半刻で決着する小さな戦争

@i_neo_d

孤島で

「俺は生き残る……殺す……殺す。一人残らず。

 この島を制覇しろ。俺は生き残る……殺す……殺す。

 一人残らず。この島を制覇しろ。

 俺は生き残る……殺す……殺す。一人残らず。この島を制覇しろ。

 俺は……俺は……」


 ……俺は、はっと意識が戻るのを感じる。

 口から呪いの言葉のように殺意が溢れ出している。一人残らず殺せ、とそれは言っている。呟きは大きくなり、俺の正気は呑み込まれそうだ。なんとか言葉を抑え、狂気を塗りつぶす。


 俺は正気か? 殺せだと? 笑わせてくれる。誰を殺せと。知らない。何を言っていたのか、何を考えていたのか。

 この殺意がどこに向かっているのか。



 もういい。とりあえず現状確認だ。


 俺は何を持っている。まず背中に担いでいる背嚢バックパックだ。中には幾つかのポーチしか入っておらず、食料も、それに寝袋すらもなかった。そんなに長期間の活動を想定していたわけではないということだ。そして、左腕に時計を装着していて、今は午後六時を指している。腰にコンパスが紐で取り付けられている。ここは島の東側だと分かった。


 ここはどこだ。知らん。周りを見れば分かるか。――島だ。ここは孤島だ。海が見える。大して綺麗でもない、嘘臭い海がただ存在している。島の内陸には小さな林と平原が広がっている。


 俺はなんでここにいる。分からん。記憶の中で叫び声が聞こえるだけだ。世界を呪う、穢れた罵り言葉は消えないが、気にしている場合でもない。


 そもそも俺は誰だ。これは……分かる。俺は俺だ。確か、今年で三十だったか。中流の会社に勤めていたはずだ。



 ごおおおおぉぉ。

 音が鳴る。地面が揺れているのではない。風が轟いて泣き叫んでいる。

 俺の身体はそれを合図にしたように、勝手に動き始めた。身体の自由はまだ充分に残っているが、不思議と止まろうという気がしない。気分が高揚する。


 俺は目の前の林に突っ込んでいく。林に入ると興奮状態は一旦落ち着きを見せる。

 地面をしっかりと見据えながら、林の中を練り歩く。

 三歩も歩いたら目当てのものが見つかった。真っ黒な何かが木の脇に落ちている。手に取ると、どうやら、それは何らかの銃であるようだ。

 頭の中に、【散弾銃ショットガン】という言葉が、ぽん、と湧いて出てきた。差し挟む疑問もないくらい自然に出てきたそれは、何より不自然に感じた。

 考えなしに銃を撃つことはせず、まじまじと見つめてみるが、なにもおかしな所はない。これには弾が五発入っている――――っと何故俺がそれを知ってる?

 そういえば、さっきここを島だと断定したのだって、よくよく考えてみればおかしい。海岸に来ただけでは、それが島の端なのか、大陸の端なのか、はたまた巨大な湖の辺りなのか。それを確定させることはできないのに、なんで俺は島だと思ったんだ。


 つまりこういうことなのか。

 俺は、ここが何処で、何が起きるか知っている誰かだ。しかし今は記憶を、一時的にか永続的にかは判らないが失っている。だが身体の動きとしては染み付いているから、行動が自然に出てきたのか……? いやでも俺はただのサラリーマンではなかったか?


