第30話 城化物
刑部姫。
かつて『城化物』とも呼ばれたそのあやかしは姫路城に住み着いたあやかしであった。
いつの頃からそこにいたのかは知らないが、天守閣に住み着く狐のあやかしとして普段は人から身を隠し暮らしていた。
当初はただ隠れ潜むだけのあやかしであったが、どういった感情の変化があったのか、刑部姫は当時の城主と出会い、その城における運命を告げたという。
刑部姫の能力には、住み着いた城が今後辿るであろう未来を少しだけ覗き見する力があった。
それは城の今後だけでなく、その城に住まう者達の未来も見ることができた。
この時、刑部姫が告げたのは城の未来と、城主の未来。
城主は子宝に恵まれ六十を過ぎた頃に亡くなるだろう。
だが、この城は遥か未来においても存在しており、三百年以上の月日が経っても今の外観を宿したまま、いやそれ以上に磨きがかかった姿のまま城は有り続けると告げた。
城主はそのあやかしの言葉に一瞬驚いたが、自らの城が遥か未来において残るという予知に喜んだ。
またあやかしの言葉通り、子宝に恵まれ、城主は自らの城に住まうこの城化物を守護霊として祭り上げた。
その後、その城主の子、孫、子孫に至るまで城化物に対する感謝の気持ちを込めながら天守閣に住まう刑部姫に祈りを捧げた。
そうして、彼女は一年に一度姿を現し、その当時の城主に未来を告げた。
しかし、刑部姫が告げる未来は時にあやふやであり、良いものもあれば悪いものもあった。
最初の頃は良きお告げを告げられれば城主は喜び、悪いお告げの際には致し方ないと、これを受け入れた。
だが、代が重なるごとに、この刑部姫が告げるお告げに疑問を感じる者が現れた。
果たして、このあやかしが言っていることは真実なのか?
本当に未来が見えての言葉なのか?
あるいは、このあやかしが口にすることで、それが災いとなり、自分達に降りかかっているのではないのか?
凶兆の未来を告げられる度にその代の城主達はそう思い始め、いつしか刑部姫からの予知も吉兆よりも凶兆が増えるようになった。
無論、そうなったのは単にその時代における不運が続いただけだが、告げられた城主からしてみれば、そんなことは関係なかった。
自らが治める城に訪れる災厄。
悪天候による不作、干ばつに災害。戦に疫病。
数々の災いが刑部姫の口より告げられ、それらが実現されるたびに多くの死や悲しみが城を襲った。
ある時、城主が自らの子の未来を刑部姫に訪ねた。
この子は未来においても健やかに自分の跡を継いで立派な城主となれるのかと。
だが、刑部姫が見た未来はあまりに残酷なものであった。
その子は近い未来――ひと月もせぬ内にこの世を去る。だから、今のうちに好きなことをやらせ、今生の別れをしておくべきだと。
そう告げた刑部姫に対し、城主はなんたる無礼な予言かと城化物を罵倒し、立ち去る。
だが、それからまもなく城主の子は病にかかり、ひと月もせぬ内にこの世を去った。
城化物の予言の通り、城主の子は死んだ。
だが、城主はそれを予言とは受け取らなかった。
これはあのあやかしが――『城化物』が自分の子にかけた呪いだと。そう思い込んだ城主の行動は早かった。
これまで幾度となく、城の未来を覗き、歴代の城主達に様々な助言、未来のお告げをしたにも関わらず、その城主は刑部姫を――城化物を、この姫路城から追い出すべく祈祷師、陰陽師、僧侶。様々な術師を呼び、刑部姫を追い払った。
人のため、あの城の城主のために、良かれと思い成していた行為。
だが、最後には人間側の勝手な解釈によって住む場所を追われた刑部姫。
その後も様々な場所を転々と渡り歩いては一時の宿や、定住するべき城を見つけるが、そこでも単に『あやかし』というだけで人間から迫害を受け、追い出される。
あるいは姫路城のように、一宿一飯の恩を感じた刑部姫がこれから起きる未来、不幸を注意勧告したつもりが『呪い』だと言われ、何度も追い立てられた。
あてもなく各地を彷徨っていた頃、同じように人里から逃げていたぬらりひょんと出会う。
その出会いは僅かなものであったが、ぬらりひょんは刑部姫が受けてきたこれまでの経緯や迫害を理解し、ただ一言「あやかしに今の人の世は辛すぎる」と告げ、別れた。
そこからは何度となく定住と避難を繰り返し、今に至る。
今の新しい鉄の城――マンションとやらに住むことで、ようやく安住の地を得た刑部姫。
だが、そこで出会ったのは『漫画』なる世にも奇妙ながらも、自分の目を捉えて離さぬ不思議な魅力あふれる本。
己もそれを描いてみたいと告げた時、男は言った。
自分と組んで、漫画家を目指そうと。
かつて、そう言って自分と組んでこの城に住まい、未来を見てくれと言った城主がいた。
その彼らに裏切られた刑部姫であったが、目の前の男の瞳にはこれまでの城主達とは違う、利己のみではない光を見た――そんな気がした。
だからこそ、その手を取った。
だが、今彼女の内に僅かな疑惑の影が生まれる。
かつて信じて未来を告げていた城主達に裏切られたように。
彼も――佳祐も、あの城主達のように未来を見る力の代わりに、漫画を描く画力だけを利用されているのではないのか?
そんな疑惑が刑部姫の中に生まれつつあった。
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