第10話 ろくなもんじゃねぇ

 今日はご主人さまに連れられてギルドに来ているのです。


 目的はただひとつ。あのケイン君について。情報通で有名な冒険者のおじさんに話を聞くため。


 なぜでしょうか、どうしてもあの幼馴染さんが気になってしょうがないのです。彼のそばにいない時点で処遇の予想はできていますけど、それでも。


「また、夜中に手紙があったんだ、どこからはいってきてるのか……」

「大丈夫、私が守ってあげるから、ね?」


 途中で視界に入った憔悴した様子の男性を慰める紅い髪の少女という二人組を、可能な限り意識から排除してご主人さまの背中に隠れます。


 探すのはご主人さまの知り合いの中で、一番の情報通だという物知りおじさんのゼイベルさん。


 その人はボクも知っています。前にギルドへ来た時にちらっと見かけたことがあるのです。


 頬に傷を持ったほりの深い壮年の男性。只者じゃない雰囲気を醸し出しながらも、怖いというより頼りになるといった印象を抱ける人物なのでした。


「ゼイベル」

「おぉ、シュウ坊か、どうした?」


 おや……何だか親しげなのです。登録初期に世話になったとかそんな感じなのでしょうかね。


 そういえばボクが出会う前のご主人さまについて、あんま知らないのですよね……。っとと、今は置いておきましょう。


「ちょっとな……ケインって知ってるだろ、あいつに売られた幼馴染がどうしてるか、うちのペットが気にしててな」


 何でも一定以上に親しい間柄の人間同士での会話では、可愛がってる奴隷を指して愛玩動物ペットと呼ぶ風習があるそうなのです。クソみたいな風習なのです。


 もう完全に人間扱いされていません、解っていても地味にショックなのです。行為のおふざけで使うようなのではなく、気楽なトーンで使われるのが特に。


「あぁ……あの子も可哀想になぁ。結局あのガキ、延長交渉すらしなかったんだと。それどころか期日過ぎても顔すら出さなかったらしい」


 想像通りの結末でしたが……とことん腐ってますね。あんな奴が女性を侍らせて良い服を来て、一生懸命に尽くした彼女だけが割を食う……ろくなもんじゃねぇのです。


「……彼女、中々に貴重な種族だったようでな、週末に行われる競りに出されるらしい。買うのか?」

「……さぁな」


 力が無い自分が悔しいのです。せめてご主人さまの半分くらいはチートがあれば、何とかしてあげられるかもしれないのに。


 ご主人さまが責められる謂れなんて皆無だと解っていても、どうして助けてあげないのかと詰め寄ってしまいそうになるのを堪えます。


 保護者に当たり散らすしか出来ない自分はなんて惨めな生き物なんでしょうか。


「そうか……どうする? 会うとしたら今がチャンスだぞ」


 少し考え込んだご主人さまが、ボクを見てそんな事を言いました。


「会えるの……ですか?」

「下見って名目をつければな」


 会ってどうするのかと言われても、答えはでません。だけどいてもたってもいられないのは事実でした。


「会って、話してみたいです」


 ご主人さまは、神妙な顔で頷きました。



 ご主人さまと二人で奴隷商の店へと赴きます。


 ルルは凄く嫌がったので留守番をお願いしておいたのです。正直ボクもあのヒト科ガマガエル亜目は八つ裂きにしてやりたいので気持ちはわかるのですが。


 脂ぎった顔をカエルみたいに歪ませながら出迎えた、奴隷商ガマガエル(通称)に案内されて、競りの商品を入れておく為の牢屋へ向かいます。


 競りは金貨30枚以上の値段が付くと判断された奴隷だけが対象となります。


 ボクみたいな安価な奴隷は個人用のワゴンセールか、商人用のグラムいくらのまとめ売りで卸されるのです。


 いわゆる高級奴隷さん方のエリアに入るのは初めてでした。廊下や空気からしてまず清潔度が違います。扱いが違いすぎて、今すぐあのガマガエルを捌いてやりたい衝動にかられます。


 立ち並ぶ檻の一角に彼女は居ました。翡翠色の鮮やかな髪は艶を落とし、心なしか少し痩せこけているようですが、粗末な衣服に身を包んでなお肉体は男受けしそうなラインを維持しています。


