第5話 そのあやかし、話作りは滅茶苦茶であった

「し、ショックだ……。絵を書き始めた素人にデッサン、画力で負けるなんて……」


「まあ、素人と言ってもわらわはあやかしじゃ。こう見えて何百年も生きておる。これも経験のなせる才能じゃのぉ」


 うんうんと頷く刑部姫の隣ではうちひしがれた佳祐の姿があった。


「というか、こういってはなんじゃがお主、話は面白いのじゃが絵は少しいい加減じゃのぉ。ほれ、このコマのこの絵とか明らかに腕が変な方向に曲がっておるぞ。あと、このポーズも人体の観点から言うとおかしいぞ。このような動きなどできないぞ。あと、この走ってるコマも踊っているようにしか見えぬぞ」


 グサグサと佳祐の体に突き刺される言葉の刃。

 だがそれらは佳祐が気にしているからこそ、刺さる言葉であり、刑部姫の漫画を見る目は確かであり事実を伝えていた。


「……そう、なんですよね……。実はオレの漫画、担当や読者からも言われてるんですけど絵が……下手くそなんです……」


 ばたりと手に持った原稿を落とし倒れる佳祐。

 その原稿を拾う刑部姫は「うーん」とうなり、そこに描かれた絵を見る。


「確かになんというか……人物の頭と体の均衡がおかしいのぉ。変に腕だけ大きくなったり、あとお主の漫画を見ていて気になったのじゃが主役の髪の毛がどの方向を向いてても同じなのは何故じゃ? 正面、真横と髪型が全く変わらないのは不自然じゃろう。この髪型ならば正面はこう、横向きならこうなるのが自然ではないか?」


 とパラパラと刑部姫はその場で紙に主役の髪を描き、正面と横向きの違いをキッチリと書き分ける。

 なお、それを見た途端、佳祐は再び血を吐いて倒れた。


「う、ううっ……妖怪にデッサン力で負けるなんて……」


「なるほど。これをデッサン力というのか、ふむふむ。というこは佳祐よ! お主の漫画はこのデッサン力がなっておらぬのじゃ!」


 ビシリとトドメを告げられ、佳祐は後ろ向きに倒れる。

 そうなのだ。これまで彼の漫画が打ち切られた要因の一つに彼のデッサン力のなさ、イラストの下手さがあった。

 読者アンケート、またはファンレターなどでも、それらを指摘され、彼自身、必死にデッサン力やイラスト能力をあげようと必死になった。

 が、染み付いたイラストは思うように上達せず、彼の画力が連載中に上がることはなかった。

 そして、その画力の低さからも現在、新連載をさせてもらえずにいたのだ。


「う、ううううっ……オレに刑部さんくらいの画力があれば新連載の立ち上げもできるのに……」


「ふっふっふっ、どうやらわらわはいわゆる天才というやつかもしれぬな」


 そう言ってドヤ顔でペンを握り笑う刑部姫。だが、そんな彼女に対し、佳祐は先ほど彼女が描いた短編の漫画、ネームを見ながら呟く。


「……でも話作りは滅茶苦茶ですね」


「うっ!?」


 その佳祐の一言に刑部姫は胸を抑える。


「これ……話、桃太郎ですよね? でもいきなり桃から桃太郎が出るのはいいんですが、お供の部分はしょって次のページでいきなり鬼を退治してますよ。前後の話が飛びすぎな上に滅茶苦茶です。あと最後もなんかすごい投げっぱで終わってるんですが……」


「し、仕方ないじゃろう! そんないちいち話の説明など面倒くさいわ! わらわは描きたいところだけ描きたいのじゃ!」


「にしてもこれはやりすぎですよ。というか桃太郎をここまで支離滅裂に描ける人初めて見ましたよ」


「え、ええい! うるさい! 話作りとかよくわからないのじゃー!」


 佳祐からの的確な突っ込みにそう叫ぶ刑部姫。

 やがて、自分の弱点を認めるのか力なくうなだれながら頷く。



「……まあ、確かにお主の言う通り、わらわには話作りのセンスがない。絵は描けるのじゃが肝心の話がなー……。まあ、お主の漫画は逆に絵はそこまででもないが話自体はとても面白いからのぉ。逆に言えばその話に絵が付いて来ていない状態か」


「ですねー。ははっ、オレ達二人共、絵と話。その片方が欠如しているから漫画としては不完全な感じですね」


「じゃなー。逆に言えば、その片方が埋まれば漫画として完璧な形になりそうじゃな。奇しくもお互いに欲しいものの才能を相手が持っている状態じゃなー。儂にお主のような話を考える力があれば完璧じゃったなー」


「それを言うならオレの方こそ刑部さんの画力が欲しかったですよー。そうすれば人気漫画家かも夢じゃなかったですよ」


「確かにそうじゃなー。はははははっ」


「ですよねー。あははははははっ」


 笑い合うことしばし、二人は「ハッ」と何かに気づく。


「刑部さん!?」

「佳祐!?」


「オレが話を考えるから刑部さんが絵を描くのはどうですか!?」

「わらわが絵を描くからお主が話を考えるのはどうじゃ!?」


 全く同時にしかも、互いに同じ考えを言い合い、それを言い放つと同時に二人の顔に満面の笑みが溢れる。

 その後、二人は迷うことなく握手をしあい、互いの得意分野を活かす漫画制作をすることとなった。

 それは原作:田村祐介、漫画:刑部姫という、人間とあやかし二人の種族が織り成す原作と作画、二つの種族の合わさった、かつてない漫画家の誕生でもあった。

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