第21話 もう一人の異邦人


 ポートデーナについた翌日はお買い物です。目的を果たすのです。


 街を歩くと感じる潮の香りになんだか奇妙な懐かしさを覚えます。日本に居た頃は海もよくいったのです。ルルとユリアは潮の香りに顔をしかめてますが、きっとすぐに慣れるでしょう。


 露店通りを冷やかしながら歩いていると、本当に色々な物が集まっているのが解ります。食べ物はもちろん、服や小物とかの露店もあります。


 そんな中、ボクとご主人さまはシェンロ皇国から流れてきたという商品を専用に扱っている、少し大きめの区画の中で目を輝かせていました。


「お米、お米ですよご主人さま!!」

「あぁ、米だな!」


 今日は数ヶ月ぶりにシェンロから大きな商船がやってきたので、丁度物産展みたいなものが開かれているみたいです。これはご主人さまも知らなかったようで、袋詰にされた白米を見て思わず抱き合ってしまいました。


 お米のせいでテンションがうなぎ登りです、かつての転移者が苦労して作り上げた物品なのでしょうね、転移者バンザイです。


「何か二人だけで盛り上がってる……」

「よ、良かったですね旦那様、お嬢様」


 ふたりには申し訳ないけど、諦めていたものが手に入った喜びは抑えられないのですよ。暫くは勘弁して頂きたいのです。


「あっちに醤油と味噌もあるのです、魚と合わせて朝ごはんが、夢にまで見た和食が!!」

「よし、買い占めるぞ! ユリアとルルはソラの護衛だ!」


 早速手分けして買い付けに走るのですよ!



「うぉぉぉぉぉ、米だああああ!!」


 ルルとユリアの胸部装甲の力で値引き交渉をしていると、背後から絶叫が聞こえて来ました。


 若い男性の声ですね、何事かと思って振り返ると黒髪の青年が大騒ぎしているのが見えました。わかっていたことですがご主人さまではないみたいです。


 黒髪は珍しいですがシェンロの人……って訳でも無さそうですね。彼はキョロキョロと市場の商品を見渡しています。


 先ほどのご主人さまを思い出したのか、きょとんとしながら見ているボク達三人を目敏くと見つけると、一際目を輝かせました。


「おぉぉぉ、猫耳! エルフ! 牛耳!?」


 エルフという言葉を聞いて周囲が一気にざわつきました。余計なこと言いすぎなのですよこのお兄さんは……顔立ちは完全に日本人ですけど、この反応といいまさか?


「うぉぉぉ本物の猫耳だ! 耳触らせてください!」


 上がりきった明らかに普通じゃないテンションのまま、鼻息荒く詰め寄ってきた彼は返事を待たずにルルの頭の上にピンと立った猫の耳に手を伸ばして掴もうとして。


「ひっ!? いやぁぁぁぁ!!」


 思い切り顔面をぶん殴られて吹き飛びました。ルルの切羽詰まった悲鳴は初めて聞きました。


 ご主人さまはあれでも許可を得ず耳とか尻尾触ったりしないですからね。許可を出すしかない状態に追い込んでからやりやがるので。


 完全に興奮しきった彼は、ネットリとした茶髪くんと比べてキモいより怖いが勝るのはわかります。


「ふべふっ!?」


 割りと手加減なしでやったのでしょう、ルルもあれで結構腕力があるのです。彼は見事に一回転して無様に転がりました。当然の報いなのです。


 さてさて、痴漢は撃退されましたがエルフ発言が尾を引いて微妙に騒ぎが持続しています。視線がボクの耳に突き刺さりました。


「お嬢ちゃん、エルフなのかい?」

「いいえ、ドワーフなのです」

「お嬢さま、お可愛らしいのでたまに間違われてしまうんですよ」


 ハーフゴブリンは男よけに最適ですが、余計な波乱も招きかねません。なので街ではドワーフという方向に切り替えたのです。ユリアと一緒にした誤魔化しが通じてくれる事を祈りましょう。ただその誤魔化し方はどうかと思いますけどね。


「ほーそうなのかい、確かにエルフは美人だっていわれてるしねぇ。お嬢ちゃんくらい可愛かったら間違われることもあるかもね、ご主人さまも可愛くて仕方ないだろうねぇ」

「ふふ、いつも旦那様に愛されていて羨ましいくらいですよ」


 嬉しくはないんですけどね……でもそのおかげで自由にできてると拒否するのもあれです。理想はほんと、夜のご寵愛だけ二人に向かってくれることなんですけど、ままなりません。


「それじゃあ、失礼しますね……ルルも行くよ」

「なんニャの! 旅に出てからにゃんであたしばかり痴漢に遭うの!?」


 ユリアは商品を受け取ると、頭を掻き毟りながらヒステリックに叫ぶルルを呼びました。ボクの手を引いて足早にその場を離れます。


 日本人っぽい彼の状態が気になりますけど、これ以上この場に留まるとめんどくさいことになりそうです。


 一部の人間がボク達を狙って動き出したのが原因ですね。ボクとユリアを誘拐しようと考えているのでしょう。奴隷の保護が効くといっても国内だけ、海外に連れ出してしまえばボクとユリアだけで遊んで暮らせるだけの金が手に入るでしょう。


 全く余計なことをしてくれたものです、マントの下が学生服なあたりこっち来たばかりなのか無自覚なんでしょうけど。米を見て異種族を見てテンションが上がった気持ちは分かるんですけどね。


