第4話 そのあやかし、画力は天才的であった

「なるほど。まずはこの白い紙に『ねえむ』なるものを描いて、それで物語を作っていくのか。で、それができたらこちらの『原稿』なるものに下書きをしてペン入れをして、それで漫画を完成させていくと」


「まあ、大まかに言えばそんな感じです」


「なにやら面倒じゃのぉ。一つの作品を作るのに二度三度と同じ絵を描くのか? その『ねえむ』とやらでペン入れなるものをすれば早いのではないのか?」


「そういう問題じゃないんですよ。漫画っていうのは絵もそうですけど、物語を見せていくんです。その物語が面白くなかったら完成させる意味がないでしょう。だから、まずはその物語を作って面白いものかどうか確認する。それがネームであり、ある意味一番大事な製作過程なんです」


「ふぅむ、分かった。ではそのネームとやらから初めてみるとするか」


 漫画の制作について刑部姫にレクチャーをする佳祐。

 その後、ネーム作業に取り掛かる刑部姫であったが真っ白な紙を前にして微動だにしない。

 どうしたのかと佳祐が声をかけると。


「……話ってどうやって描くのじゃ?」


 根本的なことが出来なかったようで、思わず佳祐は肩からずり落ちた。


◇  ◇  ◇


「うーんうーん、話とやらが浮かばないー。そもそもわらわは何を描けばいいのじゃー」


 それから数時間。

 未だに白い紙を前に呪文のように同じようなセリフを言い、悩み続ける刑部姫。

 初めて漫画を描く者ならば、誰しもが陥る最初の難問に佳祐もどう助言していいものかと悩んでいた。


「まあ、この場合は描きたものを描くのがそれにあたりますが……刑部さんって描きたいものってあります?」


「か、描きたいものか……う、うーん、あえて言えばお主が描いてるような漫画?」


 あー。と思わず声に漏らす佳祐。


「そ、そうですね。じ、じゃあ、これまでの自分の体験を漫画にしてみるとか?」


「体験か? それなら色々あるぞ! 姫路城に住んでいた頃、陰陽師と戦って追い払われたとか! 行く先々でもあやかしと分かった途端、人々から恐れ怖がられ、挙句の果ては虐待混じりの石を投げつけられて、最後は呪符や陰陽術で追い払われて――」


「あー、それもやめておきましょう。なんかネガティブな話になりそうですし」


「となると何を描けばいいのじゃ? さっぱりわからんぞ」


 悩む刑部姫に佳祐も一緒になって悩む。

 すると何かを閃いたのか佳祐が両手を叩く。


「いっそのことまずはイラストから描いてみたらどうですか?」


「イラストから?」


「はい。漫画もまずは好きなイラストを描くことから始まりますから」


「そうか。ではわらわはお前の漫画の絵を描きたいぞ!」


「はは、分かりました。それじゃあオレの漫画を見て、それを好きなように描いてみてください」


「うむ!」


 キラキラと目を輝かせる刑部姫に佳祐は自分の漫画を手渡す。

 その後、しばらくそれぞれに作業をする二人であったが、ふと刑部姫が何かを気になり佳祐へと質問をする。


「佳祐よ。ここのイラストなのじゃが、この者の服装はどうなっておるのじゃ? これだと明らかに重量に逆らった服のデザインになるぞ」


「え? どれです?」


「これじゃ」


 刑部姫が差し出した紙を見て、そこに描かれた刑部姫のイラストと自分の漫画を見た佳祐は一瞬、沈黙する。


「…………刑部さん」


「なんじゃ?」


「あなた……オレより上手くないですか」


 そこに描かれた刑部姫のイラストは、元となった佳祐のイラストよりも遥かに綺麗に描かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る