第42話 運命の連載会議
「それにしても画霊か……厄介なあやかしを連れてきたものじゃ」
編集部を出てからしばらく帰り際、刑部姫がそう漏らす。
「画霊って確か絵に取り付く妖怪、あやかしのことだよな?」
「うむ、そうじゃ。画家の執念が絵に取り付いたものとも、付喪神の一種とも言われておるな」
「どちらにしても絵に関するあやかしってことか……」
「そう、問題はそこじゃ。画霊は絵のあやかし、故に絵に関する才能はあって当然。なによりもあの道山が自分の作品を任せた相手じゃ。恐らくわらわと同じか……いや、それ以上の画力の持ち主かも知れぬ。道山め、考えたものだ。確かに人間よりもあやかしに作画を頼んだ方が効率も良いし、その腕も遥かに信頼できるじゃろう」
「刑部姫以上の才能か……」
刑部姫が漏らしたその一言に佳祐は思わず尻込みする。
だが、そんな佳祐を励ますように刑部姫は彼の背中を叩き宣言する。
「大丈夫じゃ、佳祐。あの美和も言っておったであろう。今回こそはなんとかすると。それにわらわ達のあの漫画は自信作じゃ。気をしっかりもて。たとえ相手があの道山――ぬらりひょんでもわらわ達は負けぬ。そうであろう?」
「刑部姫……」
そう告げた刑部姫の表情は晴れ晴れとしており、先程までの気の弱さを吹き飛ばすように自信満々な笑みを浮かべ、佳祐もまたそんな刑部姫に習うように力強い笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな」
すでに菜は投げられた。
あとは運命の――いや、編集部の決定に彼らは従うのみである。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、連載会議を始めるが……と言っても今回の候補は実質二つだな」
「ですね」
「とはいえ、これはもう決まったようなものでしょう」
後日。『月刊アルファ』の編集部にあるとある会議室にて、その会議は行われていた。
数人以上の編集者。中でもチーフと呼ばれる者達と編集長と呼ばれるその雑誌における連載の最終的決定権を人物がひとつのテーブルを囲み、手元に置かれた資料とたくさんの原稿を眺めていた。
「候補は原作:田村佳祐と作画:刑部姫による『暁の龍』と、あの道山明光先生の大人気小説『戦国千国』のコミカライズ。その担当は新人の画道佐助。取れる新連載の枠は一つ」
「他にもいくつか候補の漫画はあるけれど、それらは並か平均以下の出来。よって次に連載させるのはこの二つの内のどれかというわけですね」
複数のチーフ達が手元の資料と原稿のコピーを眺めながら頷く。
「ですが連載させるならやはり道山先生の『戦国千国』でしょう。原作の人気は言うに及ばず、このコミカライズを担当している方の絵もとても素人とは思えません。すでにうちで連載している作家陣にも及ぶ画力の持ち主ですよ」
「むしろ、なんでこれほど絵の上手い新人がこれまで出てこなかったのか不思議なくらいですね。道山先生はこの人をどこで見つけたんでしょうか?」
「とはいえ、あの大人気小説のコミカライズを担当するには十分な画力の持ち主でしょう」
そう各チーフの判断の通り、戦国千国の原稿を担当している画道佐助の力量は確かなものであった。
その上、原作が人気の小説であるならば、それだけで話題を取り、更には原作からのファンがその新連載の漫画に反応し、原作を見たことのない新規もそれに反応をする。
話題性ということを考えれば、どう考えても道山原作の『戦国千国』一択であった。
「ですが、ちょっと待ってください。それだけでこの田村先生の新作を切り捨てるのは勿体無いでしょう」
そんな何人かのチーフ達の意見に別の一人が反対意見を出す。
「確かに話題性で考えれば『戦国千国』かもしれませんが、この田村先生の新作も絵とストーリー面においては『戦国千国』に負けていませんよ。いや、むしろ『戦国千国』よりも分かりやすくまとまっています」
「それはどういうことだ?」