 そんなことを考えているうちに、足で何かを蹴ってしまった。カランカランという風な音がした。しゃがみ込み、それを拾う。

 円柱形で赤黒く塗られている。変な感触だ。触っていると、先程のように頭に言葉が浮かんだ。これは【散弾】だ。【散弾銃】に装填し撃ち出すもののようだ。

 銃の名前が思い浮かぶことには理由を求めないことにしよう。今は少しでも情報が欲しい。


 俺は気づく。

 無意識のうちに背嚢からポーチを取り出し、それに【散弾】を入れていることに。なるほど、このためにあったのか、と納得したものの、自分が恐ろしくなった。


 


 十メートルくらいの距離から銃の怒声が聞こえてくる。何回も、何回も何回も何回も。耳が壊れそうだ。

 俺の身体は、ぶるり、と震えた。恐怖におののいたわけではないと、瞬時に悟る。

 これは、だ。


 俺は早足で銃声のする方へ歩いていく。木の影からそちらを覗うと、丁度勝負が決したところだった。血溜まりの中、大柄な男が、死体の背嚢をまさぐっている。彼は、俺の持っている【散弾】とは違う銃弾の入ったポーチを取り出し、自らの背嚢に入れた。そして死体が握っている小型の銃を奪い取り、これも背嚢に入れた。ここから見る限りだと、彼はそれに加え二つの銃を持っているらしい。見にくいが、おそらく全て違う種類だ。血だらけの手で、それを扱っている。

 俺は【散弾銃】の銃口を男に向けた。自分でも驚くほど滑らかな動きで構える。木に体重を預け、安定させて照準を合わせる。男が死体を漁り終え、立ち上がったところでトリガーを引き絞る。


 


 耳がイカれるくらいの轟音が弾ける。


 男は、発泡音に気が動転したせいで硬直し、恐怖の表情を浮かべた。俺は、彼が死にゆく時に、達成感を得た。嬉しい、に近い感情を持った。自分が怖い。

 俺は……いつの間に、人を平然と殺せる人間になったんだ。こんなの、完全に頭がおかしいやつじゃないか。

 俺は自然な動作で背嚢からポーチを取り出した。そこから【散弾】が一つ転がりだし、それを【散弾銃】に装填する。


 くそっ、くそっ。悪態をつきながらも、男の背嚢を漁る。弾薬の入ったポーチが二つ。確認していくと、それぞれ、【中口径弾】【大口径弾】というものだった。普通こういうのには、○.○○mm口径弾とか名前が付いているのではないかと、うろ覚えの知識を引っ張り出してきたものの、それ以上は何もわからなかった。

 他にも、背嚢の中に【拳銃ハンドガン】と【狙撃銃スナイパーライフル】があり、男が直接手に持っていたのは【突撃銃アサルトライフル】だ。【中口径弾】と【拳銃】/【突撃銃】、また【大口径弾】と【狙撃銃】がセットになっているらしい。【散弾】を【散弾銃】に込めるのと同じように。


 俺は、いま入手したばかりの二つの銃と【散弾銃】を背嚢に入れ、【突撃銃】を手にする。残弾数を確認すると、半分ほどまで減っていたので、ポーチから【中口径弾】を出し装填した。

 この男を殺した時のように、誰かに漁夫の利を取られ俺が殺されてしまっては元も子もない。それゆえ今度は近くの小屋の側まで移動する。林から外を見回し、安全に動き始められる機を窺う。

 周りに人の気配はない。俺は勇んで内陸方面に足を進めた。


 丘や巨木の影に身を潜めつつ歩いていく。

 意識が覚めてから十分ほど経ったが、イベントが起こる気配はないまま、時間だけが過ぎていく。

 時折遠方から聞こえる銃声が、俺を不安にさせることはあったけれど、そちらを見ても、近くには誰もいないと分かって安心する。毎回懲りずに。聴覚が過敏になり、僅かな、例えば離れたところで小石が風に煽られ転がった音なんかも捉えるようになった。それは幸か不幸か、ひどく遠い所が音の発生源でも聞こえてしまう。



 俺はいま、誰かの家に隠れている。そんなに大きくはなく、地味な外観のため、見つかり難いだろう。そう当たりをつけてここに隠れた。

 息を殺し、体を抱え込む。

 それから五分、家の周りを誰かが走っていったのが判った。そいつはこの家に気付かない様子だったから、俺は家のドアをそっと開け、その誰かを目視した。もうそいつは五十メートルくらい離れたところまで走っていたが、大丈夫、まだ射程範囲内だ。俺の周囲に誰もいないことを確認して、うつ伏せになり、【突撃銃】を構える。右足をおよそ三十度開き、息苦しさを回避する。

 狙いを定めて―――撃つ。


 


 大分外してしまった。その上、多分死んでいるだろう段階になっても、俺は撃ち続けた。俺は狂人か?

