第19話 海への道は波乱が一杯


「彼女たちを解放しろよ!」


 町を目前にした野営の準備中、茶髪の彼がご主人さまに向かって何やら物言いをつけていました。魔法で火を起こしていたご主人さまがつまらなそうに一瞥すると、ため息を吐きます。


「解放って……」


 ご主人さまに飼われてまだ一年も経っていないのです。解放の許可が降りるまで最低でも二年以上かかるのでどうしようもないのですが。何よりご主人さまのところにいることに不満はないのです。


 即席パンの生地をこねるボクの傍ら、で芋の皮を剥いていたルルとユリアが明らかに不機嫌そうな顔で茶髪くんを睨んでます。


「人間は平等なんだ、異種族だからって奴隷にしていい訳がねぇ!」


 平等なんてこっちの世界に来てから初めて聞いたのですよ。ボクとご主人さま以外は全員意味がわからなくてきょとんとしています。というかその発想が出てくるってまさかコイツ、アレですか、御同輩?


 なんかドヤ顔してルルを見てますけど、ルルは尻尾の毛をふくらませて後退ってました。気持ちは解ります。本人的には良いこと言ってカッコつけてるつもりでも、視線は胸とかお腹にちらちら向いてますからね。


 男の視線ってほんとよくわかるのですよ、ご主人さまの場合はボクのふとももとかおしりをよく見てます。……いえ、別にデブじゃねぇのですよ。


 因みにこういうのは相手の視線がどうこうより、自分が見てくる相手にどんな感情を持ってるかがデカいのです。現にふたりはご主人さまのえっちな視線は大歓迎みたいです。


「いや……平等じゃないから奴隷なんて制度があるんだが」


 個人的には奴隷制度なんてぶっ潰れればいいとは思いますけどね。


「それは制度の方が間違ってるんだよ、人が人を家畜のように扱うなんて間違ってる!」


 言いたいことはわかるのです、同意したい気持ちもあるのです。


 でもですね、彼は自分が何をやっているかわかっているのでしょうか。他の冒険者や隊商の人たちのイライラゲージが溜まってきてるんですけど。旅の途中のこんな場所でくだらない理由で仲たがいとか勘弁してほしいのです。


「君たちだって奴隷から解放されたいと思うだろ!」


 今度はこちらにまで振って来ました。うちのお猫様が機嫌悪そうに舌打ちする音が聞こえます。


「いえ、別に?」

「私たち旦那さまの奴隷で幸せですから」

「ボクた――」

「こいつが怖いからって無理しなくていいんだ!」

「――……」


 あぁぱっと見幼女ボクの意見はどうでもいいんですね解ります、お里が知れるのですよ。しんでくれないかなぁ。


「あのなぁ……」


 ご主人さまの呆れた声が虚しく森の中に響きました。



「あいつまじむかつくのです」


 怒りに任せて少し固めのパンを噛みちぎります。もともとそんなに美味しくないのにイライラで美味しくなさがひとしおなのです。


「失礼な奴よね、ほんと!」


 あれから今回の護衛のリーダー格である男性にたしなめられた彼は、別の配置に移動させられて半ば強引な解決となりました。因みにボク達はお手伝いはしてますけど、お金を払って馬車に同乗している側です。


 護衛の報酬も一部払っているので、彼は護衛対象に色目を使ったり喧嘩を売ったりしてるのですね。信用が大事な冒険者稼業、あんなことをしてたら干されても文句はいえないのですよ。


 最初にボクたちはお客側って説明もちゃんとしてあったはずなのですが、彼は聞いていなかったのでしょうか。怒り心頭でみんなそろってディスりまくりですよ。


「あー、すまなかったなお嬢ちゃんたち」


 オカズの交換に来たらしい護衛役のリーダー、エレキさんが申し訳なさそうな顔で頭を下げました。別に彼が悪いことなんてこれっぽっちもないんですけど、なぜいつも悪くない人が頭を下げるのでしょうね。