「コミカライズの弱点というやつですよ。原作が小説ということは漫画もそれをなぞって原作を意識した作りになります。つまり、小説では理解しやすい部分が逆に漫画になることで決まったページ数にまとめなければいけなくなるから結果、小説よりも情報量が少なくなる。無論、そこを絵で補うのがコミカライズの良さなのですが、こうした小説原作の場合、途中で漫画から入った新規の読者がついてこれなくなることもあります。それに原作ファンが漫画のイメージが違うと叩く場合も多いでしょう。話題性がある分、人気小説のコミカライズには弊害がつきまといます。それに対して、田村先生のこれは漫画の表現としてうまく完成されています。新規の読者を取り込むなら、むしろこっちが入りやすいですよ」
「確かにそれはあるが、それでも人気小説のコミカライズはでかいだろう? 単行本の売り上げだって、そこらのマイナーな作家の新刊よりもよっぽど注目されるぞ」
「失礼ながら、田村佳祐君はただのマイナーな作家ではありませんよ」
と、その瞬間、一人のチーフが放ったセリフにその会議の席に出席していた人物――美和凛子が異議を唱える。
「確かに彼はこれまで雑誌の連載は常に後ろの方で、単行本の売上もあまり伸びませんでした。いわゆる打ち切り作家の一人です。ですが、打ち切り作家だからと言って才能がないわけではないでしょう。むしろ、打ち切られたにも関わらず、彼は負けずと次の作品を持ってきて、それらは全て前の作品よりも面白くなっています。それは前に連載会議で彼が持ってきた原稿にしてもそうだったでしょう。そして、今回の原稿。正直、前の漫画のやつでも十分に連載を狙えるほど面白かったはずです。ですが、彼はそれを流用せず、全く新しい話でより面白い作品を仕上げてきました。そんな彼のこの作品がただのマイナーな作家の新作と言えますか? それに今の彼には新しい相棒、原画を担当してくれる人物がいます。彼女の画力の高さはすでに皆さんも周知の通り。前の時ですら十分にプロの漫画家としてやっていけるレベルだったのに、彼女はそれにさらに磨きをかけています。確かに『戦国千国』のコミカライズ担当も相当の画力を持っています。ですが、話の内容に合わせた画風で言えば明らかに刑部姫先生の方が上です。彼女は田村佳祐先生の作品に合う絵柄を完成させています。話の内容、引き込みやすさ、絵の上手さ、調和。それらの統合から言わせてもらっても私は彼の作品を推します」
そうハッキリと断言する美和に周囲のチーフ達も黙り込む。
だが、一人のチーフがそれに待ったをかける。
「そうは言うが美和君。それは君が彼の担当だからだろう? 長年面倒を見てきたから、彼に連載を与えたいという気持ちがあるからではないのか?」
「確かにそれもあります。私も人間です。自分が担当している作家には多少のひいきもしますよ。ですが、それを抜きにしてもこの漫画は載せる価値がある。私はそう断言します」
美和のその一言に再び周囲はざわめき、会議は混迷を増していく。
道山先生の『戦国千国』か。
それとも田村佳祐先生の新作『暁の龍』か。
どちらにも良さがあり、推す理由とそうでない理由が交差する。
気づくと熱演は数時間にも及び、チーフ達の意見ではまとまらないところまできていた。
「困りましたね……。これではまとまりません……」
「そうですね……。言い合いだけでは拉致が飽きません」
「なら、いっそ多数決にするか?」
「おい、バカなことを言うな! 新連載を多数決で決めるなんて不謹慎だぞ!」
「そ、そうだよな。すまん……」
「とはいえ、もはやそれくらいしか決める手立ても……」
現状、どちらを連載するべきか支持するチーフの数もおよそ半分ほどに割れており、仮に多数決になったとしてもその差はどちらに傾くか分からないほどであった。
やがて、一人のチーフがこの場において、事の成り行きを見守っている編集長へと視線を向ける。
「こうなっては――編集長、あなたの判断をお願いいたします」
それは副編集長からの一言であり、それに会議に出席していた全チーフが緊張した面持ちで編集長を見る。
「……そうだな」
僅かな沈黙の後、編集長は手元にある二つの原稿を見比べる。
『戦国千国』と『暁の龍』。
二つの原稿をマジマジと見つめた後、編集長はゆっくりとその唇を開く。
「それでは――」
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