 俺は楽しく思った。人を殺すことを。それは俺が他人より優れていることの証明になる。他人を蹴落とすことは、まるで常識のように思えた。


 俺はハァハァと荒い呼吸をしつつ死体に駆け寄る。死体まであと三メートル、というところまで駆けてきて。


 

 前に進めない。

 視えない壁がある。

 というよりも、。競り合うも勝ち目がない。巨岩を転がそうとしているようなものだ。いや、それ以上か。不可視の壁が押してくるなんて、普通の人生じゃ、あり得ない。

 くそ、これじゃ俺が殺した奴の持ち物を奪えないじゃねえか。なんだこれ。

 一分くらい、それを続けた。どうにもならないのは変わらない。俺は、ばっ、と後ろを振り向く。何してんだ、俺。こんなとこで時間かけて。殺した事に執着してんなよ。馬鹿か。殺されたら、死んだら、それで終わりだろうが。


 俺は全速力で、内陸側へ走りこむ。なんだ、あれは。後ろを見ても、壁らしきものは判別できない。本物の恐怖がそこにはあった。

 しかし確実にそれは迫っているのだろう。確かな圧迫感があるのだ。俺は強迫観念にかられた。『走らなくてはいけない。走らなくてはならない』そうしなければ……あるのは死のみ。

 死にたくない、死にたくない。俺は風のように駆け抜ける。見つかるかも、というリスクを払ってでも逃げ出したかった。




 はぁ、はぁ、はぁ。走りすぎた。どれだけ走っていたのか、肺が締め付けられるように痛む。息をするたびに刃物でめった刺しにされているみたいだ。

 

 だいぶ長い間走ったおかげか、強迫観念は消え入るように居なくなった。俺は安心したが、ここはどこだ。景色がまるっきり変わっている。

 背の高いビル群が立ち並んでいる。高圧的に見下されているように感じる。――ここは危険だ。


 


 身体の真横を、銃弾が通り抜けた。燃え盛る銃弾は、アスファルトに跳ねて、あらぬ方向へ飛んでいった。


 誰かに撃たれた! 死ぬ。死んでしまうッ。


 急いで近くのビルに駆け入る。


 


 また撃たれた! くっ。しかしどちらも惜しいところで外れた。助かった。

 ビルを駆け上がる。階段を踏みしめて登る。


 最上階だ。ここから狙お……いや一階下の方が見つかりにくいだろう。一階分くらい、狙う分には問題ない。


 今度は駆け下り、一階下の窓から外を見渡す。

 しーん、としている。なんの音も聞こえない。他のビルの窓際を確認してみるが、俺を撃ってきた奴は見付からない。

 どうしようか。ここに居座るか? このビルから出るのは得策とは言えないからな。でも、このビルに入り込んだ誰かに襲われる可能性だってある。無視できない大きな可能性だ。怖い。怖い。


 そうだ。誰かが入ってきても直ぐ分かる仕組みを作ればいいんだ。それか入ってきたら直ぐ死んでしまう仕掛けをつくればいいんだ。

 罠だ! 罠を作ればいい!


 うん、しかしこれには切り捨てられない欠点がある。俺は罠なんて作れない。そんなノウハウを有していない。

 ……致命的じゃねえかっ!


 ちっ。仕方ない。いつでも迎撃できる準備をしておこう。近距離で使うならどの武器だ?

 【散弾銃】か【拳銃】か【突撃銃】か【狙撃銃】。どれが最適だ。

 【拳銃】は小さいから、威力は弱そうだ。きっと、小さいゆえの常時携行用の物なのだろう。

 【狙撃銃】もダメだ。こんなの近距離で使うやつがいるか。いやもしかしたら、それでも使うやつはいるのかもしれんが、俺はそんなことしない。

 【散弾銃】か【突撃銃】。どっちがより近距離で使うのか、これは良くわからない。なんとなく、【散弾】は近距離で使うイメージがあるが、所詮その程度の確信度合いじゃ使えない。

 悩んだ末に、両方を手で持ってみることにした。


 こっちか。近距離では【散弾銃】のほうが適しているようだ。何故かは知らんが、触ったら、頭にこっちを使え、という司令が流れてきたのだからしょうがない。


 俺は【散弾銃】を背嚢の一番上で取り出しやすいところに収納した。これでいつでも近距離戦へのシフトチェンジができる。

 


 引き続き外の敵を探す。手には【狙撃銃】だ。見つけたら、これで殺してやる。


 時計を見る。それは六時十八分を指している。

 あと十分ちょっとか。そんな言葉が思い浮かんだ。あと十分ちょっと、ということは、三十分に何かが起きるのか? どういうことだ。六時半に何が?

 時計から目を離してビルの周囲に目を光らす。

 あ! 来たぞ、見知らぬ誰かが、迷い込んだ。走っている。可哀想に。ここには狙撃者が二人もいるのに。

 周りのビルを見る。しっかりと見極める。何処からか撃つはずだ。

 何処だ。何処だ。


 


 撃った! あそこだ。向かいのビルの隣、最上階から撃っている!

 俺は膝立ちになり、【狙撃銃】を構える。スコープを覗き、狙撃者を捕捉する。そいつは慌てているようだ。外したのか? まあいい。俺がやつを殺す!

 【狙撃銃】のトリガーをぐっ、と引き絞る。精一杯の力を込めて。

 ぐう――。銃の反動が凄まじい。少し照準がずれてしまった。ずれは僅か、しかし外すことは明白だ。


 


 おお。奇跡が起きた。強く風が吹いたのだ。このビル街いっぱいに。弾道はずれた。ほんの少し、ほんの少しだが、やつを殺すには十分だった。

 銃弾は弾けるように飛んでいき、目標ターゲットの脳天を撃ち抜いた。やつは大きく頭を仰け反らせ、死亡した。血が吹き出ている。

 俺はガッツポーズで、この喜びを噛みしめる。


 でも、闘いはまだ終わっていなかった。

 足音が聞こえる。下の階から駆け上がっている。どんどんどんどん近づいてくる。

 俺は階段の真横にあぐらをかき、【散弾銃】を構える。

 あと二階、あと一階……。音はもう、すぐそこだ。


 来る!

 今だ! トリガーを引け!


 


 そいつは為すすべもないまま、倒れた。

 最後に小さな断末魔を残した。あっけなかった。

 

他に人の気配はしなかったから、俺は背嚢から【散弾】のポーチを取り出し、装填した。

 ふう。疲れた。こんなに気を張ったのは初めてかもしれない。


 時計の針は六時二十五分を指している。あと五分だ。なにが起きるまでかは分からないが。まあ分かる必要もないだろう。そのときになれば分かる。


 んー、なんだろう。もう少しでこの状況にピリオドが打たれる気がするのだ。




 カチッ。

 時計の針が、六時二十七分を指した。あと、たったの三分だ。


 俺は階段を二階分上がり、屋上へ出た。

 かなり広い。屋上に何も置いていないことも相まって、だだっ広い空間に感じているのだと思われる。なぜこんなに広いのだろう。良くわからない。この孤島に来てから分からないことだらけだ。


 一息ついて、大の字に寝転がる。空は虚ろな青色で染まっている。


 手がゆっくりと押される感覚がある。ん? なんだ?

 立ち上がって確認しよう。手で空を押し出すように動かす。あるところから先に進まない。


 


 やばいやばいやばい。


 死ぬ。


 幸いなことに、その進みは非常にゆっくりだ。あと三分くらい経っても、二十メートルくらいしか進まないだろう。

 さっきはもっと速かった。

 だが、このビルを下りきることは不可能だ。くそ。やけくそだ、一人でも多く殺して死んでやる。


 俺は、屋上の端っこから、ビルの遥か下を血眼になって探す。一人でもいいから見つけて殺す。うつ伏せになり、いつでも銃を撃てるように構えておく。


 すると、右に二十メートルくらい行ったところのビルから人が出てくる。彼は走っている。俺のいるビルに向っている。


 くそ、時間がない。このままだとビルに入られる。そうなると、もう死ぬしかない。


 俺は【狙撃銃】のスコープから相手に狙いをつけ、トリガーを引く……弾が撃ち出されない!

 なんで撃てない!

 ふざけるなよ。待て待て。わかった! 再装填リロードがまだだ! 忘れていた。一生の不覚!

 震える手で背嚢をひっくり返し、ポーチを出す。

 【大口径弾】が、ポーチからばらばらと床に落ちる。いくつか手に握り、急いで装填する。ぐ、失敗した。ビルの下に落ちていく。ああ。


 あと少しで入られてしまう。俺は背嚢を持ち上げ、眼下に向かって投げ込む。


 下に着地するまでにタイムラグがあったけれど、ぎりぎり、間に合った。下にいる彼は、驚いたようにこちらを見上げる。


 なんとか装填できた。スコープを覗き、相手の位置を確認。トリガーに指をかけ…………なッ、彼もこちらを狙っている! なんだ、あの銃は!? 見たことがない、俺の知っているどれとも違う。畜生ッ!

 

 でも撃たせなきゃこっちの勝ちだ。

 トリガーを引く!


 


 


 くっ、撃ったものの、最後の瞬間で何発も撃ってきやがった。俺は身体を屋上に放り投げようとするが、


いってえ!」


 腕に一発食らった! ぐぅぅぅぅ。死にそうだ。屋上を転げ回る。

 のたうちながらも、ビルの下を見遣る。よし、敵は死んでいる。目標撃破ミッションクリアだ。


 俺はこのあと視えない壁に押され、屋上から落ちて死ぬだろう。己の命はもう諦めた。潔く死のう。

 そう思い、俺は視えない壁にもたれようとした。


 痛っ。頭がコンクリートに勢いよくぶつかった。


 はぁ!? !?

 

 視えないんじゃない、本当にないぞ!


 え、なんでだ? さっきまで、ここにあったのに。

 


 


 俺の思考は風の轟きにかき消される。

 ヘリコプターだ。ヘリコプターが屋上に着陸しようとしている。

 俺は慌てて屋上の端に寄る。


 ヘリコプターの羽の回転が遅くなっていき、屋上に着陸した。


 中から、すらっとした長身の女性と、背の低い冴えない男性が下りてきた。女性は真っ赤なスーツを着ていて、飄々とした佇まいだ。一方、男性の方はといえば、汚いノートパソコンを抱え、身を縮こまらせている。