「あいつはシェンロ皇国の出だからなぁ、奴隷ってのが受け付けられないらしい」

「シェンロ皇国?」


 あんまり聞いたことのない国名ですね。


「あぁ、南にある島国でな、何でも数百年前に異世界から現れた勇者が興した国っていう話だ。そこでは"人権"っていうのが尊重されていて、人は皇のもとにみな平等って考え方が浸透してるとか……。そのせいか奴隷っていう考え方がどうしても肌に合わないみたいなんだよな」


 これは完全にあれでしょうか、召喚された人間の作った国なのでしょうね。でも彼にはそれとは全く別次元の気持ち悪さがあります、興味があるのはルルとユリアだけっぽいですし。大方奴隷の立場から助けて惚れられてうへへーとか考えてるのでしょう。


「それとこれとは別ですよ」

「そうそう、ハッキリ言って近づきたくないです」


 牛猫コンビも意見は同じのようで、エレキさんのフォローはまったく実を結んでいないようです。悪い人ではないんですがね、あれをフォローしようとされてもちょっと困ってしまいます。


「まぁ、そう邪険にしないでやってくれ。アイツも一人でこっちに出てきてな、慣れないなりに頑張ってるんだ」


 どうにも面倒を見てるポジションみたいで必死なので、これ以上は無理だとふたりにアイコンタクトで矛を収めるように言うと渋々ながら引き下がってくれました。こういうタイプはね、否定されるほど必死になってややこしくなるのです。


「いまのところ実害は……許容範囲ですから」

「譲歩はしましょう」


 不和は放置しておいて良いものではありませんからねぇ。どうせ後数日の我慢です、何とか穏便に行きたいものです。もうほんとにフラストレーションが溜まるのですよこの環境。イライラを抑えながら夕食を終えて。あっという間に時間は夜になりました。


 寝入って居ると、僅かに身体をゆすられる感覚に意識を覚醒させられます。


「ん、ぅ……?」


 うっすらと目を開けると、ご主人さまの顔が目に入りました。どうしたのでしょうか。


「昼間、他の護衛から近くに綺麗な泉があるって聞いたんだ、今からちょっと水浴びに行かないか?」

「うぅ……いま……から?」


 たたき起こしてまで行きたいのでしょうか、というかご主人さまなら魔法が使えるんだから安全でしょうしひとりで行けばいいのに。また眠るために毛布に包まろうとした所で今度は力尽くで抱き寄せられます。


「……悪い、正直限界が近いんだ」


 あ、あぁ……そういう、事ですね……。三日間よく我慢したというべきなのでしょうか。流石のご主人さまでもここでするのは憚られるみたいです。半ば強引にボクを抱き上げて気配を殺しながらテントを後にしていきます。


 哀れな奴隷ペットはただ身を任せることしか出来ないのです……眠い。



 次の日は茶髪くんも配置をずらされたおかげで昼間は実に平和でストレスフリーな旅でした。でもボクは前日の疲れを引きずっていたので夕飯を終えてすぐに眠ってしまったのです、事件はその日の晩に起こりました。


「敵襲だぁぁぁー!!」

「!?」


 叫び声に飛び起きて、寝ぼけ眼のまま耳をすませると風切り音や剣戟の音が聞こえてきました。ボクが声をかけるまでもなくご主人さまとふたりは既に目を覚ましていて、手早く武器を取り外套を羽織っています。


「俺は迎撃に行く、ルルとユリアはソラを守りつつ隊商と合流、以後は守りに入れ」

「せんぱいのことはお任せをっ」

「はい」

「ご主人さま、おきをつけて」


 手早く指示を出して剣を携えて出て行くご主人さまを見送り、ルル達とテントの外に出ます。武器のぶつかり合う音がするのでモンスターではなく野盗の類ですね。先導するルルとしんがりのユリアに守られながら馬車の方へと向かいます。


 流石にこの状態で自分の出番がとか騒ぐほど馬鹿ではありません、大人しく邪魔にならないようにしながら素早く移動します。時折流れ矢が飛んできますが全てルルとユリアが打ち払ってくれるので安心です。


 ふたりとも、ここ数ヶ月で中級クラスの実力は手に入れてます。並の盗賊程度なら相手にもならないでしょう。とはいえ敵の数によっては油断出来ません、最悪の事態だけは避けたい所なのですが。


