第10話 大先生へのアシスタント
「なるほどね。刑部さんって言うのね。で、下の名前は姫。姫なんて、可愛い名前~! ちょっとキラキラネームっぽいけど、姫ちゃんにぴったりの可愛い名前じゃない~!」
「誰が姫じゃ。わらわを呼ぶときはちゃんと刑部姫と呼べ」
そんなこんなで担当の魔の手から逃れた刑部姫。
彼女を加えて改めて三人での打ち合わせとなった。
「それで美和さん。今回の原稿ですけど、どうですか?」
「うーん、そうだねー」
原稿の話に戻ると、先程までのふざけた態度も引っ込め、改めて担当者としての顔で原稿を確認する美和。
これまでも連載に向けていくつかのネームや原稿を持ってきたが、その度にダメ出しをされ、すんなり連載になったことがない佳祐。
当然今回もまずはダメ出しから入るだろうと身構えた瞬間であった。
「面白い」
「……え?」
「文句なしに面白い。今回については私のダメ出しも必要ないくらい」
だが、そんな佳祐の構えをあざ笑うように美和はあっさりとオーケーを出した。
「君の漫画は前から話自体はよかったんだ。ただ絵があまり上手くなかったら、真剣な場面でもどうしてもギャグの印象が出てしまう。だから漫画もギャグ寄りというかラブコメやそうした日常系によるしかなかった。けれど、今回のそっちの姫ちゃんが作画を担当したことで作品全体の質が上がっている。絵がうまい。実はこれだけでも漫画としてはかなり強力な武器なんだ。たとえ話がイマイチでも画力が高ければそれは漫画として売れるポイントとなる。君の場合、話の骨格がしっかりしているから、姫ちゃんの作画と合わせれば、これまでギャグにしかならなかった場面でもシリアスで行けるし、なにより今まで画風でやれなかったジャンルにも挑戦できる。これは強みだ。しかも、今回の話は一見バカバカしい設定だが、シリアスにも展開できる。姫ちゃんのイラストがそれにすごく活きてる。うん、行けるよ。今回のこれ、今までの中でも一番ヒットを飛ばせそうな掴みがある!」
そう言ってこれまで褒められたことのないようなセリフで佳祐の原稿を持ち上げる美和。
そんな思わぬ感想に呆気にとられる佳祐であったが、すぐに身を乗り出すように美和に顔を近づける。
「と、ということはこれすぐにでも連載できますか!?」
「落ち着け。そんなすぐには連載にはできないって知ってるだろう」
しかし、そんな佳祐を落ち着かせるように美和は席に座るように促す。
「まず連載するにはこの原稿をうちの連載会議に出さないといけない。そこで複数の編集と編集長の許可が降りてようやく連載だ。ちなみに連載会議はつい昨日やったばかりで次の連載会議は早くても来月だ」
「そ、そうですか……残念です……」
美和からの感想もあり、今回の原稿には自信のあった佳祐だが、そういうことなら仕方がないと肩を落とす。
だが、そんな彼を元気づけるように美和は笑顔で原稿を手に取る。
「とはいえ、この出来なら次の連載会議はまず間違いなく通ると言っていいぞ。まずは読み切りで試すという手もあるが、他の編集や編集長の判断がよければ、これをそのまま第一話で連載に持っていけるかもしれない。というわけで君達にはここから先の数話分のネームを描いて欲しい。出来るかな?」
「! は、はい! もちろんです!」
「おお、『ねぇむ』か。知っているぞ。白い紙にざーっとした感じの絵でどんな物語かって描くやつじゃろう? しかし、ネームならば儂のすることがないのぉ……儂は原稿をする係りのようじゃから」
そう言って残念がる刑部姫であったが、そんな彼女に対し美和は「チッチッチッ」と首を振る。
「いいや、ネームでもそっちの姫ちゃんに絵を描かせてくれ。一度佳祐が全体のネームを描いて、それを姫ちゃんがまた彼女のイラストでネームに起こしてもらう。二重の手間になるかもしれないが、多分そのやり方のほうがうまくいく。なによりも一度姫ちゃんの下書きで全体を確認した方が、こちらとしてもコマ割や構図の指示が出てきていい。というわけで、姫ちゃんもネーム作業お願いできるかな?」
「もちろんじゃ! そういうことなら任せるがよい! 漫画がかけるのならそれに越したことはない!」
美和からの宣言に大きく胸を叩いて頷く刑部姫。
そんな彼女を見た美和は再び「姫ちゃん可愛いー!」と抱きつくのだが、すぐさま刑部姫より「ええい! 離さぬかー!」と拒絶されたのは言うまでもない。
「それじゃあ、早速部屋に戻ってネーム作業に入りますね!」
「ああ、ちょっと待て。佳祐」
打ち合わせが終わり、そのまま帰ろうとする佳祐であったが、そんな彼を美和は引き止める。
「? なんですか? まだ原稿について何か?」
「いや、そうじゃないんだ。ネーム作業を頼んでおいてなんなんだが、君今って時間空いてるか?」
「はあ、そりゃまあ、今のところそのネーム作業くらいしかやることないですから」
なにせ連載してないので、と少し自虐めいたことも言うが、そんな佳祐からの返答を聞き、美和は笑顔を浮かべる。
「そっかそっかー! なら一つ頼みがあるんだが、お願いできるかー?」
「はあ……内容にもよりますが……」
笑顔のまま佳祐に肩を組む美和。
こういう場合、大概無茶な要求をしてくることを佳祐は経験上知っていた。
「おいおい、そんな警戒するなよ。ちょっとしたアシスタントの頼みだ」
「アシスタント? オレにですか? でも、オレ連載目指してますから長期のアシは……」
「わかってるわかってる。こいつは一時的なアシスタント。いわゆるヘルプだ。一週間ばっかり、ある先生の原稿の手伝いをして欲しいんだ。勿論、その間のアシスタント料は出る。お前、今連載も止まって完全無職の収入源ゼロの状態だろう? 一週間ばっかりのバイトになるけれど、案外いい話じゃないか?」
「そう言われれば確かに……で、その先生ってのは誰ですか?」
問いかける佳祐に美和はすぐ近くにあった『月刊アルファ』の雑誌を手に取り、その表紙に描かれた『アニメ化決定!』と文字が打たれた漫画を指す。
「聞いて驚け。我が月刊アルファの看板作品、『あやかしロマンス』の南雲(なぐも)周一郎(しゅういちろう)先生だ!」
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