 見る限り栄養管理だけはちゃんとされているのでしょう。


 多少みすぼらしくても、ぱっと見の清潔さが全然違うのです。人の気配に気づいたのか、ユリアという名前の彼女は顔を上げます。その表情は意外にも凛としたものでした。


「何でしょうか」


 あくまで平然を装おうとする彼女の姿に胸がチクりと痛みます。


「悔しく、ないですか?」


 気付けば、そんな解りきったことを聴いてしまいました。


「え……?」


 ご主人さまではなくボクが声をかけたのが意外だったのか、彼女は視線をこちらに向けて目を見開きます。


 止めようとするガマガエルを、ご主人さまが抑えてくれているようです。


 お礼はあとでするのです。


 何のことか解らないとばかりに、首を傾げる彼女に向かって言葉を続けます。


「一月前に貴女が売られるところをみてました。それで、どうしても気になって主人にわがままを言って連れてきてもらったのです」


 背後のご主人さまを見ると、彼女は僕の視線を辿ってから納得したように俯きます。


「そう、ですか……見てたんですね」


 そこで一度言葉を止めた彼女は、悩むようなそぶりで一拍置いて顔をあげました。


「……彼が幸せなら、私はそれでいいんです」


 穏やかな、優しげな"仮面"を貼り付けたまま彼女は答えます。


 でもその裏に潜む怒りと憎しみ、そういった物は隠しきれるものではないのです。それでも彼女は自分に言い聞かせるでしょう、自分は彼の幸せを願っている、彼の幸せの犠牲になったのならそれでいいんだ、と。


 そうしないと、自分の今までが無駄になってしまうから。


 似てる、なぁ。顔も髪の色も何もかもが違うけど、昔……まだ小さな頃にボクが好きだった女の人と似ているのです。だから解ってしまいました、彼女が強がっている事も酷く無理をしている事も。


「ケイン君……でしたっけ、迷宮で会いました。あいつ、女の人を侍らせていたのですよ」


 表情が変わりました。動揺しているのがわかります。


 っていうかボクは何をしているのでしょうか。こんな事を教えても辛いだけでしょうに。


「…………それ、でも、彼が、幸せ、なら」

「そう、ですか……」


 仮に彼女に助けを求められても、ボクも今はただの奴隷です。ご主人さまの庇護なしでは家畜として、人らしく生きることすら許されない存在なのです。


 何も出来ない癖に、必死に耐えている彼女を傷つけて何がしたいのでしょうか……自分で自分がわかりません。


「ソラ……その辺にしておけ」

「はい……」


 流石に、止められてしまいました。当然ですね、ご主人様も白くなるほどに拳を握り締める彼女の姿を見て気を使ったのでしょう。


 ボクも先ほどの発言はひどかったのです、別に彼女を傷つけたい訳じゃなかったのに。


「すいません……失礼しました」

「……貴女は、いいわね」

「え?」


 立ち上がろうとした時に、強い敵意を込めた視線がボクをうちぬきました。


「見てればわかるわ、貴女は凄く大切にされてる。ワガママを許され、人間と同じように可愛がってもらえてる。本当に、良い飼い主に買われたのね」


 憤怒、憎悪、敵意。彼に向けることが出来ない感情をきっとボクにぶつけているのでしょう。少し胸が苦しくなりますが、受け止めることくらいしかボクには出来ません。


「私はもう奴隷なのよ。どんなに憎くても、苦しくても。自分を納得させないと生きていけないの……私だってまだ死にたくない、誰かを愛したい、結婚だってしたい! 子供も欲しい!  でももう全部ダメなの、もう無理なのよ……。だから、彼が幸せなら、それでいいの」


 諦めきった表情の彼女の言葉を、本心だと思えるほど馬鹿ではありません。でもボクはその諦観を否定する言葉も、力も、何もかもを持ちあわせていませんでした。


「そうですか……貴女が、良い主人に拾われる事を願います」


 返事はありませんでした。滲む視界を晴らすため、目元をローブの袖で拭いながら奴隷商の店を後にします。ご主人さまが優しく頭をなでて来ても、抵抗する余力はありませんでした。



「……らしくないな、あの子に何かあるのか?」


 二階のベランダに椅子を置き、ぼんやり夜空を眺めているとご主人さまの声が聞こえました。振り向くとグラスに入ったハチミツレモンスカッシュを一つ手渡してきます。


「…………」


 泡を立てる液体が揺れるグラスを覗きこんだまま、話すべきか少し悩みました。


「……似てたのですよ、初恋の人と」

「――――」


 ご主人さまが奇妙な顔で固まりました。なんですかそのハトが豆鉄砲食らったような顔は。


 もしかしてボクが元は日本で男子高校生やってたって信じてませんか? 