「あら、お疲れ様。人を殺すのは疲れたでしょう」

「え、あ、は、はい」


 俺は、疲労のせいでしわがれた声で、答える。


「社長さん、この方は何回目を生き残ったんでしたっけ」


 彼女は、社長さん、と言う割に偉そうな態度を取っている。


「ええと、確か――――」

「確か? 今、確かって言いました? 私に、そんな曖昧な情報を寄越すのですか?」

「あっ、す、すみません。て、天民様。彼は今まで三回のバトルロイヤルを生き残っていて、今回も合わせれば四回の闘いを突破したことになります」


 彼女は納得したように、ふぅん、と呟き、俺の方を見た。


「四回目ね、よろしい。社長さん、下がっていていいわよ。彼には知る権利がありますから」

「は、はい」


 彼女はそういうと、俺に近づいた。そしてしゃがみ、俺と目線を合わせた。


「あなたも知りたいでしょう? 自分になにが起こったのか」


 俺は、うんうん、と首を上下させる。


「じゃあ教えてあげる。


 ここでは、年間百数回開催される、バトルロイヤルが行われたの。参加人数は百人きっかり。

 バトルロイヤルの目的は、娯楽。もちろん、観戦者である私たちにとっての娯楽よ。賭けが行われたりもするわね。

 配置される百人には、記憶消去と、殺意の刷り込みが為されるの。あなた、覚えがない? 意識が戻ったときに殺意に満ちていたとか。ふふ、あるみたいね」

「じゃあ、じゃあ、俺は誰なんですか? なんの為に……」


 俺は混乱している。俺は混乱している。

 彼女を怒鳴りつけてしまいたい。でも恐ろしくて、心底怖くてできない。

 殺戮を、平然と娯楽だと言い切る彼女が怖い。それ以上に、として、怖い。彼女はきっと、いや絶対に、人外だ。


「あらあら、怖くなっちゃった? 自分の星を侵略した生き物に。

 あはは、不幸な人間ねぇ、死ぬまで闘い続けるなんて。あなたは、ただのサラリーマンだったのに。無作為に選出された、いわば戦士いけにえになっちゃって。

 あなたは、星を支配したの為に闘っていたのよ」

「そんな……俺は俺はなんで、なんで俺が」


 俺は泣き叫び、彼女に縋った。命を助けてくださいと、平和な世界に戻してくださいと。

 

 彼女は、その整った顔を邪悪に歪めるだけだった。


「さあ、社長さん、もういいわよ」

「は、はい、お前ら、仕事だぞ」


 そう言うと、ヘリからさらに三人の男が下りてきた。全身黒ずくめの彼らは、泣き叫ぶ俺を、動けないように羽交い締めにした。


「畜生ッ! てめぇら、俺を離せ! 殺すぞ!」

「はいはい」


 彼らは、慣れた手つきで俺の動きを抑えると、俺の首筋に注射を刺した。液体が流れ込む。痛い、痛い。


 社長さんと呼ばれていた背の低い男が、彼女にへりくだって言う。


「天民様、完了致しました。彼はあと少しで眠ります」

「わかったわ。ヘリに戻りましょう。そこの三人は彼を運んできて」

「は。承知いたしました」


 三人で俺の身体を持って運び始める。俺の身体は痺れて、もうどうにも動かない。口だけだ、未だ自由に動くのは。


「ふざけるな! 俺を開放しろ! 本当に殺すぞ!」

「うふふ、可哀想にねぇ。残念ね、あなたはもう闘い続けるしかないの」


 彼女は俺の頭を撫でた。その行為には、哀れみしかなかった。

 俺を完全に見下していた。


 ヘリは離陸した。どこに向かうのかは知らない。着く前に俺は意識を失うのだろう。


「俺は次も生き残ってやるぞ。……殺す……殺す。一人残らず。島を制覇してやる。そしてまたお前に会って、今度こそ殺してやる」

「できるといいわね」


 彼女は嗤っていた。できないと思っているのだ。目にもの見せてやる。畜生が。


 俺の意識は薄れていき、そのうち、何も考えられなくなった………


      ◆     ◆


「俺は生き残る……殺す……殺す。一人残らず。この島を制覇しろ。俺は生き残る……殺す……殺す。一人残らず。この島を制覇しろ。俺は生き残る……殺す……殺す。一人残らず。この島を制覇しろ。

 俺は……俺は……」


 ……俺は、はっと意識が戻るのを感じる。

 口から呪いの言葉のように殺意が溢れ出している。一人残らず殺せ、とそれは言っている。呟きは大きくなり、俺の正気は呑み込まれそうだ。なんとか言葉を抑え、狂気を塗りつぶす。


 俺は正気か? 殺せだと? 笑わせてくれる。誰を殺せと。知らない。何を言っていたのか、何を考えていたのか。

 この殺意がどこに向かっているのか。



 ………………。

 ………………。

 ………………。


         END

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