第4話 猫耳さんいらっしゃい
ボクは決意しました。胸に秘めていたこの思い。それを主人に告げなければならないと。
ソファに座るご主人さまを、横に座ったままの姿勢を正して、じっと見つめます。
「ご主人さま、お願いがあるんです」
ついでに必殺の上目遣いを駆使するため、ご主人さまの胸元に縋りつくように潤んだ瞳で見上げながら、ずいっと顔を寄せます。
微妙にたじろいだ様子を見るに効果は抜群のようですね、このまま押し切りましょう。
「あ、あぁ、何だ? 言ってみろ」
なんだかんだでボクには甘いご主人さまのことです、そう無体な断り方はしないでしょう。ここぞとばかりに瞳を潤ませながら、精一杯の声で告げました。
「おねがいします……新しい奴隷を買って下さい!!」
◇
悪夢のガチャガチャから早くも3日、ボクは頑張りました、とっても頑張りました。とってもとってもとっても頑張りました。
でもね、もう限界なのです。
どのくらい限界かというと、この3日間ベッドの上からほとんど動けなかったんでしょ。冗談抜きで。
今も足腰がガクガクで、まともに歩けないような有様です。ベッドから這い出してソファに辿り着くまでにも涙ぐましい努力を必要としたくらいに。
このままだと、そう遠くない未来にボクは彼の腹上で死を迎えることになるでしょう。冗談ではすみません、マジで深刻な事態なのです。
これを解決する方法は外に女性を作って頂くか、新しい奴隷を買うかなのですが……。
外に女性を作るのは彼の性格的に難しいでしょう、何よりも女性関係がややこしくなってしまいます。
かといって、ここは『清潔』という概念がようやく浸透してきた文明レベルの世界です。
つまり娼館に行かれると連鎖的にボクがピンチなわけですよ。性病ってのは恐ろしいものなのです……。医学の発達した現代地球ですら性病が恐ろしい病であることを考えれば、この警戒は過剰なものではないはずです。
すなわち、即座に実行できそうな手段の中で一番手っ取り早く、かつ後腐れのない方法はやはり、新しい奴隷を購入して頂く事でしょう。
ご主人さまが新しい奴隷を愛でるようになれば、ボクの負担もなくなるしで万々歳なのです。だからこそ思い切って提案してみたのでした。
「奴隷って……なんでまた」
あれ、なんだかちょっとご機嫌斜めに……普段の言動的にはハーレムに意欲的に見えるのに不思議ですね。
「このままだとボクの体が持ちません、冗談抜きに死にます」
しかし、ここで折れたらボクのデリケートゾーンが危険で危ないのです。ちょっと機嫌が悪そうだからといって、引くわけにはいきません。
この鬼畜野郎は性豪スキルの恐ろしさをきちんと理解していないのですよ。
お笑いみたいに気軽に認識してくれちゃってますが、アレはほんとにヤバイのです。書いて読んで字のごとく無尽蔵なのです。
やっと終わったと思ったらもう次が控えているとか、やられる側からすれば完全になんたらかんたらレクイエム状態です。
「うーん……かなり優しくしてるつもりなんだけど……辛いか?」
「あれのどこがですか! 優しいの言葉の意味を辞書できちんと調べてください!」
毎日毎日泣いて喚いて謝って気を失うまでやめてくれないのです、この鬼畜野郎は! 精神的にも肉体的にも疲労が限界間際です。
仮に体が大丈夫でも間違いなく心が発狂します。体力差ってやつをきちんと認識して下さい。
ボクは大人向け漫画に出てくるようなエロフとは違うのですよ……。
「あれ寝てるんじゃなくて気絶してるです、失神してるのですよ!? 寝る時必ず意識ふっとばされるってどう考えてもまともな寝方じゃないのです! 昨日なんて明日はもう起きれないかもしれないって覚悟したのですよ!?」
「あー……うん、ま、まぁ、ソラに死なれたら困るのは確かだな……後でちょっと奴隷商のところに行ってみる……」
「お願いします、ほんとにおねがいします」
涙ながらの説得が功を奏したのか、ご主人さまは渋々と言った様子で承諾してくれました。
約束は守ってくれるでしょうし取り敢えず一安心ですね。あぁ、良かった……ひとまず生き残れそうです。
