第7話 ドキドキの初依頼-帰宅編-
帰って来ました。我が家のある街『ペテシェ』です! 途中での時間稼ぎやご機嫌取りは見事失敗に終わりましたよ、どちくしょう! このままでは地下室に眠る夜の世界の秘密道具が火を噴いてしまうのです。大人のメリーゴーランドへの搭乗を回避するためにも、どげんかせんといけません。
あ、ちなみにクラリスさんは翌日、泣きはらしたような眼をしながらも、スッキリした様子で恋との決別を宣言して来ました。最初は焼き殺されるかと思ったのですが、何でもあそこまで徹底的に振られたら芽がない事は解るそうです。我が主人ながら、結構手酷い振り方をしたみたいですね。
そういうところは男としてちょっと尊敬できたりしなくもないです。ヘタれてズルズル引っ張って、結果的にキープみたいな最低な状態にするよりは、ずっと男らしいですからね。
『別に、あんたに負けたわけじゃないんだから、調子に乗るんじゃないわよ!』
という最後に言われた彼女の捨てセリフにちょっと和みました。あんな変態鬼畜野郎じゃなく、もっと素敵な男性と結ばれてくれることを祈りましょう。あと、世界の何処かで痴情のもつれによる焼殺事件が起きないことも祈ります。
「酷いよ!」
回想で気分を紛らわせながら町並みを歩いていると、何やら言い争うような声が聞こえました。何事かと思ってそちらをみると、冒険者らしき格好の人々が商人ともめているようです。
「待って……待ってよケイン!」
「大丈夫だって、すぐ迎えに来るから。ちょっとだけ我慢してくれよ!」
見覚えのある人間っぽい見た目をしたガマガエル。一緒にいるのはセミショートにした淡い緑色の髪に牛のような角と耳を生やした、ルル以上の大きな胸を持つ少女。少女はガマガエルに腕を捕まれながらも、金貨入りの袋を抱えて決意を込めた表情をしている少年に手を伸ばしています。
少年は栗色の毛と栗色の瞳でかなり整った顔、勇者と言われたら納得できそうな見た目ですね。腰には剣を佩いています。少女の着ている装備も革鎧なところから、恐らくどちらも冒険者だったのでしょう。
「こんなのってないよ……! なんでこんな事……!」
「今すぐ金が必要な子がいるんだ、俺が助けてあげないと……ユリアのことも必ず迎えに来るから信じていてくれ!」
どういう状況なのでしょうかねこれ。あの少年が少女を売り払っているようにしか見えないのですが、複雑な事情でもあるのでしょうか。
「何でしょうね……」
「さあ……?」
「ありゃ人質だよ」
隣に居た歴戦風のおじさんが、疑問を抱きながら眺めるボク達の疑問に答えました。
「人質?」
あんまり耳触りの良い言葉ではないですね。地球のものとは意味合いが違いそうです。あ、ちなみに万能翻訳機能の意訳です。ボクの持っている唯一のチートですね。ご主人さまも持ってますが。
「冒険者がな、仲間を質に入れて金を借りるシステムだよ。一ヶ月経っても返済されない場合は合意の奴隷として売りに出されることになる。……本当の最後の手段ってやつだ。あのお嬢ちゃんも可哀想になぁ……ありゃ間違いなく奴隷コースだ」
物言いからして少年は実力を超えた金を借りているようでした。本来は仲間の命とかがかかっていて、一分一秒を争う時の金策に使われるようです。
しかし、あの自信に満ちた顔は返済できることを信じてなければ出来ませんね、何か根拠があるのでしょうか。
「あの坊主もそこそこの腕ではあるんだがよぉ……ちょっと自信過剰っつぅか、変に実力がある分プライドばっか高くなっちまった奴でな。女にチヤホヤされてあのザマさ。一緒の村から出てきたっていう幼馴染をあの扱いだよ」
「可哀想になぁ……だってあのお嬢ちゃんだろ? あの小僧が起こしたトラブルの尻拭いをしたり、破産しないように財布管理してたの」
次々に明らかになっていく事情に背筋が冷える思いでした。あの子、ほんとに報われねぇのですよ……。
「アイツか……」
ご主人さまが少年の顔を見てちょっと苦い顔をしました、知ってるのでしょうか。
「ギルドじゃ有名な問題児だ。登録してすぐにギルド内で他の冒険者と大喧嘩、最下級の討伐クエストをすっ飛ばして中級の討伐受けようとゴネて騒いだりな……」
お、おう……何というか、主人公っぽい行動と噛ませ犬っぽい行動が見事に両立してるのです。侮れませんね、あの少年。捻じくれて育てばとんでもない屑になりそうな予感がします。
「ご主人さまは喧嘩しなかったのですか?」
「アホ、いきなり問題起こしてどうするんだ」
ちょっぴり意外なのです。ご主人さまのことだから、そのへんのテンプレはしっかりこなしているものとばかり思っていました。
こっちは森で目覚めてすぐ捕まって、あとは奴隷として鞭に怯える日々でしたから、フリーダムな行動にちょっと憧れているのですよ。
「とにかく、あの子を助けたらすぐに迎えに来るから! 待ってろよ!」
「ケイン! やだよ、おいてかないで、ケイン!!」
少年は少女の声に耳を貸さず、笑顔で手を振って離れて行きました。周りにいる冒険者達は苦虫を噛み潰したような顔で少年の背中を見て、憐憫を顔に貼り付けて少女を見ます。
伸ばされた手は力なく垂れ下がって、笑顔が似合いそうな少女の顔は絶望一色に染まってしまいました。
少女を含めてこの場に居る全員がわかっていたのでしょう。彼女はもう、奴隷として堕ちて行くしかないのだと。
腕を引かれ、ガマガエルの店へ連れて行かれる少女は一ヶ月だけ客人として扱われ、それから売りに出されるのでしょう。一籠いくらの場所よりは幾分かマシなのです。
……せめて、少しでも良い主人に買われる事を祈りますか。
「さ、行くぞ?」
「…………はい」
野次馬がいなくなりはじめた頃、ご主人さまに手を引かれて歩き出します。少年が持っていたお金は彼女の売値より安いのです、一ヶ月の生活費を抜いてあれだけくれてやっても十分に利益が出ると見込まれた額です。
彼女に同情はしますが、いくらなんでもそんな額をご主人さまにねだる訳にいきませんからね。
「せんぱい……」
「……大丈夫ですよ」
ルルも心なしかちょっとつらそうです。
普通ならばボクたちみたいに呑気な暮らしは出来ません。
自分と重ね合わせると彼女のことを考えずにはいられないのです。でも何も出来ません、ボクたちはご主人さまの所有物……
無力っていうのは、辛いですねぇ……。
◇
「ほれ」
「ふあっ?」
家についてぼんやりしていると、不意に頬に冷たい液体が入ったグラスが押し付けられました。爽やかなレモンの香りとともにしゅわーっという炭酸のはじける音がします。その液体の色はほんのり薄いレモン色。
「なんちゃってレモンスカッシュ。買ってきたハチミツとレモンで作ってみた。炭酸水も自作な」
あれって作れたのですね……知りませんでした。有難く頂きましょう。口をつけると舌の上で炭酸がパチパチとはじけて、やや強めの酸味とハチミツの風味が強い甘さが広がります。記憶にあるものと違って甘さは素朴な感じですが……なぜか懐かしくて、美味しいです。
ちびちびと飲んでいると、ご主人さまの手が頭の上に置かれます。気を使わせてしまったようですね……全く、鬼畜野郎のくせに変な所で気が回るんですから。
「ふみゃっ!? シュウヤ様! この飲み物毒じゃないんですか!? な、なんか舌がバチッとして痛いんですけど!」
同じようにもらっていたルルの悲鳴が響きました。初めての炭酸は刺激が強そうですね。目を白黒させて慌てるルルを眺めながら、グラスを傾けます。ボクとルルはたぶん、"幸せな奴隷"なのでしょう。
ボクの中身が男だからこそ思うところは多過ぎますが、きっと心身共に女性だったならルルのようにご主人さまにもっと懐いていたかもしれませんね。まぁ仮定の話でしかないのですが。
「ニャ!? シュウヤ様酷い!」
「はははは」
ルルの顔にレモンの皮を近づけて汁を飛ばすいたずらをしかけ、ルルを涙目にさせているご主人さまに呆れながらも思います。願わくば、この穏やかな日々が出来る限り長く続いてほしいものです……。
◇◆ADVENTURE RESULT◆◇
【EXP】
NO BATTLE --
◆【ソラ Lv.8】
◆【ルル Lv.1】
◇―
◇―
================
ソラLv.8[82]
ルルLv.1[13]
【RECORD】
[MAX COMBO]>>12
[MAX HIT]>>16
【PARTY】
[シュウヤ][Lv26]HP372/372 MP630/630[正常]
[ソラ][Lv4]HP17/17 MP30/30[正常]
[ルル][Lv1]HP272/272 MP22/22[正常]
================
【Comment】
「…………あれ?」
「シュウヤ様、今日は何もしませんでしたねぇ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます