……。


「完走するまで昼食及び昼休みはナシじゃ!」


「はぁ!? ふざけんじゃないわよ!! 富士子にとって食事は人生で一番大事な儀式なのよ!!」


儀式……。


「黙れい! 反論など許さん! これもお主らのためじゃ! わかったらさっさと準備運動を始めろい!」


「なんですってぇ!?!?」


ナルシーさんは憤慨します。


「ちょっとトロちゃん!! なんか言い返してよ!! トロちゃんのおじいちゃんなんでしょ!!」


「ムーリムーリ」


こういう時のおじいちゃんは熱い。

何を言っても無駄無駄。


「もぉぉぉ使えないわねっ!!!」


すみません。


というわけで、私達は熱血さんの指導の下、15分間も準備運動をしてからスタート地点につきました。


「よし!! 諸君!! 怪我には気をつけるんだぞ!! もちろん、俺っちも気をつけるぜい!!」


持久力がない熱血さんは、お兄さんやピーラーさんをライバル視しています。


「会長!! チンピラ君!! 今日も勝負だぜい!!」


「え、あ、うん……;」


「嫌だ……レイたん助けて……」


この前はお兄さんが一番、熱血さんが10分遅れで二番、ピーラーさんがリタイアしたんですよね。


「マッケン、今日こそは負けねぇぜ!」


「望むところです……」


マッケンさんは、人間とは思えないスピードでいつも断トツ一位です。

何か仕掛けがあるのだとは思いますが、多分一生勝てません。


「今日はお昼休みに会議があるのに……遅刻したらどうしよう……;;」


大丈夫ですよピーチさん、その会議には会長も書記も現れないでしょうから。


「もっとお菓子食べてくればよかったわ!」


ナルシーさんは、体の変化による後半の追い上げがすさまじいです。

ゴールは私とあんまり差がないです。


かくいう私は、遅くはないですが、特別早いわけでもないです。

途中で集中力が切れるので、短距離のほうが好きです。


「準備はいいか~!! 行くぞ~!! ──よーい、ドドドドン!!!!」






さてさて、長距離走が始まって、しばらくが経った現状。


マッケンさん、完走。

カスさん、19周目。

私、18周目。

ピーチさん、15周目。

ナルシーさん、13周目。

お兄さん&熱血さん、9周目。

ピーラーさん(死にかけ)、8周目。


そろそろ、ナルシーさんが追い上げてきますね。

ピーラーさんはリタイア寸前。

熱血さんは熱血パワーで頑張っていて、お兄さんもその熱に侵されてなんとか走り続けています。

ピーチさんは、そんなお兄さんを追い越すたびに申し訳なさそうな顔をしています。


「りーん!! さっさとその坊主を追い抜くんじゃー!!」


いや、もう無理。

ここまで差を縮めただけでも褒めてください。


「ラストスパートじゃー!!」


ラストスパートには早いですって。


……ん……?

……あれ……?


「……な、なんだ……?」


視界が……ぼやけてきたような……。


こ、これは……まさか……。


「……うっ……」


め、めまいが……。


……気分悪っ……。


「うげっ……」


熱中症……ではないだろうし……。


うわ……ちょっと待って、無理無理っ……。


「……オ、オーマイガー……;」


私は、他の人の邪魔にならないようにトラックの内側に移動し、しゃがみ込みました。


「──!? 凛っ! どうしたんじゃ!!」


気持ち悪い……。

頭がグラグラする……。


「凛!! 聞いとるんか!?」


うるさいなもう!


「──おい、大丈夫か!?」


あ、隼人さんだ……。

また一周差つけられちゃった……。


「大丈夫です……ちょっとめまいがするだけですから……」


「いや、大丈夫じゃねぇだろ!」


大丈夫ですって……。


「──トットロ~!!!! 大丈夫かぁぁぁぁぁっ!!!?」


一番うるさいのがキターッ!


「うっ、ゲホッ!! ゴホッ!! あびろべ!!」


だが死にそうだ。


「トロちゃん大丈夫!? 死にそうなの!? 保健室行く!? なら富士子がつき添ってあげるわ! そしたらサボれるもんね!」


必要ないです……。


「こらぁ!! お主ら何をしとるんじゃー!! 凛のことはワシに任せて走るんじゃー!!」


おじいちゃんが怒鳴ると、ナルシーさん達はしぶしぶと再び走り出しました。


その後、私は保健室には行きたくなかったので、授業が終わるまで校庭の隅でしばし休息をしていました……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る