第9話 新しい気持ちで
ボクはダンジョンから帰って来てすぐ、ソファーで横になっていたはずでした。
なのに何故かベッドの中で昼下がりを迎えていたのです。何の現象でしょうか。
ダンジョンではしゃぎすぎたのか全身筋肉痛ですし、初めての冒険で予想以上に疲れていたのでしょう。
……それにしてはご主人さまが申し訳なさそうにしながら酷く優しいのが気にかかります。変なこともしないし、砂糖を使ったり香辛料をたくさん使った贅沢なおやつまで用意してくれてます。
まー優しい分には困らないので気にしないことにします。
「はぁー、ちょっとダンジョンではしゃいだくらいで歩けなくなるとか。我ながらちょっと情けないのですよ……やっぱり体力を付けないといけないですね」
「せんぱい……」
今回でボクは反省しました、なにかするにはやっぱり体力が重要です。その決意を表明したのですがこの反応。
なんでルルに哀れみに満ちた視線を向けられなきゃいけないんですか。
◇
身体の調子はすぐに回復しました。少ししてダンジョン探索に復帰して、それなりの時間が経ちます。
回復中もご主人さまがほとんど手を出して来ず、妙に優しかったのが不気味でした。優しいのはいいですが、どんな心変わりなんでしょう。
不気味といえば……最初のダンジョン探索からしばらくの間、町中で馬を見ると身体が震えるようになるという謎現象が起きてました。
別に馬にトラウマを持つような記憶はなかったはずなのですが、疲れて変な悪夢でも見たのでしょうかね。
今は大分良くなったのでいいんですけど、自分の変調の原因が"わからない"って、怖いんですね……。
奇妙な状態を乗り越えて、ボクもそれなりに経験を積みました。ダンジョン探索にも戦闘にも慣れてきて、足を引っ張る頻度も落ちました。
ペテシェダンジョンの攻略にかかる時間も当初の半分くらいまで下がり、今はもうひとつのダンジョン……ペテシェ近郊にあるという地下鐘楼ダンジョンにやってきています。
地下鐘楼ダンジョンはペテシェダンジョンの二倍くらいの規模で、ダンジョン攻略に慣れた駆け出しが挑む場所という格付けがされています。ご主人さまはとっくにソロでクリア済みなのでボクとルルの修行用ですね。
男の子として冒険っぽい行動には血が騒ぐのです。仕方ないですよね、異世界ファンタジーでダンジョンなんですもの。
「ここは魔法使ってくるタイプが多いから、後衛は気をつけろ」
「解りました」
準備は万端、入り口でご主人さまから注意事項を伝えられいざ突入なのです!
なぁーんて意気込んでみたはいいものの、例によって例のごとくご主人さま無双なんでした。
あっという間に全50階のうち20階まで来てしまいましたよ。ノンストップです。
因みにここまでペテシェと出てくる敵も大差なかったですね。たまに魔法を使ってくるゴブリンとかが居たくらいでしょうか。
「ん?」
ルルが耳をぴくんと反応させて通路の向こう側を見ます。
何かと思ってボクも耳を澄ませれば、誰かの話し声らしきものが聞こえました。別のパーティと遭遇は割とあることなのですが、一応相手が野盗や強盗まがいである可能性もあるので警戒は必須なのです。
「シュウヤ様、話し声が聞こえます。 数は多分、男がひとりに女がふたり」
ボクは人より耳は良いですが、哨戒能力はルルに遠く及びません、ボ専らご主人さまの魔力節約要因ですね、基本は火付けとかライトとか宝箱の解錠担当です。たまに攻撃もしますけど。
「わかった、ちょっと警戒するぞ、ソラはルルから離れるなよ」
「いえっさー」
頷いてルルの背後へ移動します。密着し過ぎると動く時に邪魔になってしまうので、すぐに手が届く位置をキープしつつ二人でご主人さまの背中を追います。
暫く廊下を進むと、どこかで見た記憶がある栗毛の少年の後ろ姿が目に入りました。
少年はボク達に気づいたのかこちらを振り向くと、警戒を滲ませました。少年の近くには杖を持ち露出度の高いローブを着た派手な赤髪の女性と、黄金色の髪の大人しそうな、それでも男受けのよさそうな身体つきの少女がいます。
彼のパーティメンバーのようです。
「こんにちは」
「……こんにちは」
ダンジョンでは挨拶は必須です。
警戒心を与えないように朗らかに声をかけたご主人さまでしたが、少年はボクとルルを見ながら少し険しい表情を顔に浮かべました。今はフードをつけていないので、まさかそのせいで目をつけられたのでしょうか。
世間一般の認識で長耳なのはゴブリンとの混血かドワーフくらい。
中でも半ゴブリンはあんまり好かれていないのです。その……あいつら頭が非常によろしくない上に粗野で粗暴なので。
なおボクが半ゴブリンと勘違いされて売られたのは最初に男口調で暴れたからですね。結果としてはファインプレイだった気がしてますが。
「そっちは?」
「え、あぁ、俺の奴隷だよ」
ご主人さまの紹介に合わせてルルと一緒に会釈します。そういうあちらは普通のパーティですかね、見たところ首輪も見当たりません。
って近くでよく見たら思い出しました。いつぞやの幼馴染売りの少年なのです。
あれから一ヶ月は経ってるはずですけど、幼馴染さんはどうしたんでしょうね?
「……女の子を奴隷にするなんて、関心出来ないぞ?」
少年……確かケイン君でしたっけ。どの口で言うのかと一瞬ぽかんとしてしまったのです。
幼馴染を奴隷にして売り飛ばした人間の言葉とは思えないのですよ。とやかく言う前にいつ迎えに行くんですかと聞いてやりたいのです。
「……痛い所を突かれたな。まぁ同意の上だし、しっかり守るつもりだ」
ご主人さまは争うつもりがないのか冗談めかして笑ってますが、結構イラッときてるみたいですね。後でボク達にフラストレーションの矛先が向かないといいのですけど。また秘密の地下室に連れて行かれることになったらたまった……もの、じゃ……。
あれ、ボク地下室に連れて行かれたことなんて、ありましたっけ?
……あ、あれ、考えてたら、身体がふふふ震えて。
「せ、せんぱい?」
「な、なんででもないのでです……、ただ、ち、ちかしつって単語を、頭におもいかべべべあばばば」
「あーダメですせんぱい、考えたらダメ」
ルルが胸元に抱きしめて頭をヨシヨシとしてくれますが、震えが止まりません。
あばっあばばばばばば。
◇
はっ!?
あ、あれ、ボクは一体どうしたのでしょう。記憶が曖昧です。ダンジョンに潜ってケイン君に会って、お前は何を言ってるんだ状態になって……それから?
「シュウヤさまー、せんぱいが正気に戻りましたー」
「あぁ、大丈夫かソラ?」
「え、はい……?」
なんだか揺れると思ったらルルに背負われて移動していたみたいです。うーん……思い出せません、最近記憶障害が激しいですね、変な病気じゃなければいいんですけど。
「シュウヤさま、やっぱりやりすぎだったんですよ、私もドン引きしましたからねアレ……」
「いやぁ、流石に反省してる」
何でご主人さまがルルに責められているのでしょう。いやほんとにダンジョンのあと何があったのですか。凄く知りたいけど、凄く知りたくないのです。この気持はどうすれば。
「あれ、そういえばあの人は……」
悩んでいても仕方ありません、思考を切り替えましょう。ケイン君の姿が見えないので別れた後なのでしょうか、幼馴染さんの事が聞きたかったのですが。
「妙に突っかかって来たからな、お前の具合が悪いからって逃げた……はぁ」
あからさまにため息を吐くご主人さまは彼があんまり好きではないようです。まぁボクもアイツに好意は抱けないのですけどね。
「取り敢えずもうちょっと我慢してくださいね、せんぱい。もうすぐ出口直通のポータルですから」
どうやら探索は切り上げになって出口へ向かっていたようです。まぁパーティメンバーが一人倒れてしまったなら仕方ないんでしょうね……なんとも情けないのです。
5の倍数階にだけ存在する脱出専用昇降機を使ってダンジョンの入り口へ戻ると、大抵のダンジョンには併設されているギルド出張所へ入ります。
収集品などを持ったご主人さまが換金している間、ボク達は休憩用スペースで待つことになります。
オープンカフェというかフードコートというべきか、開けたスペースにテーブルと椅子がずらっと並んでいます。そこには談笑している冒険者達の姿がちらほらと見受けられました。
嬉しそうに杯を打ち鳴らしているパーティも居れば、泣き崩れる仲間を慰めているお通夜のような雰囲気のパーティもいます。更には武器を持った"首輪付き"の女性たちを侍らせる野卑な男まで多種多様です。
ダンジョンはドラマが起きる場所なのですね。無駄な争いはすべきではないので極力目を合わせないようにしながら、ご主人さまが注文しておいてくれたジュースを片手におつまみを食べます。
お酒を年齢で規制する法律はないのですけど、理由無く前後不覚になるべきではありません。
芋系の野菜を薄くスティック状にして揚げたチップス、こんがり焼いたハムとベーコンの盛り合わせ。これ、全部ご主人さまが考案して広めたものなのだそうです、ほんと異世界満喫してますねあのチート野郎は、少しくらいはボクにもやらせて欲しいのです。
「あれ、あんた達……」
なんだか久々に聞いた声に反射的に身体を強張らせながら背後を見ると、そこには紅い髪の魔法使い、クラリスさんが居ました。心の準備ができてない状態で会いたくなかったのです。
「く、クラリスしゃん?」
おっと、声が上ずってしまいました。
「こんにちはぁ、負け犬さん」
ルルさん、ルルさん、なぜ語尾に音符マークをつけそうな声色で挑発するのですか?
死にたいのですか、猫の丸焼きになるのは良いですけどボクを巻き込まないでくださいね、丁度貴女とクラリスさんの間にボクがいるんですよ?