◇
「貴女がシュウヤ様の一番奴隷ね」
というわけで正午頃に奴隷商に出かけたご主人さまですが、お昼過ぎには新入り奴隷である猫耳ちゃんを連れて帰ってきたのです。
ボクとしては貴重ないけに……戦友候補ですからね、笑顔で歓迎したのですよ。
しかーしご主人さまが猫耳ちゃんを置いて必要な雑貨を買いにでた瞬間、彼女がボクを冷たい目で見下ろし、こんな態度を取り始めたのです。
年齢は15歳くらいでしょうか。髪と耳尻尾の色は焦げ茶色で瞳はグリーン。
顔立ちは可愛いよりの美人さんで、胸の方はかなりの戦闘力です。背丈はボクより頭一つ半くらい高いですね。ご主人さまよりは頭半分ほど低いですが。……そこ、絶対に計算はしないように。
ご主人さまと一緒の時はちょっとオドオドしてるというか、大人しそうな子だと思ったのですが……一皮剥けばこの通り。猫をかぶっていたのですね、猫耳だけに。笑えません。
毎夜毎晩、まだ未成熟なボクの身体を弄ぶ変態鬼畜なご主人さまですが、現時点でも結構なお金持ちかつ見た目はこちらの美的感覚でもイケメンです。
しかも将来有望な冒険者として色んな所から注目されています。
この街でも名前が知られ始めているようで、彼女も奴隷商のガマガエルから色々吹き込まれているのでしょう。
例えば……『うまく一番奴隷に收まれば貴族のお嬢様みたいな暮らしが出来る』とか。
実際ボク達の暮らしって、庶民では上流クラスですからね。貴族だとギリギリ下級に引っ掛かるくらい。
「貧相な体で随分がんばったみたいだけどね、今日からはわたしがご寵愛をいただくわ!」
黙っているボクを見て勝ったとでも思ったのか、胸を揺らしてこの宣言です。女は怖いですね。
でも動じるボクではありません。どうぞどうぞ、是非もらってやってください。
ボクは飢えない程度に養ってもらえれば十分です。これだけ自信満々なら本当に夜のお世話は任せても良いかもしれません。
一応ボクのほうも完全に捨てられないように予防線を張っておく必要はありますが、一番大変かつ辛い部分を任せられるのは大きいのです。
この世界の文明レベルって総合的には地球基準で言う中世後期から近世初期クラスなのですよ。魔法があるのでマジものの大昔級ってわけでもないんですが。
そんな中でもこの家は冷暖房完備に加え、冷蔵庫まで設置してあります。肝心なご主人さまの収入も結構なお手前です。
先程も言ったとおり贅沢はできませんが、一般市民から見ればかなり上等な食事が毎日お腹いっぱい食べられるのです。
今更、野に放り出されたり奴隷に戻されたりしたら、物理的にも精神的にも生きていけません。生きるためにはご主人さまに媚びていくしかないのです。餌付けされた駄エルフと笑うがいいのですよ……。
げふん。余計なことはさておいて、まずは今日の夜伽は彼女にお任せしてみましょう。
ご主人さまは変態鬼畜野郎ですが、悪人ではありません。自称である『優しい』も致命的に間違っている訳でもないのです。彼女の身の心配は多分いらないでしょう。
しばらくはボクにもお召しがあるかもしれませんが、貧相なボクの身体より肉付きが良い彼女の方が男好きするでしょう。
時間をかけてご主人さまがボクよりも彼女を求めるようになれば計画通りなのです。ボクは少年ハートの持ち主なので夜のお相手はもちろん抵抗感バリバリですよ?
慣れて諦めたのと、好きでやるのは大きな隔たりがあるってことです。
だから彼女のがんばりには本当に期待しているのです。堂々と背中を押しますよボクは!
「頑張ってくださいね、期待してます!」
「へ? え、うん、がんばる! じゃなくて、貴女に言われなくても頑張るわ!」
あれ? 今なんか……気のせいでしょうか。
◇
「ふたりとも似合ってるなぁ、眼福眼福」
「ふふふ」
「…………」
夜頃には彼女用(名前はルルちゃんでした)の雑貨や衣服を買ってご主人さまが帰ってきました。
お揃いのデザインのメイド服なのは何の嫌がらせなのでしょうか。胸のサイズを比べさせてボクを貶める作戦なのでしょうか?
