第24話 明治41年の陸軍中央
金子堅太郎「明治41年かぁ。巳代治何してた?」
伊東巳代治「帝国制度調査局での皇室典範増補や公式令の作成が終わって、いったん落ち着いてるところ」
堅太郎「そっか。僕は『東京大博覧会』会長に就任して、逆に忙しくなったあたりだ」
巳代治「金子君、アメリカの反日感情が増していて辛いって話してなかった?」
堅太郎「言ってたね。とにかく排日運動が激しくてさ。僕にとってはアメリカは第二の故郷みたいなものだから揉めないで欲しいのだけど……」
堅太郎「排日運動の話をすると、長くなるので、またにして。今日は明治41年の中央軍部の話です」
巳代治「まず、軍における『中央』について。中央には陸軍の三長官がいます。陸軍大臣、参謀総長、教育総監です。この上には陛下しかいないため、この三長官が最高位となります」
堅太郎「その下に付くのが、陸軍次官、参謀次長、教育総監本部長です。それぞれ大臣は陸軍省、参謀総長は参謀本部、教育総監は教育総監部を統括しています」
巳代治「図にするとこんな感じです」
陸軍大臣-陸軍次官-陸軍省(軍政や人事)
参謀総長ー参謀次長-参謀本部(軍令や作戦や動員)
教育総監ー教育総監部参謀長ー教育総監部(陸士とかの教育関連)
堅太郎「教育総監部参謀長は明治41年末には本部長という名称になります。それで、と。明治41年だよね。それだとこういう面子になるね」
寺内正毅陸軍大臣(長州・山縣閥)-石本新六陸軍次官(姫路)-陸軍省
奥保鞏参謀総長(福岡)ー福島安正参謀次長(長野松本)-参謀本部
西寛二郎教育総監(薩摩)ー大谷喜久蔵教育総監部参謀長(越前福井)ー教育総監部
巳代治「下から行こうか。教育総監の話。西寛二郎さんは薩摩の叩き上げ軍人だね。鳥羽伏見の戦いから始まって佐賀の乱から日露戦争まで歴戦している。日露戦争の功で教育総監になった人だ。その前は第二師団長だった」
堅太郎「大谷喜久蔵さんは福井小浜藩の人だね。明治初期の陸士に入ってるからこの人もずっと軍事畑だけど、陸軍戸山学校の校長を繰り返しやったり、どちらかというと教育畑の人かもしれない。この時の教育総監参謀長も再任だしね」
巳代治「参謀本部の話。奥保鞏参謀総長はそれはもう歴戦の軍人だよね。佐幕側だったから最初に参加した戦争が長州征伐。日露戦争では第二軍司令官だった。現場の人だから、本人がなりたかったというより、急逝した児玉源太郎の代わりに座ったんだろうね」
堅太郎「奥参謀総長は筆談だからものすごく参謀本部が静かそう」
巳代治「耳があまり聞こえなかったんだっけ」
堅太郎「うん。乃木も片目失明していたし、現場上がりの上級将校は割とそういうのあった気がするよ」
巳代治「奥参謀総長は作戦立案も自分で出来るし、天性の軍人だったね。政治のことには、まったく口を出さなかった」
堅太郎「福島安正参謀次長も佐幕側の出身だね。でも、奥参謀総長とは違うタイプだ」
巳代治「福島参謀次長は情報将校。明治25年のシベリア単騎行は名目上は冒険旅行だけど、あれは情報将校としての仕事だよね」
堅太郎「ポーランドから東シベリアまで1年4ヶ月かけて馬で移動して実地調査をしているからね。僕と奥田が北海道の調査に行った時も現地のことをずいぶん見た。情報将校が自ら足を運んだとなると、いろんな思惑があったことだろうね」
巳代治「福島参謀次長だけの思惑でなくね。西園寺くんが言ってたよ。ドイツで公使をしていた時、福島さんと情報分析に勤しんだって。明治20年代から、もう彼はシベリア鉄道の調査をしていたようだしね」
堅太郎「バルカン半島、インド、ビルマ、清まで実地調査をしていたみたいだし、すごい行動力だよね」
巳代治「行動力だけじゃない。福島参謀次長は英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、北京官語が出来た。あそこまで出来る人間は外務省でもそういない。満州馬賊を引き入れたり、交渉能力も高い。相当に切れ者だ」
堅太郎「明治陸軍の諜報部エースだね」
巳代治「さて、最後は陸軍省。寺内、石本だから陸軍省は完全に長州の山縣閥だね。さっきこの上にいるのは陛下のみと言ったけれど、実際にはドンとして山縣有朋がいる」
堅太郎「本当は『陸の大山、海の東郷』と言われた大山巌さんがいて、薩摩陸軍のドンとして大山さんがいるのだけど、大山さんは政治にあまり口出ししないからね」
巳代治「この頃、陸軍は大きく勢力を拡大しようとする。日露戦争前までは師団は13個だったのに、戦時中に増やせと言い出した。そして、さらに『平時25個師団・戦時50個師団』に拡張しろと山縣さんが『帝国国防方針』を提出して動き出した」
堅太郎「守戦中心から攻勢中心へというやつだね。防衛から拡大へというべきか」
巳代治「そう。それを抑えるため、こっちも動く。軍部の乱用を防ぐために、天皇陛下の勅令に首相の副署を加えるようにしようとした」
堅太郎「こっち?」
巳代治「僕が副総裁で、伊藤さんが総裁をしていた『帝国制度調査局』」
堅太郎「最初の話、そこに繋がったんだ!」
巳代治「面子を見れば、ただ皇室典範増補のためだけに集められたわけじゃないのはわかるでしょ。僕と僕の子飼いである奥田義人と有賀長雄。法学者である梅謙次郎先生と、井上毅さんが見出した穂積八束。伊藤系の法律官僚ばかり集めて、内閣を通さずに帷幄上奏するのを阻止する形を作ろうとしたんだよ」
堅太郎「それで、どうだった?」
巳代治「途中で軍に気付かれて反発された。伊藤さんと山県さんが話し合うことになって結局妥協させられたけど、まったくの無意味で無かったとは信じたい」
堅太郎「なるほどね。伊藤さんが明治42年に亡くならなければもっと軍部を抑えることが出来たかもしれないけれど……」
巳代治「まとめようか。明治41年の軍部は大陸進出を狙い、攻勢拡大路線に向かっていた。そのためには予算も欲しいし、師団数も増やしたい。そんな状況だ」
堅太郎「軍の三長官は、山縣閥べったりの陸軍省、生粋の軍人と生粋の情報将校の参謀本部、叩き上げ軍人と教育畑の教育総監部って感じだね」
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