「大丈夫ですか!?」

「な、なんとかな」


 隊商の使っている馬車まで行くと、彼等を守るようにして男性冒険者チームの方々が武器を持って馬車の盾になっているようでした。周りには倒れている野盗の死体が転がってます。こっち側は怪我人はいても死人はいないようです。


 流石に隊商を襲うだけあって結構な数がいるようですね、ご主人さまなら楽勝でしょうけど他の皆さんが心配です。


「取り敢えずここは私達も戦いますので」

「お嬢様は怪我人の治療をお願いします」

「あいさー」


 袖を捲りながら馬車内で寝かされている怪我人の治療に入ります。ざっと見る限り主な傷口は剣と弓矢のものですね。素人目ながら致命傷になりそうな人は居なさそうですが、出血の多い人や具合の悪そうな人もいるので油断はできません。


「大丈夫ですから、少し我慢してくださいね」


 護衛組の治癒術士さんがいてくれたら楽なんですが、流石に別に居る前衛から離れられないでしょう。最初はハーフゴブリンが何しに来たと露骨に嫌な顔をしていた隊商の方たちですが、ボクの治療魔法を見て少しだけ当たりが柔らかくなりました。


 無事なひとに手伝ってもらいながら傷口を洗い、下級の治癒魔法で傷を塞いでいきます。幸いにもボクの持っているスキルは使わずに済みそうです。


 たまに金属のぶつかり合う音が馬車の外から聞こえますが、すぐに男の断末魔に変わるので無事でしょう。ボクは治療に集中しましょう。


「無事か!?」

「シュウヤ様!」


 馬車の外からご主人さまの声とルルの喜色に満ちた声が聞こえました。あの猫さんも最近寵愛が薄くなってきて必死みたいですね。そのまま頑張って夜の方もご主人さまの興味を惹いておいて頂きたいものです。


「ふたりとも無事か、ソラは?」

「馬車の中で治療をしてます」


 慌ただしく馬車の扉が開かれました。丁度最後の怪我人に処置したところなので良かったのですが、なんか表情が焦ってるように見えます。


「ソラ! こっちに!」

「はいはい?」


 隊商の人たちも治療が終わって疎ましそうに見ているので、ここに居る余裕はないですね。呼ばれるままにご主人さまの近くへ行くと突然抱きあげられました。お姫様抱っこというやつです、勘弁してください。


「ご主人さまどうしたのですか」


 何だか様子が変なのです、ルルとユリアがガードについてるので心配はいらないと思うのですが。


「……おかしいんだ」

「?」


 険しい顔でそれだけ言うと、ボクを抱えたまま馬車内を出てしまいました。詳しいことが気になるのですが何か聞ける雰囲気ではないですね。


 外に出てみると別の場所で戦っていたっぽい他の護衛さんたちも集合していました。でもなんか雰囲気がおかしいですね。


「全員揃ったか?」

「あぁ」


 茶髪のうざいやつと青年と僧侶のペアは無事なようですが、エレキさん一行は数人ほど姿が見えません。あまり想像しないようにしたほうがよさそうですね……。


 しかし勝利を喜ぶ空気は微塵もありません、それどころか全員が表情を引き締めていて、まるでこれから別の戦いが始まるような雰囲気でした。


「…………で、裏切り者はどいつだ?」


 奇しくもそれは正解だったようです。真面目な顔のエレキさんが苦々しい表情で告げた一言に空気が凍りました。誰も言葉を発せず、視線だけで周囲を探る緊張感あふれる時間が始まります。


 ルルとユリアも不安げにご主人さまに寄り添ってます、ボクは地面にこそ降ろされましたが回された手はきつく肩を掴み、マントに隠されるように抱き寄せられています。そのせいか微妙に疑いの視線が向けられているような気が……。


「で、何があったんですか?」


 ご主人さまに聞こえる程度の小声でしたがちゃんと聞こえたようで、同じくらいの小声が返って来ます。耳が良いので結構ハッキリ聞こえます。


「どうも野盗の動きに手引きされてた疑いがあるんだ、こっちの配置を理解した上で動いていたフシがある」


 何でも敵襲に気づいたのは本当に偶然トイレに起きた人で、その時点で相手は闇に紛れて荷物を漁っていたようです。綿密な索敵範囲とは言えなくとも、決して簡単に付けるような隙はなかったはずです。当日の配置や交代時間を理解してないと完全に見張りをスルーして紛れ込むなんてのはまず無理だろうということでした。