残念ながらボクの人格は男ですからね、こういった方法ではダメージを受けないのです。例え横で揺れてるけしからん猫耳おっぱいがあったとしても、ボクには何の効果もないのです。
ちくしょうが。
同じ格好でボクの胸元を見て勝ち誇った顔をしたルルちゃん。彼女を湧かしたお湯で綺麗にしてあげて、身繕いを手伝い、なんか微妙に震えた声でボクに対する挑発というか悪態をつく彼女をご主人さまのお部屋に放り込みます。
ボクを引きとめようとするふたりぶんの手を半ば強引に振り払って、今日は彼女とどうぞーと一方的に言い放ち、夕食の片付けや家事の締めを終えればボクの任務は完了です。良い仕事をしました。
さて寝ようと思ったんですが、ベッド無いんですよねボクの部屋……。一緒に寝ればいいって何度言っても個人用のベッド買ってくれないのです。
お金の問題じゃないのでいつか説得してみせますが、今日はどうしようもないですね。
仕方ありません、自室のソファーで寝るとしましょうか。一応あれもそれなりにふかふかですしね。野獣が傍にいないというだけで、なぜだかいつもより安心して眠れる気がします。
久しぶりの一人寝……あぁ、今日と明日は穏やかないい日になるに違いありません。おやすみなさい!
「ふにゃあああぁぁぁぁ!? にゃ、にゃぁぁぁん!! た、たしゅ、たしゅけてぇぇぇ!!」
…………寝かせろよ。
あの鬼畜野郎は何をやってるのですかね。あの子初めてのはずだったんですけど、手加減ってやつを知らないのですかね……。
慌てて起き上がり、ご主人さまの寝室へ飛び込みます。ルルちゃんが寝室に入ったのは……たぶん2時間くらい前でしょうか?
色々切羽詰まったような人様に聞かせられない声の響く寝室の扉を勢い良く開けます。
「なんて声出させてるんです! だいじょうぶですか!?」
「うおぁっ!? な、なんだソラか」
――そこには、とてもじゃないですが表現出来ない状態になっているルルちゃんがいました。涙を一杯にためた瞳で、飛び込んできたボクを見つめていました。彼女は震える手をゆっくりとボクへと伸ばします。
「た、たしゅ、けてぇ」
えーっと……正直あんだけ自信満々だったのですから、もうちょっと頑張って貰いたかったですね。
でも、彼女の姿は少し前のボクと同じです。誰も助けてくれなかった時期の自分の姿なのです。
見捨てるのは流石に胸が痛みます。ていうか最後までイかれたら彼女は間違いなく壊されてしまうでしょう。
嗚呼、他人を見捨てることが出来る心の強さが欲しかったです。
「……ぐぬぅぅ……せ、セクハラ上司から新入りを助けるのも先輩の仕事ですからね」
「あ、あぅぅ……しぇんぱいぃ」
「……なんか俺が悪者みたいな」
誰がどう見てもてめぇが悪者なのですよこのマジカルエクスカリバーが!
今日という今日はへし折ってやるのです!
◇◆ADVENTURE RESULT◆◇
【EXP】
MAX Combo 7
BATTLE TOTAL 10
◆【ソラ Lv.3】+7
◆【ルル Lv.0】+3
◇―
◇―
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ソラLv.3[35]→Lv.4[42] LevelUp!!
ルルLv.0[0]→Lv.1[3] LevelUp!!
【RECORD】
[MAX COMBO]>>12
[MAX HIT]>>16
【PARTY】
[シュウヤ][Lv24]HP291/291 MP480/480[正常]
[ソラ][Lv4]HP2/17 MP30/30[正常]
[ルル][Lv1]HP14/272 MP22/22[正常]
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【Comment】
「にゃぁ、にゃぁぁぁ……ぐすっ、ぐすっ」
「よし……よし……怖かった……ですね……もう……大丈夫……ですから……がくっ」
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