xxx.3 変わらぬ日々を
「……よくわかんないですけど、距離感が大事なんじゃないのです?」
「うーん、難しいんですよねー」
ご主人さまとの自然な距離感がどうとか言われても、ボクにもよくわかりません。媚びうるのも演技するのもめんどくさいから適当にやってるだけなのです。
「だから離すのですエロ猫!」
「はいはい」
ルルは顎に手を当てて考えながら、ボクを押さえていた手を離します。あとちょっとで無防備なボディにボクのコークスクリューをぶち込んでやれたのですが、運の良い猫なのです。
「一瞬で制圧されてましたね」
「ルルも強くなったな」
なんかボクたちのやりとりを眺めていたご主人さまとユリアがのほほんとしてますが違うのです。後輩の小娘相手に本気出すなんてありえないのですよ、揃ってボクをなめすぎなのです。
でもまぁ慢心してたのは事実ですから? 今回はキッチリ負けを認めましょう。潔いのは美徳ですからね。
「……口を挟むかどうしようか悩んでたんだけどな、まぁソラが相手しやすいってのはある」
「どういう意味なのです?」
自分で言うのもなんですが、ボクって割とめんどくさい側の気がするのです。
「気を使わなくて楽なんだよな」
「ちょっとは気を使うのです!」
ボクだって無遠慮になんやかんやしていいって思われるのは心外です。立場上ある程度は諦めますが冷蔵庫におつまみあるじゃんみたいなノリでつままれるのは断固抗議しますよ?
「……お前、お嬢様や奥様扱いとか嬉しいのか?」
「…………気楽が一番なのです」
ご主人さまに優しくエスコートされる自分の姿を想像してオエッてなりました。そういう意味での気遣いはノーサンキューです。夜景な綺麗なレストランより焼き肉の素敵なお店がいいです。あるいは中学の帰りにこっそり寄った中華屋のラーメンとか。
店主のおじさん、ボクが行くとお嬢ちゃんが可愛いからサービスだって笑いながらボクたちにチャーシュー1枚おまけしてくれたんですよね。飢えた男子中学生の集まりに気を使ってくれたんでしょうけど。あのテーブルには男しか居なかったのに何が見えてたんでしょうね……。
「……ラーメン食べたくなってきました」
「おま、食事前にそういうこと言うなよ……」
露骨に嫌そうな顔をされました。ラーメン食べたいは伝染するのですね、ボクと一緒に苦しみましょう。
「らーめん?」
「故郷の麺料理なのです、ラーメンとカレーが嫌いな若い男は希少種でしたね」
「へぇ」
「せんぱい、女性はどうなんですか―?」
「さぁ? 女の友達いなかったのです」
答えた瞬間、なんかルルとユリアが微妙な顔をしましたけどどういう意味ですか。女友達いないのってそんなに変でしょうか。
「俺の周りだと性別で差はなかったな、というかソラって女友達居なかったのか?」
「なんですかご主人さままで……! いなきゃ悪いんですか!?」
「いや、そういう意味じゃないんだが」
居ないことはなかったんですよ。でも高校入ってからしばらくして、先輩から変な手紙もらったのを切欠に激減したんですよね。
「バスケ部の先輩から変な手紙もらってから居なくなっちゃったのです」
「手紙?」
「下駄箱に入ってたのです、ひと目見てから忘れられなかったとか。試合を見に来た時に運命を感じたとか……放課後に屋上で待ってるみたいなこと書かれてたので、これは果たし状だなと思って行こうとしたら、なんか女の先輩に絡まれて、それから女子に距離を置かれたのです……」
今思い返してもわけわかりませんよね。近づかないでと言われても呼び出したのは先輩の方なんだから、ボクに言われても困るのです。男から果たし状もらってなんてボクが睨まれないといけないのですか。
「ちょくちょくわかんない単語ありますけど、たぶんアレだよねユリア」
「アレだよねルル……」
なんですかそのひそひそ話は、なんだっていうのですか。というかその反応すっごい覚えあるんですけど、話を聞いた女子たちの反応まんまなんですけど。
「ちょっと! 聞き捨てならないにょあ!?」
「…………」
いきなり抱き寄せて膝の上にのせるのはやめるですご主人さま。びっくりするじゃないですか。
「なんですか!?」
「気にすんな、ただの嫉妬だ」
「いや意味わかんないです!」
どういうことなのですか。
「……今度ラーメン作るか」
「手伝いします!」
「あー、私もお手伝いしますよー!」
即座に隣に寄ってきたルルとユリアに苦笑しながら頷いたご主人さまが、腕でボクのお腹をロックしながら頷きます。
「材料あるです?」
「チャーシューは何とかなるだろ、野菜もそれっぽいのは揃えられる」
確かにお肉と野菜はなんとかなりそうです。でも肝心なのがないのですよ。
「メンマはどうするです?」
「……なきゃダメか?」
「当たり前なのです!」
作り方わかりませんけど、確か竹を何かに漬けるんでしたっけ?
なんか違う気もしますがいいのです。とにかく竹か竹っぽい何かがなければはじまりません。作るなら妥協しないのですよ。
「竹かぁ……あるのか?」
「龍の国とか生えてないですかねぇ」
港で竹細工みたいなの見てないんですよね。
「探してみるが……それよりかん水ってどうやって作るんだ?」
「んー? まぁとりあえずノリでなんとかしてみるのです」
よく考えるとどう作るのか検討もつかない素材がいくつかあります。リアラさんとか知らないでしょうか。
「最悪スープパスタでもありっちゃありなのです」
「……ありなのか?」
「よく考えたら無い気もします」
「おい」
ラーメン製造計画について、ご主人さまとあーだこーだと話していると、ふと隣から視線を感じます。
「…………」
……またしてもルルがジト目でボクのことを睨んでいました。
「ルル?」
「そういうとこ……そういうところですよセンパイ!」
「えぇ……」
だからわかんないですってば。
「いっつもいっつも気づいたらそのポジションに居てぇぇ!」
「ちょ、待つのですルルいま逃げられな……ぎゃー!?」
ほっぺたを引っ張るのをやめるのです! ご主人さまに捕まっていて逃げられないんですってば!
「膝の上で喧嘩するなって」
したくてしてる訳じゃないっていうか、そう思うならルルを止めるのです! ていうか放すのですはりーあっぷ!!
「お弁当取り分けますね」
「たふけるのれふ!」
ユリアまでなに他人事ですって顔してるんですか!
「羨ましいんですぅぅ、ちょっとは分けてください!」
「ひりまへんっへは!!」
理不尽過ぎるのですよ!?
まったく、花を見てしんみり出来るかと思ったらなんて日なのです! 立場も住処も何もかも変わったのに、結局今までと全く変わってないじゃないですか!
花見が台無しなのです、ちょっとは成長するのですお前ら!
「お、このサンドイッチ旨いな」
「嬉しいです旦那様、自信作なんですよ」
膝の上で襲われてるのを放置してのほほんとしてんじゃねーのです!
たーすーけーろー!
☆
結局いつもどおりのバタバタした花見を終えてからしばらくして、ラーメンは無事作れました。探してみれば材料はあるものなのです。
誤算だったのはリアラさんが酒の後の締めに求めるようになったことですかね、ここは面倒なやつばっかりなのです。
全くどいつもこいつも、かわんねーのです。
ご主人さまとエルフさん とりまる ひよこ。 @torimaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます