第12話 牛耳さんいらっしゃい

 バイヤーに案内されて赤い絨毯の敷かれた廊下を進みます。裸ん坊のままなのでご主人さまにひっついてないと寒いし怖いし落ち着かないのが難点ですね。


 他者の視線がない事だけが唯一の救いなのです。


 隣を歩くご主人さまの顔を見上げて、悔し紛れに毒を吐きます。


「"まがい物"のボク一匹に、随分高くつきましたね?」

「一応言っとくが、エルフを普通に買ったら金貨1000や2000じゃ効かないぞ?」


 ちょっとくらいは嫌味を言ってやろうと思ったら予想外の反撃が帰って来たのです。マジですかそれ?


「処女じゃなくても白宝金貨50枚、処女だったら200枚は軽いだろうな。20年前に処女のエルフが出品された時の記録が確か白宝金貨212枚だったはずだ」


 なんかもう額が凄まじすぎて想像もつかない領域なのですが……、ほんとに勘違いされていて良かったのです。同じ日本人と会えましたしどんな扱いを受けるかわかったものじゃないのです。


 というか詳しいですねご主人さま、相当欲しかったんですねエルフの奴隷。


 ボクみたいなニセ女のニセエルフを引いてご愁傷さまなのですよ、うぷぷ。


 と馬鹿にしそうになるのを堪えます、また地下室で魔改造されたロデオマシンに乗せられるのは嫌なのです。


 えぇ、バッチリ思い出しました。あまりのことで記憶から消し去っていたのです。


 思い出してから馬と地下室に対する恐怖はなくなったのですが、こいつはほんとに手加減を知って欲しいのです。


「そんな高価なエルフをたかだか金貨620枚で買えたと考えれば、まぁ言うまでも無いがとんでもない激安だな」


 何だか、借金にしたのは凄く早まった気がしてきたのです……。



「こちらが商品でございます」

「…………」


 身繕いを済ませてソファに腰掛けていた牛耳の少女、ユリアは驚いたような顔をボクに向けてきました。


 裸なのは気にしないでくださいお願いします。というか買われたばかりの奴隷が庶民の着るものとはいえちゃんとした服を着てるのに、既に飼われている奴隷が素っ裸というのはどうなんでしょうかね。


 ボクの時なんて着の身着のまま、ボロボロで黒くなったシャツと下着そのままでしたよ。コンビニ袋に乱雑に放り込まれるがごとく受け渡しされたのです。世の中不公平なのですよ。


「それでは、契約の準備をして参りますので暫くお待ち下さい」


 頭を下げて部屋を出るバイヤーさんを見送ると、彼女と向かい合うように対面のソファーに座ります。


「改めまして、自己紹介です。ボクはソラ、こちらはボクのご主人さまで……」

「シュウヤ・キサラギだ」

「ユリアです、誠心誠意お仕えさせて頂きます」


 ユリアは最初会った時とは違い、ボクを見ずに心を殺したような顔で頭を下げました。裸の幼女を連れてこんな場所に来るような奴、信用出来ませんよねぇそれは。


「といってもお前を買ったのはこいつなんだけどな、俺は主人としてこいつに金を貸しつけただけだ」

「……え?」


 もうネタばらしするんですねご主人さま。完全に想定外だったようで意味がわからないという顔をするユリアを見ながら、言葉を選んで説明しようとします。


 初めてこの話を聞いてスムーズに理解出来る人間はまずいないでしょう。


「ボクがご主人さまに貴女を買ってあげて欲しいとわがままを言ったのです。まったくお高い買い物でした、ボクの残りの人生全部の対価なのですよ」

「俺からしたら安い買い物だったけどな」


 首を振りながら、敢えておどけたように振舞います。目を白黒させるユリアは急に俯いたかと思えば、目尻に涙をためてボクを睨みつけてきました。


「なんで、そこまでして私を?」


 ちょっとは調子が戻って来ましたかね?


「――気に入らなかったのですよ」

「……はい?」


 そう、落ち着いてわかりました、ボクはすっごく気に入らなかったのです。


「今まで尽くしてくれた幼馴染を捨てて、自分だけのうのうと女と乳繰り合ってるアイツが。何もかも諦めて絶望しきった顔をしてたあんたの顔が。気に入らなくて、ぶち壊してやりたくなった」


 うーん、この変な言葉遣いを仕込まれてからずっと使ってきたので、どうにも元の男口調は違和感があるのです。うまいこと威圧感というか迫力みたいなものが出てくれているといいんですが。


「な、何よ……それ、そんな理由で? 貴女に何の関わりがあるっていうのよ!?」

「……ボクの初恋の人がさ、あんたと同じような目にあったんだ。優しくて、頑張り屋さんで、大好きなお姉さんだった。でも、その人はあんたと同じように尽くしてきた男に捨てられた」


 伝えるのはご主人さまには話した過去の一幕。


 ユリアが息を呑む気配が伝わりました。微妙に混乱しているようにも見受けられますね。良く解りませんが聞く姿勢にはなったようです、取り合えず進めましょう。


「えっと……その人、は、どうしたの?」

「現実に耐えられなくて、もう疲れちゃったって自分から……。だから気に入らなかったんだよ、諦めてるあんたが、のうのうと普通の生活をしてるケインって奴が。あの馬鹿野郎にあんたが幸せそうに笑ってる姿を見せつけてやりたかった。……とまぁ、こんな理由なのですよ」


 一息で言い切ると、ふーっと息を吐きながら体の力を抜きます。真面目モードは疲れますね。


「え、えっと……?」

「そういう事だ、一応主人は俺で登録するし、こいつには君に対する命令権はない。一応はあんたをソラの世話係として扱う形にする、悪いようにはしない」


 困ったような視線を受けたご主人さまが面倒そうに説明を始めます。


 凄く複雑そうな顔をしていましたが最終的には彼女もうなづいてくれました。まぁ選択肢なんて最初から無いんですけどね、最終的な主人ボスはご主人さまですから。


 仮に夜伽に呼ばれても断れませんし。


 まだ納得していない様子ではありますが、まぁ長い付き合いになるんですから慌てずゆっくりでいいのですよ。


 今までは切り詰めた生活でおしゃれも出来ていなかったようですし、着飾って身だしなみをちゃんとすれば彼女は凄い美少女さんなのです。


 あのケインって本当に駄目な奴ですね、分相応で欲をかかずに彼女と一緒に頑張れば今頃きっと別の未来もあったはずなのに。どこの誰だか知らない女の子のために、こんな有望な子を手放すなんて見る目がないとしか思えないのです。


「大変お待たせしました」


 話に区切りがついたところでバイヤーさんが調印用の道具を持って帰って来ました。緊張に震える彼女の首輪にご主人さまの情報を登録した所で、彼女は無事にキサラギファミリーの仲間入りを果たしたのです。


 出口でシールを返却して服を着て、ユリアを連れて家路を目指します。


 明日はルルも連れて洋服や小物選びにいかないといけませんね。ご主人さまから経費はでますし、ルルはあれで洋服のセンスは良いのです。ボクは全然なので普段着もルルに選んでもらってるくらいです。


 たまに明らかに夜用のものが紛れ込むのはご愛嬌ってやつですか。


 初日はひぃひぃ言ってたくせに。慣れてきたら意外とおーぷんすけべさんだったのですよ、あのエロ猫。


 街を抜けて居住区へ、外れにある大きな一軒家である我が家を見て、ユリアは不思議そうな顔をしました。金貨600枚をぽんっと出す人間ですからね、もっと立派なお屋敷を想像してたのでしょうか。


「あの、旦那様はお貴族様ではないのですか?」


 ユリアが恐る恐る訪ねてきました。呼び名は相談の結果ご主人さまが旦那様、ボクがお嬢様で決定しました。なんとも複雑な関係を象徴するような呼び名ですね。


 でも貴族とかだと特別可愛がってる奴隷ペットの事を従者たちが"お嬢様"と呼ぶこともあるようですので、さほど変でもないそうなのです。


 なので良い所に貰われて行った奴隷かちくの間では序列争いが激しいみたいです。上へ行くほど良い暮らしが出来るので、みんな一生懸命媚びを売るのです。我が家はそんなドロドロとは無縁ですが。


 ……無縁ですよね?