 こっちの地方だと異種族はあんまり表を出歩かないですから、初めて見たファンタジー種族に興奮したのでしょう。


 とりあえず後でご主人さまに報告して、対応してもらうとしましょう。人目を避けるように区画の出口まで行くと、ご主人さまがこっちに小走りで駆けてきます。


「何があった?」


 どうやら騒ぎを聞きつけていたようです。心配そうな顔をしています。手ぶらなのは全部アイテムボックスにしまったのでしょうね。


「痴漢ですよ、また痴漢がでたんです!」

「ちょっと興奮した男の人がルルちゃんに痴漢行為を働いて……、その時にちょっと、お嬢様のことをエルフって大声で呼んで」

「ご主人さま、あとでお話したいことが」


 三者三様の返答でしたがなんと何となく事情は察知したようです、やや表情を硬くしながら肩を抱かれて区画を後にしました。


 どうやら後を付いて来ていた不届き者が居たみたいで、途中でご主人さまが離れて何かした後、かなり複雑なルートを歩いて宿に辿り着きました。


 うぅ、安息の日々はどこへいってしまったのでしょう……。



 その日の夜、ご主人さまに身体を拭いてもらいながら今日会った男性が日本人の転移者かもしれないという疑惑と推理をご主人さまに話していました。


「――たぶん、彼も日本人だと思います」

「そうか……一度話してみたいな」


 神妙な顔で聞いていたご主人さまが、ボクの耳を撫でながら頷きます。やはり同郷の者は気になりますよね。特徴からしてもほぼ間違いないと思いますし、ボクも話してみたいです。


「明日落ち着いたら探してみるよ、お前は絶対に一人で出歩かないようにな。このへんだと精々ならず者くらいしか居ないだろうが、用心はしとくべきだ」


 膝の上に乗せたボクのお腹を、出会ったばかりの頃と比べ随分と逞しくなった手が撫で回しています。身体を拭いているはずなのにタオルは大きな木製盥の中に浮かんだまま、おかしいですね。


「解りました、室内でも出来る限りルルかユリアと一緒にいるようにします」

「あぁ、本当に気をつけろよ?」


 手がゆっくりと移動するのを、震えながら見下ろしつつ答えます。危機を知らせるアラートは全開で鳴り響いております。でも逃げられなんですよね悲しいことに。


 え、何でかって? ボクの両手は今バンザイのような体勢で、ご主人さまの首の後で重ねるように縛られています。解けない程度に緩く縛った後、体格差のある相手に腕の隙間に頭を通されると割と冗談抜きに動けなくなるんですね、初めて知りました。


「はい……ところでご主人さま」

「ん?」


 耳を執拗に撫でられて、上半身にぶわっと鳥肌が立ちそうになりますが必死で我慢しながらリアクションを殺します。


「今ボクの身に凄い危機的状況が迫っているのですが、どうすればいいでしょうか?」

「心配はいらない、お前に何かあった時は必ず俺が助けてやるから」


 聞いたこともないくらい優しい声が耳に囁かれます。これが普通の状況ならキュンってなってあげてもいいんですよ? でもね、残念ながら現在進行形で"何かあってる最中"のボクには適用されないのですね、だって最大の危機はご主人さまなんですから。


「そうですか、じゃあ早速助けて欲しいのです、変態に襲われてて大ピンチなのですよ、このままでは大変なことになります」


 このままでは、昨夜に続いてナニがどうしてこうなってそうなる運命が待ち受けているでしょう、ボクの身体が持ちません。ほんといい加減にしやがるのですよこの変態野郎。


「それは大変だ、しっかり綺麗にしてやるから安心しろ」


 手遅れだって言いたいんですねわかりたくありません。昨日はすごく頑張ったのに、羞恥で死にそうになるのを我慢してお兄ちゃんとか呼んであげたのにあんまりです! 今日はもう解放してください!


「いやぁぁぁ、助けむぐぅぅぅぅ!」

「そうか、今日は囚われのお姫様扱いがお望みか」


 口を塞がれながら暴れていると、寝室の扉が開いて救世主が突入して来ました。そういえば今日は鍵をかけていませんでしたね、ボクが速攻で捕虜となったから必要なかったのでしょう。


「シュウヤさま!」

「旦那様!」


 食卓にあげられた料理のごとき状態のボクを見た二人は、表情を険しくさせながらご主人さまを見て声を荒げます。


「せんぱいばっかりずるいです!」

「お嬢様ばっかりずるいです!」


 ……どうやら、ボクに味方は存在しないようです。もうだめだ。


「……どうする?」

「煮るなり、焼くなり、好きにするがいいのですよ……この変態野郎ごしゅじんさま







◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

BATTLE TOTAL 11

◆【ソラ Lv.47】+5

◆【ルル Lv.17】+3

◆【ユリア Lv.15】+3

◇―

================

ソラLv.47[471]→Lv.47[476]

ルルLv.17[173]→[176]

ユリアLv.15[154]→[157]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>30

[MAX HIT]>>30

【PARTY】

[シュウヤ][Lv55]HP772/772 MP1380/1380[正常]

[ソラ][Lv47]HP50/50 MP420/420[正常]

[ルル][Lv17]HP602/602 MP32/32[正常]

[ユリア][Lv15]HP1040/1040 MP60/60[正常]

================

【Comment】

「宿の人にシーツを汚しすぎだと怒られてしまいました」

「せんぱい、気をつけないとダメですよ?」

「ボクは悪くないのです、ぜんぶあの変態チート野郎が悪いのです!」

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