幕間 心の行方


 はじめ見た時は、エルフという以外に興味はなかった。ただ欲しかったエルフの奴隷を見つけて、掘り出しものだと内心で喜んでいた。それが変わった最初のきっかけは、俺を見つけたその子が日本語を使って必死に自分を買ってほしいとアピールしてきた事だった。


■□>>心の行方。_


 "天成 空"という16歳の元日本人だと名乗る、変わった喋り方をするエルフの少女は、女の子とは思えないほどに無防備で、まるで同性を相手にしているかのように気安かった。スカートを履いて激しい動きをするのも気にしないせいで小さなお尻を包む白い布切れが幾度も見え隠れしていたし、寝る時も俺が傍にいるのに平然と隣のベッドで寝て、夜中に起きる度に気温が暑いせいか掛け布団を蹴り飛ばし、白いお腹を惜しげも無く晒していた。


 最初は年齢を偽ってるだけで実は見た目通りの子供なのかとも思ったが、どうにも話をしている限り間違いなく一つ下のようだった。もし年齢通りなのだとしたら、もしかすると俺のことを誘っているのかとも思った。


 この世界にきてすでに三ヶ月以上、誰かに過去の事を話すことも出来ず、一人で過ごしていた時間が長かったからだろうか、自分で処理するのすら虚しくなり、娼館に行く気も起きず、ならばと性奴隷を求めに行ったはずの奴隷商の店で彼女を見つけて、懐かしい言葉を聞いてとにかく嬉しくて、何をしに奴隷を買いに行ったかなんてすっかり忘れていた。


 それは彼女も同じだったみたいで、嬉しそうに笑いながら過去の話や、こっちにきてからの苦労話なども沢山話した。だけど禁欲生活が長い健康な男子にとって、彼女の甘い香りやひたすらに無防備な態度は毒にしかならなかった。


 気づけば膨れ上がる欲望に任せて、自分は男だったなんて言いながら必死で抵抗する彼女をベッドへ引きずりこんでいた。蹲って震える彼女の鳴き声で冷静になった時にはもう全て済んでしまい、一度壊れた欲望の栓を締め直すことはとてもむずかしいことだった。


 最悪なことに、それからの彼女はそれまでと比べて一層魅力的になってしまった。怯えて悪態をつくようになったくせに俺の傍を絶対に離れようとしない。怖がって罵ってくる癖に、いざ事に及んだ時に丁寧にいじめてやると泣きそうな顔ですがりついてくる。いじめられたと拗ねていても、土産に美味しいものを渡せばコロっと忘れて笑顔を見せる。


 そんな無邪気な子犬のような彼女の態度に、こちらに来る前も、来てからもずっと孤独感を感じていた俺はあっという間に捕まえられていた。


 親の意向によって小中高と進学校へ通ってきた、幸い勉強で苦労することはなかったが、知り合いは多くいても、空想の物語が好きだった為に話の合う友人は結局出来なかった。中学からはあまりにも面倒になって友人を作る努力はやめたことで、学校はいつの間にか勉強して成績を残すだけの空虚な場になり、余った時間を一層趣味に費やすようになっていった。


 だからこそ、最初にこの世界に送り込まれた時は喜びのほうが嬉しかった。ここでなら本気でやりたいことが見つかるかもしれない、心を許しあえる仲間が出来るかもしれない。いつかどこかの本で見たような物語を夢想して世界へ飛び出した俺は、結局この世界でも異物のままだった。


 どこまで行っても異邦人、日本のことなんて誰も知らず、ところどころに自分以外の日本人の痕跡は残っていても、故郷を同じにする相手なんて誰も居なかった。せめて望んでいたエルフの奴隷をと半ば自棄になって調べた時も、とっくに絶滅して居ないと答えを得た時は生きていく気力を失いかけた。


 その点で言えば彼女は初めて出来た話の合う同郷の友人であり、同時に何より望んでいたエルフでもあった。どんどん夢中になっていったのはそれが一番大きい理由だったのかもしれない。勿論一緒に生活していく上でイラっとさせられる事はあったし、喧嘩だって何度もした。だけど仲直りする度に前よりも仲良くなれた気がして、嬉しかったのも事実だ。


 嫌なことも楽しいことも、全部分かち合ってそれでもいっしょにいたいと思える相手が本当の親友だなんて、誰かが言っていたのを思い出す。もしもその基準で見るのなら、間違いなく彼女は俺にとっての親友だろう。


 でも、彼女には親友じゃなくてもっと近い位置で俺の傍に居てほしいと思っていた。



 柔らかい、花の香のような良い匂いがして目を覚ます。ぼんやりする意識で自分の部屋を見回し、自分が抱きまくら代わりにしていたソラのお腹……いや、胸? に視線を戻す。起床に伴って思考が明確になるに連れ、段々記憶がハッキリしてきた。


 どうやら俺はソラに慰められ、泣き疲れて眠ってしまったらしい。我ながら子供みたいだと苦笑した。それにしても、と直前に聞いた口上を思い出しながら、目の前でお腹を出して寝転んでいる少女の臍をくすぐり口元をほころばせる。


「相変わらず、男前なんだか男前じゃないんだか良くわからない奴だ」


 背負ってやることは出来ないが、泣きたいなら胸くらいは貸してやる。そこは一緒に頑張ろうと言うべきじゃないのかとも思うが、小さな手や肩を見ていると、そのくらいでちょうどいい気もしてくるから不思議だ。何よりどこまでも自分に正直なところがソラらしい。


 むずがって寝返りをうった彼女を抱き上げてベッドの中に寝かせると、俺も一緒に横になった。子供のような無邪気な寝顔を眺めていると、嫌なことを忘れられそうな気がする。


 髪の毛を撫でていると、寝ぼけてしがみついてくる。こんな状態で元男だと言われても信じられるはずもない、でも嘘を付いているとも思えない、何とも複雑な気持ちだが、それだけではこの愛おしいと思う気持ちを覆すには到底たりなかった。


 何しろ俺が知っているのは女の子としてのソラだけなのだから、想像できなくても仕方ない事だろう。


 どうすればもっと俺を見てくれるだろう、もっと俺を好いてくれるだろう。どれだけ外堀を埋めても、欲しい物は心なのだから意味がない。それが、とても簡単なようで居て難しくて、今では振り回されることすら楽しいと思ってしまうのだから愛というのは始末に負えない。


 国が落ち着いたら結婚式をあげるつもりだと伝えれば、彼女は怒るだろうか、泣いて嫌がるだろうか。こちらの感情を押し付けて悪いとは思うが、その時の反応を予想して知れずと嗜虐心が湧き起こる。


「愛してる」

「う、ぅぅ……」


 出来るだけ優しく髪の毛を掻き分けて、小さく呟き額にキスを落とす。すると、途端に苦しそうな顔で魘され始めるのだから失礼な話だ。だけどもう、逃してやる気は少しもないから。


 出来るだけ早く諦めて俺のものになってくれと、魘(うな)される少女を抱きしめながら、強く思った。

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