 すなわち、誰かが手引きした可能性があると。エレキさんは少々先走り気味ですが仲間を失ったそうなので、少し感情的になっているのだろうということでした。


「どいつだ! 舐めたマネしやがったクソ野郎は!」


 近くにあった盗賊の身体を蹴り飛ばすエレキさんは、確かに冷静とは到底言えないような精神状態のようです。いえ、仲間を失ったばかりの彼に冷静な対応を求めるのはあまりに冷酷すぎるでしょう。


「俺、見たぜ」


 手を挙げたのは茶髪の青年。何故かボクとご主人さまを睨みつけています。何か嫌な予感がしますね。


「そいつとその半野人ハーフゴブリンが昨日の夜中、二人でこそこそと森の方へ行くのを」

「にゃっ!?」


 集まっていた人間の視線がボク達に集まります。他の護衛達と様子をうかがっていた隊商の方達は強い疑念と怒りに似た感情を。同僚のメス二匹からは驚愕と嫉妬と憐れみを混ぜた微妙な物を。


「野盗連中とこっそり会ってたんじゃないのか? 野人ゴブリンもどきを連れてるなんて、ろくな奴じゃない」


 ご、誤解と言いたいけど連れだされていたのは事実です。どうしましょう、ご主人さま、まさか素直に真実を言う訳にも。


「お前が……?」


 戸惑うボクを尻目にエレキさんが怒りを溜め込んでいました、しかしご主人さまはその感情が爆発するのに先んじて口を開きます。


「夜中に抜け出したのは事実だ、うちのチビが近くに泉があるって聞いて水浴びしたいと言い出してな」


 お、おおう、確かに嘘は言っていませんね。責任転嫁はしてますけど。


「その割には随分時間がかかったようだが?」


 茶髪さんが忌々しげに言います。ご主人さまはここからどう受け流すのでしょうか。


「そりゃ、男と女がふたりきりで水浴びに行ったんだ、察してくれ」

「ほあ!?」


 ちょ!? まさか真正面から受け止めにいきましたか、これは予想外です。


「嘘付け、いくらメスといっても野人ゴブリンなんてゲテモノ食う奴なんかいねぇよ!」


 それでも噛み付くのは茶髪さん。この人そんなにご主人さまが気に入らないのですね、というかボクのことも気に入らないのですね、むかつくのです。


「好みは人それぞれだろ、俺はこいつが気に入って可愛がってるんだ」

「それについては私達も保証します、旦那様はお嬢様を大切にされてますから」


 絶妙のタイミングでユリアが合いの手を入れました……大切にされてる気が全然しないのは何故でしょうね、むしろ酷使されてますけど。


「誰が何を好きかなんてどうでもいい、俺が知りてぇのは裏切り者がどいつかってことだ!!」


 言い争いの気配に痺れを切らしたエレキさんが地面に武器を叩きつけます。あっちも限界が近いみたいですね。


「答えろ坊主、裏切り者はてめぇか……?」

「違う」


 キッパリ否定するご主人さまですが、疑いの視線は消えません。むしろ強まったような……うぅん、ほんとにどうすればいいんでしょうか。





◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

BATTLE TOTAL 5

◆【ソラ Lv.45】+5

◆【ルル Lv.15】

◆【ユリア Lv.12】

◇―

================

ソラLv.45[451]→Lv.45[456]

ルルLv.17[173]

ユリアLv.15[154]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>30

[MAX HIT]>>30

【PARTY】

[シュウヤ][Lv55]HP772/772 MP1380/1380[正常]

[ソラ][Lv45]HP50/50 MP420/420[正常]

[ルル][Lv17]HP602/602 MP32/32[正常]

[ユリア][Lv15]HP1040/1040 MP60/60[正常]

================

【Comment】

「うわぁん、まさかハーフゴブリンの異名がこんな所で響くとは!」

「(せんぱい、朝から妙にシュウヤ様の匂いが濃いと思ったら……)」

「(道理で旦那様がスッキリした顔をしてたわけです……)」

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