第44話 歓喜の叫び

『おめでとう、佳祐君』


「え?」


 開幕一番。電話の向こうから聞こえたのはそんな美和からの祝辞の言葉であった。

 一瞬なんのことかと戸惑う佳祐であったが、この場において「おめでとう」の言葉が何を表すのか、それは一つしかなかった。すなわち――


『再来月からの月刊アルファにして君の新連載――「暁の龍」掲載だ!』


「――――――」


 その発表に声を失う佳祐。

 それはすぐ傍でその結果を聞いていた刑部姫も同じであり、二人は互いに顔を見合わせると次の瞬間、雪芽の存在をはばかることなく抱き合い喜びを現す。


「うおおおおおおおおおおおお!! やったーーー!! やったぞ!! 刑部姫ええええええええええ!!」


「おおおおおおおおおおおおお!! すごい! すごいすごいすごいぞー!! 佳祐!! わらわ達の、わらわ達の勝利じゃああああああああ!!!」


 共に抱き合い、勝利の雄叫びを上げる二人。

 そんな二人をすぐ傍で見守っている雪芽もその目に涙を浮かべながら、二人の漫画連載を喜んでいた。


「お、おめでとうございます! おめでとうございます! 佳祐さん、刑部姫……! こ、これで、これで私も、お二人と一緒の雑誌に……! ぐ、ぐすんっ」


 感極まったのか思わずその場で泣き出す雪芽。

 佳祐も刑部姫も嬉しさのあまり泣き出したい衝動に駆られていたが、先にそれをやられてしまったために二人は苦笑を浮かべながら、涙を流す刑部姫の肩を叩く。


「ってお主が泣いてどうするか、雪芽」


「はは、確かに」


「ううっ、ごめんなさい~」


 そう言いながらも佳祐も刑部姫も互いに目尻に涙を浮かべているのに気づき笑い合う。


『あーあー、ちょっといいかなー。まだ電話繋がっているんだけどー』


「あ! す、すみません、美和さん!」


 スマホの向こう側から聞こえた声に思わず慌てて反応する佳祐。

 そんな彼に対し美和は笑いながら答える。


『はは、構わないよ。ようやく勝ち取った新連載だからね、それくらい喜んでいいよ』


「は、はい! ありがとうございます!」


 電話越しの担当に向け頭を下げる佳祐。そんな彼に対し美和もまたこれまでにない優しい口調で語りかける。


『本当によくやってくれたよ。あれならきっといい作品になる。そっちにいる姫ちゃんと一緒に最高の漫画を作り上げていこう』


「はい、もちろんです。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。美和さん!」


 そう言って礼を告げる佳祐。

 そんな彼に美和もまた礼を告げる。


『っと、そうだ。ちょっと佳祐君と話したい人がいるらしいから、その人と代わるよ』


「? はあ、オレと話したい人ですか?」


 一体誰だろうかと首を傾げる佳祐であったが、次の瞬間聞こえた声に彼は思わず背筋を伸ばす。


『あー、今代わってもらった。電話越しですまない、田村先生。編集長の福部だ』


「へ、編集長!?」


 思わぬトップの登場に大声を上げて反応してしまう佳祐。だが、電話越しの編集長は『まあ、そんなに堅くならなくてもいいよ』と意外にフランクな口調で告げる。


『今回の道山先生の戦国千国と君の暁の龍。どちらを連載させるか迷ったんだが、最終的な判断は私が降した』


「え、ってことは……?」


『そうだ。私が道山先生の作品よりも君達の作品を取った。その理由を告げておこうと思う』


 その一言に緊張する佳祐。

 ましてや、まさか自分の作品を最後に選んでくれたのが編集長とは佳祐もまるで予想できなかった。


『知ってのとおり、道山先生の作品は大人気の小説でそれのコミカライズともなれば小説からの読者層も期待できる。が、画道佐助と言ったか。彼の絵はとても素人とは思えない。デッサン力だけで言えば間違いなくプロレベルだ。恐らく単純な画力で言えば君のところの刑部さんよりも上かもしれない』


 その言葉に佳祐は思わず息を呑む。

 だが、ならばなぜという疑問が湧き上がるが、それもすぐに編集長の口より答えられた。


『だが、彼には決定的にたりないものがった。それは漫画そのものに対する描き方だ』


「? どういうことですか?」


『原作が小説の場合、それのコミカライズはある意味で普通の漫画よりも敷居が高くなる。ただ原作の小説通りにセリフを並べればそれでいいわけではない。下手にセリフを並べてもそれは小説に絵がついたもの。漫画ではない。漫画は漫画らしさを表現しなければならない。彼の原稿を見たが、あれは漫画というよりもまだ小説の域を出ていなかった。そして、もう一つ――絵柄だ』


「え? ですがそれは先ほど彼の方が上手いと……」


『違う。絵と絵柄の上手さは別だ。確かに彼の絵は上手いがそれがあの作品の絵柄にはまだ合ってるとは思えなかった。今だと劇画が強すぎる。私の意見としては戦国千国の絵柄はもう少し万人受けする形に直した方がいいと思う。その点で言えば、君の暁の龍。あれの作画をしている刑部さんはさすがだ。君の作品に合う絵柄に変えてきている。前回、君達の原稿を見た際、最終的に私は君達の原稿を落としたが、その理由が絵柄の不一致にあった。刑部さんの絵は上手い。だが、まだ君の話に馴染んでいないような気がした。それは君達相互の意思がまだ取れていないようにも感じてな。だから私は一人で描いていた白縫雪芽君を取った。だが、今回の原稿に関して言えば、そうした問題も一切なかった。もはや君と刑部さんは二人の一つ。一人の漫画家として昇華していた。だから私は今回君達を選んだ』


 そう告げた編集長の説明の前に佳祐は何とも言えない気持ちのまま立ち尽くしていた。

 確かに原稿が完成した時、佳祐は刑部姫が以前よりも成長していることに気づいた。

 だが、それは単純な絵だけではなかった。

 彼女は自分に、いやあの『暁の龍』に合うような絵柄を心がけ、それで原稿を完成させていたのだ。

 自分の気付かなかったところで、どれほど刑部姫が自分のために合わせてくれていたのか。その真意に気づき、佳祐は必死に瞳から溢れそうな涙をこらえていた。


『まあ、私が言いたかったのはそれだけだ。それと道山先生の漫画も今回は落ちたが、それでなくなるわけではない。あの人の作品も半年後に新連載として掲載するつもりだ。その間に画道さんには絵柄の調整をしてもらうつもりだ。まあ、正確には今回の連載会議、君も道山先生の作品も両方通ったようなものだ。ただ始め順番で少し揉めてしまってな』


「分かりました、ありがとうございます」


 電話の向こうにいるであろう編集長に対し、深々と頭を下げる佳祐。

 そんな彼の挨拶を受け取り、編集長も静かに頷く。


『ああ、それでは今後の月刊アルファでの連載頑張ってくれよ。君と刑部さんには期待している。共に我が雑誌を盛り上げてくれ』


「はい、勿論です!」


 その宣言と共に編集長は美和に代わり、その後、美和と軽い打ち合わせの話をして佳祐は電話を切った。

 色々と言いたいことはある。伝えたいこともある。

 だが、そんなのはひとまず棚に置き、佳祐は目の前にいる刑部姫と雪芽と共に用意していたクラッカーを鳴らし、その日は祭りのように盛り上がった。

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