第40話 最後の壁

「で、出来たな……」


「う、うむ。出来たな……」


 朝日を背に佳祐と刑部姫の二人は出来上がった原稿を前に目の下にクマを作りながら、しかしそれでも晴れやかな表情でそれを見ていた。


「お疲れ様、刑部姫。最後の方はかなりきつかったんじゃないのか?」


「うむ。あやかしとはいえ、集中して何日も描き続けるのはやはり疲れるものじゃな。とはいえ、おかげでいいものが出来たと確信しておる」


 佳祐からのねぎらいに対し、刑部姫は墨で汚れた顔を手で擦りながら笑う。

 そんな彼女に対し、佳祐もまた笑みを浮かべて頷く。


「ああ、それにはオレも同感だ。こいつは間違いなくこれまでのオレの漫画の中で一番だ」


 そう力強く宣言する佳祐だが、そんな彼の一言に刑部姫が修正をする。


「オレの漫画ではないぞ、佳祐。これはわらわとお主、二人の漫画じゃ」


「ああ、そうだったな。勿論だ、刑部姫」


 そう言って目の前の刑部姫に握手を求める佳祐。

 刑部姫は一瞬、照れるような顔をするがすぐにそれを振り払い、佳祐の手を握り固い握手をする。


「それじゃあ、早速こいつを編集部に持って行って見せよう」


「うむ! 目指すはこの漫画で連載じゃ!」


 そう宣言するや否や二人は原稿を封筒へと入れ、共に編集部へ向け出かける準備をするのだった。


◇  ◇  ◇


「…………………」


「……ど、どうですか? 美和さん。今度の漫画は?」


「こ、今回こそは行けるじゃろうか?」


 あれから編集部へと向かった二人はその足で担当の美和に会い、彼女に描き上げた原稿を見せる。

 美和は二人の原稿を受け取ると一心不乱に、それこそいつもの雑談を一切することなく、集中するように何度も原稿を見る。

 すでに原稿を手に取り数十分。美和は一言も話すことなく、何度も受け取った原稿は最初から最後まで読み直している。

 時折、佳祐や刑部姫が反応を伺うものの、それにすら一切反応がない。

 いいのか、悪いのか、そのどちらでもないのか。

 あまりの反応の無さに不安になる二人であったが、やがて美和が手に持った原稿を机に置く。


「ふーーー……」


 息継ぎのように長い溜息を一つ吐くと、次の瞬間美和は瞳をカッと大きく見開いて二人に宣言する。


「面白い!!」


「! 本当ですか、美和さん!」


「それでは――!」


「ああ。この原稿なら行ける。次の連載会議、間違いなく他の担当達も納得するはずだ」


 自信を持ってそう宣言する美和に佳祐も刑部姫も思わずその場で立ち上がり、ハイタッチをする。


「やったな、佳祐!」


「こちらこそ! 刑部姫のおかげだよ!」


 はしゃぐ二人を温かい目で見守る美和。

 しかし、それもそのはずであり美和の考えが正しければ次の連載は彼らのこの漫画で決まりである。

 今回の連載会議にはそれほど有力な漫画が揃っておらず、ほとんどが無名の新人、あるいはネタ出しのために出されたような読み切りの漫画ばかり。

 しかし、その中にあってこの二人の描いたこの漫画は即新連載で掲載しても問題ないほどの出来であった。

 前回の結末があんなことになってしまったために、今回こそはこの二人の制作に成果を与えたいと思う美和。

 そのまま原稿を封筒に入れ、明日の連載会議に回そうとしたまさにその瞬間であった。


「おお、これはこれは久しぶりじゃな。刑部姫、それに……佳祐と言ったか?」


 突然、二人の耳に聞き覚えのある声が聞こえる。

 慌てて振り返るとそこに立っていたのは忘れようもないとある老人の姿があった。


「道山……」


 刑部姫がその名を呼ぶと道山は「カッカッカッ」と面白そうな笑いを上げる。


「その様子を見ると、どうやら漫画を完成させたようじゃな。さしずめ明日の連載会議に出すつもりかの?」


「そうじゃが、それがどうしたのじゃ?」


「ふむ。そうか、それは残念じゃ……」


 刑部姫の返答になにやら申し訳ないと言った様子で首を振る道山。

 一体どういうことかと佳祐も気になると、道山から返ってきた答えはとんでもないものであった。


「明日の連載会議。儂も漫画を出させてもらったのじゃ。例の『戦国千国』のコミカライズを担当してくれる漫画家がようやく見つかってな。ほれ、これがその原稿じゃ」


「なっ!?」


 そう言って道山が右手に掲げたのは原稿が入った茶色い封筒。

 それを見せびらかしながら、道山は佳祐と刑部姫を見ながら、その口元に三日月の笑みを浮かべる。


「残念じゃが、明日の連載会議。お主達には落ちてもらうぞ。新連載はこの道山の――『戦国千国』が頂く」

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