 まぁ散々好き放題嬲っておいて、今更気持ち悪がられても困るのですが。せっかくなので今日はこのまま昔話に付き合ってもらいましょう。


「初恋と言っても、小学校高学年くらいの頃ですけどね。親戚の優しくて綺麗なお姉さんに憧れちゃったりしたわけなんですよ。でもその人は幼馴染の、ミュージシャンを目指しているまーかっこいい男の人が好きだったのですね。だから諦めていたんですけど……」


 此処から先は忘れていたかった思い出の一つです。でも彼女のあの絶望に染まった顔で思い出してしまいました。


「その幼馴染さんは、典型的なヒモでした。それでもお姉さんは一生懸命に面倒を見ていたんです、頑張れば夢は叶うからって」

「何というか、まぁ」


 自立心の強いご主人さまにとっては好ましい相手とは思えないのでしょう。ボクから見ても……まぁひどい男でしたからね。子供だからって理由で馬鹿にされたりしてましたし。


 お世辞にも"良い奴"と呼べるような人物ではなかったのです。


「ただバンド活動は順調みたいで、お姉さんの支えもあってか……幼馴染さんのプロデビューが決まりました。そこからはトントン拍子で、そこそこ売れ始めるようになったのです。思うところはありましたけど……これで二人は結婚してハッピーエンドになると思っていたのです」

「……ってことは、やっぱり?」

「はい、同じ業界の中で女を作ってお姉さんを捨てました。その女と付き合うためのカモフラージュに使われたのです。新進気鋭の歌手に付きまとうストーカー女って。……酷い叩かれようでしたよ。なのにお姉さんも最初の頃はあの牛耳さんと同じ事を言ってました、それでも彼が幸せならば……ってね」


 話を止めると、しんみりした空気が流れてしまいました。


「その人はどうしたんだ?」


 ずきりと、胸が痛みます。


「……『もう疲れちゃった、ごめんなさい』が、最後の言葉だったそうです」

「…………」

「あいつのファンに嫌がらせを受け続けて、仕事も辞めることになって……。もう家族に迷惑をかけたくないってずっと言ってたみたいです」


 ご主人さまは、何も言いませんでした。ボクもこれ以上話を続けることができませんでした。


「情けないのです……、何で助けてくれないのだとご主人さまに詰め寄ることしか出来ない自分が、

同じ日本人なのに、ご主人さまの半分のちからもない自分が……情けなくて悔しくてしょうがないのです」

「俺の力は所詮借り物、自分の物じゃない」


 苦々しい表情のご主人さま、少しばかり頭に来ました。


「それでも、力は力なのですよ」


 何もないボクからすれば、たとえズルい手段で得た力でも羨ましいのです。それだけの力があれば彼女を守れた事がわかっているぶん、なおさらなのです。


「……悔しいのです、悲しいのです。どうして彼女みたいな人ばかり、つらい目に遭うんでしょうね」

「……あぁ、本当に、どうしてだろうな」


 どこの世界も、本当に理不尽ばかりなのです……。





◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

NO BATTLE --

◆【ソラ Lv.12】

◆【ルル Lv.4】

◇―

◇―

================

ソラLv.12[120]

ルルLv.4[45]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>21

[MAX HIT]>>21

【PARTY】

[シュウヤ][Lv32]HP440/440 MP720/720[正常]

[ソラ][Lv12]HP30/30 MP110/110[憂鬱]

[ルル][Lv4]HP352/352 MP24/24[正常]

================

【Comment】

「…………」

「せんぱーい、お湯湧いたので身体拭きっこしましょ……ってあれ? 何かあったんですか?」

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