「いや、冒険者だが?」

「冒険者…………」


 なんか目に見えて落ち込みましたね。理由は何となくわかりますけど。


 かたや生活に困って幼馴染に売られ、かたや奴隷のわがままを聞いて金貨600枚をぽんっと出す上に立派な庭付き一軒家持ち。


 ボクの服を見て「あんな上等な服、私だって着たことないのに」と泣きそうになってた事から経済状況を推測するに、よっぽどその、甲斐性が無かったのでしょう幼馴染くんは。


「ルルも待ってるし、さっさと入ろう」

「あ、はい」


 このまま家の前にいても仕方ないので、ボクが先に行って玄関の扉を開けます。


「おかえりなさーい」

「ただいまもどりました」


 間延びした声を受けてリビングへ行くと、そこには下着姿でソファに寝そべってハチミツクッキーを貪る駄猫の姿が……!


 この子はどんだけフリーダムですか、猫だからって許されると思ったら大間違いですよ!?


「なんですかその格好は! ちゃんと服を着なさい!」


 ダメなのです、甘やかされて完全に調子に乗っているのです。このままでは我が家の風紀が乱れてしまいます。


「なんかせんぱい、お母さんみたいになってきましたね、ついにおめでたですか?」


 いきなり何を言い出すのですかねこの馬鹿猫は、顔面に赤飯ぶちまけてやりましょうか。


「え、お嬢様って妊娠してたの!?」

「してませんよ!?」


 そしてこの牛耳さんは何でそれを真に受けますか、牢で話した時とイメージが違うのはアレですか。我が家の腑抜けた空気にあてられて気が抜けましたか?


 それはそれでいい傾向ですがこれ以上ボケが増えるとツッコミ切れないので勘弁してもらいたいのです。


「作る気は満々なんだが、残念ながら出来ないんだよな」


 鬼畜野郎までノってきちゃったじゃないですか、もう……。原理は解りませんがこの世界には避妊魔法という便利なものがありまして、ご主人さまは常にそれを使用している状態なので安全なのです。


 てか自分で説明したくせにその冗談はわざと解除してるみたいで笑えないのですよ。


「シュウヤ様、せんぱい相手の時は避妊魔法解除してますもんね」


 …………は? いや、は?


「ルル何言ってるんですかもう、怖い冗談言わないでくださいよ、ねぇ?」


 一瞬背筋が凍りつきそうになったじゃないですが、全くもう。


「……さ、歓迎会も兼ねて夕飯にしよう、ユリアは料理できるか?」

「あ、はい……田舎料理ですけど」


 あの、ご主人さま? なんで露骨に話をそらそうとするのですか、ボクの目を見てください、ボクの目を見てしっかりはっきりくっきりと冗談だと宣言してくださいよ、ねぇ。


「材料はあるから、自由にやってくれて構わない」

「久しぶりですが、頑張ってみます。お口に合うといいのですが……」


 嘘だと言ってよご主人さまぁぁぁぁぁ!?






◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

MAX Combo 5

BATTLE TOTAL 8

◆【ソラ Lv.12】+5

◆【ルル Lv.4】+3

◆【ユリア Lv.0】

◇―

================

ソラLv.12[120]→[125]

ルルLv.4[45]→[48]

ユリアLv.0[0]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>21

[MAX HIT]>>21

【PARTY】

[シュウヤ][Lv32]HP440/440 MP720/720[正常]

[ソラ][Lv12]HP30/30 MP110/110[動揺]

[ルル][Lv4]HP352/352 MP24/24[正常]

[ユリア][Lv.0]HP400/400 MP32/32[正常]

================

【Comment】

「……うぅ、ひっく、ぐす……嘘だぁ……ぜったい嘘なのですぅ……」

「(せんぱいはいじり甲斐があるなぁ)」

「(冗談だったのに悪乗りしすぎたな)」

「(私、ここでちゃんとやっていけるのかしら……)」

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