何ですか、ひょっとして狙ってますか、事故に見せかけてボクの
「ふん、相変わらず礼儀のなってないメス猫と半淫魔ね。シュウヤ君にしっかり躾するように言っておかないと」
一触即発かとびびっていると意外と余裕な態度。何か良い事でもあったのでしょうか、とても機嫌が良さそうです。
あとボクを含めないでください、何もしてないのに評価が堕ちて行くのは理不尽なのです。それに淫魔じゃねぇですし。
「む、効かない?」
ルル、効いてたら今頃ボク達丸焼きですからね。
「もう新しい愛を見付けたもの、過去の男に興味はないのよ」
勝ち誇ったように言った彼女は、ボクの隣に座ってお皿に乗っていたカリカリのベーコンを一つ、口へと運びました。
彼女はもう自分の新しい道を歩き始めてるんですね。
当たり前のように人様の奴隷の食べ物つまみ食いする根性を持つ貴女なら、きっと何処でも逞しく生きて行けます。だから幸せになってくださいね、できるだけ遠い所で。
「新しい恋ですか?」
ルルも恋話の気配に食いつかないでとっとと追い出しましょうよ、この人なんか怖いんです。話しててひやっとするんですよ、どこにスイッチがあるかわからない恐怖と言いますか。
「興味ある?」
「そりゃあもちろん!」
どこの世界、どんな立場でも女の子は変わらないのですね……。仕方ないので我慢しましょう。
「実はね、あれからちょっと自棄になっちゃって……無茶な依頼ばっかやってたのよ。それである依頼の時にね、同行した中に本気で叱ってくれた人が居たの。『君はもっと自分を大事にしろ』って……もう、感動しちゃったわ。あぁ、この人は私を見てくれてる、私を心配してくれる人がいたんだって」
目を輝かせて喋り始めたクラリスさんは恋する乙女のようでした。思ったよりも真っ当な感じです、一度失恋を経験したことでちょっとは落ち着いたのでしょうかね。邪険にしたのは悪かったですか。
「それで運命を感じて、その人の事を調べたの。最初はギルドに聞き込みに行ったり、彼の仲間から居場所を聞いたり」
「おぉ、積極的!」
ツンデレさんがまぁ随分と積極的ですね、でもそのくらいアクティブな方が幸せかもしれません。
「そうしてるうちに買い物してる彼を見つけて、後を付けて借りてる宿がわかったの。長期滞在してるみたいだから私も隣の部屋を借りて、彼の好みを調べ続けたわ」
うん…………うん?
「彼ね、結構男らしい顔をしてるのに甘いモノが好きなのよ、ちょっと恥ずかしそうにしながら市場でハチミツ入りのクッキーを買ってたの、可愛いわよね……でも甘芋のクッキーは苦手みたいで、枕元にこっそり手作りのクッキーを置いておいたのに、食べてくれなかったわ」
おー、おーいえー。何だか雲行きが怪しいのです。ルルは目を泳がせてないで責任持ってどうにかしてください。
「それからも彼を喜ばせてあげたくてね、色んな甘いお菓子を買っては毎日部屋に届けてあげたわ。お手紙もつけてね、「いつも貴方を見ています」って。そしたらね彼ったら喜んでくれて、外でも私を探すようになったのよ! チャンスだと思ったけど……なんだか恥ずかしくて出ていけなかったわ。私ったらダメね、前の失敗が頭をよぎって、どうしても臆病になっちゃって」
「え、えぇ……ハイ」
泣きそうになっているルルと目を合わせます。
「(やばいですせんぱい、予想を遥かに超えるやばさです)」
「(だから嫌だったのですよおばか! どうするんですかこれ!)」
恐れおののくボク達に気づいているのか居ないのか、エンジンがいい具合に温まったクラリスさんは饒舌に自分の愛する努力を語り続けます。
「それからもずーっと見守ってあげてたんだけどね、彼が最近になって急に様子が変になって……心配して、ギルドで会った時に話をしたのよ。どうしたのかと思ったら誰かに狙われてるっていうのよ。姿を表さずにずっと付け回しているやつがいるんですって。だから私が守ってあげるって、それが切っ掛けで――――」
結局、この怪談話はご主人さまが戻ってくるまで続きました。あの時ほどご主人さまが迎えに来てくれて嬉しいと思ったことはないのです……。
◇◆ADVENTURE RESULT◆◇
【EXP】
MAX Combo 1
BATTLE TOTAL 4
◆【ソラ Lv.11】+2
◆【ルル Lv.4】+2
◇―
◇―
================
ソラLv.11[118]→Lv.12[120] LevelUp!!
ルルLv.4[43]→[45]
【RECORD】
[MAX COMBO]>>21
[MAX HIT]>>21
【PARTY】
[シュウヤ][Lv32]HP440/440 MP720/720[正常]
[ソラ][Lv12]HP20/30 MP110/110[トラウマLv1]
[ルル][Lv4]HP352/352 MP24/24[正常]
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【Comment】
「こわい」
「こわい」
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