第45話 祝杯

『……というわけで道山先生』


「ふむ」


 担当からの電話を受け取り道山は静かに頷く。

 それを聞いて電話越しの担当は慌てたように言い訳を始める。


『あっ! と、と言ってあくまでも連載が先延ばしになるだけで、その間原画を担当していただく画道さんに道山先生の『戦国千国』の世界をより表現できる絵柄に変えて頂ければ、それで十分です! ええ! もう次の会議では連載は決まったようなものですので、それで――』


「分かった。もうよい。あとは儂の方から画道に伝える。ご苦労じゃった」


『ど、道山先生!? く、くれぐれも他の出版社でのコミカライズはその――』


 なにやら騒ぐ担当の声を無視して、道山は携帯を切る。

 その向こう側では例の画道佐助――あやかし画霊がなにやら沈んだ様子で三角座りをしていた。


「ぼ、僕の絵がダメ……ダメ……。は、ははっ、もう終わりだ……絵のあやかしである僕がその絵で他のあやかしに負けるなんて……や、やっぱり僕なんて底辺を彷徨うあやかしなんだ……」


 そう言ってブツブツのお経のように自虐的セリフを吐く画道に道山はたまらず溜息を吐く。

 そんな彼を無視し、懐からキセルを取り出すと一服吸い、あの佳祐と刑部姫のことを思い出す。


「かっかっかっ、奴らめ。全くやってくれたわ。さすがに今回はこちらの完敗じゃ。儂とて引き際は心得ておる。あとはこちらも連載に向けて準備入るだけ。小細工で潰せぬのなら、今度は正面から同じ雑誌で奴らを潰すのみ。半年後、一年後とお主達がどこまでやれるか楽しみにしてもらうぞ。刑部姫、そして佳祐よ」


 そう煙を吐きながら呟く道山の隣では、例の画道が未だ自虐的なセリフを吐き続け、それに耐えられなくなった道山が彼の頭を殴るのであった。


◇  ◇  ◇


「乾杯ー!」


「乾杯ー!」


 その日、いつもの居酒屋にて佳祐は南雲と会っていた。

 だが今日はいつもとは異なり、彼の隣には佳祐だけでなく、刑部姫や雪芽も同行していた。


「いやー、それにしてもまさかお前があの『スノーアイドルフェアリー』の作者とも知り合いだったとはな。はじめまして、お嬢さん。オレは南雲周一郎。君と同じ月刊アルファで連載している漫画家で現在絶賛アニメ放送中の『あやかしロマンス』の作者だ」


「は、はあ、どうも……」


「南雲。お前そうやってすぐに美人を口説くのやめろよ」


「おい、人聞きの悪い事を言うな。これは口説いてるんじゃなくて、ただの挨拶だろうが」


 今回の居酒屋での集会は佳祐と刑部姫の連載を祝した飲み会である。

 これを企画したのは南雲であり、先日の悪ふざけの謝罪も兼ねたのであろう。

 ここでの支払いはすべて自分に任せろと宣言していた。


「やっぱアニメ化作家は違うな。そんなに儲かっているのか?」


「はは、さあな。お前もアニメ化すれば分かるよ」


 そう言って皮肉に佳祐を挑発する南雲であったが、その表情は嬉しそうであり、これから彼と競えるのは心から楽しんでいる様子であった。


「けどま、こっからだぞ、しんどいのは。オレ達漫画家はいつもギリギリ。それこそ人気が取れなきゃ、即打ち切りだからな」


「確かにな……」


 それは誰よりも佳祐が体験してきたことであり、だからこそ今回の連載はそのようなことにならないよう全力を尽くす。

 いや、いつだって彼は全力だった。


「けど、今回は大丈夫さ。なにせ一人分の全力じゃない。二人分の全力だからな」


 そう言って佳祐が見る先では日本酒をがぶ飲みしようとする刑部姫と、それを必死に止めようとする雪芽の姿があった。


「ちょ、刑部姫さん! ま、まずいですよ! その見た目で日本酒がぶ飲みはマズイですー!」


「ええい! なにがマズイじゃ! わらわはこう見えてお主よりも年上じゃ! 酒を飲んでなにがまずいんじゃー!?」


「と、とにかくマズイんですよー! 人間社会に馴染むのなら、せめて最低限の人間社会のルールを守ってくださいー!」


 それを見て周囲は笑いながら茶化したりと、ちょっとした騒ぎになっていた。


「はは、やっぱあのお嬢ちゃんはどこに行っても目立つな」


「だな」


 そんな光景を眺めながら南雲はボソリと呟く。


「……悪かったな。前はあのお嬢ちゃんを利用しろなんて言って。けど、今はお前が正しいで断言できるよ。あやかしと人間。お前らがこれから先、どんな漫画を描いていくのか。そいつをオレは漫画家として、そして一読者として楽しみにしてるぜ」


 そう言って酒をあおる南雲。

 そんな彼に佳祐は答えることなく、頷く。


 答えはこれから先、同じ雑誌で――漫画で返していくのだから。

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