第2話
「それじゃあ転生の準備はじめるから……」
すっかり大人しくなってしまったアルルカは、まるで魂が抜けたかのような死んだ目をして準備に移った。なにやら虚空を指でなぞったり叩いたりしている。
「おう」
俺はそんなアルルカの様子を見るが、別にやりすぎたかな~、とか負い目を感じることはない。そもそもあいつがアホで無能な癖に偉ぶるから悪いのだ。
「転生する前に、先に君に伝えておかないといけないことがある」
「なんだ?」
「君をそのままのメタルスライム族として転生させることが出来ない」
「なんだと?」
ギロリ、と睨み付けるとアルルカは「ひっ…」と悲鳴をあげて咄嗟に頭を手で隠す。
「こればかりは神界の掟なんだ……。同じ種族で転生させることは禁止されている……」
しゃがみこんでプルプルと震える様はまるで子犬のようだ。これはこれで見ててなんかムカつく。
「……まぁいい。仮にメタルスライムに転生したところで勇者を倒すことは出来ないからな。前世の二の舞だ」
特にこだわる部分でもないので、さっさと話を進めようか。
「他にはなにかあるのか?」
「あとはなにか要望があれば聞いておこうか」
ふ~む、要望か……
そうやって少しの間考えていると、俺はあることを思いついた。
「おい無能、おまえはさっきメタルスライム族には転生出来ないと言ったな?」
「うん」
「なら、別種族でもメタルスライムの特徴を引き継いだまま転生することは出来るか?」
「《スキル》という形にはなるけど、それでよかったら」
「ほう、なら出来る限り特徴を引き継げ。それと転生先の種族だが、俺は人間は好かない、魔物にしてくれ」
「うーん、魔物や魔族は色々めんどうなことになるから、それじゃあエルフはどうだい? 長い耳を持った亜人族だよ」
「構わない」
「とすると……、メタルスライムの《スキル》だけど、転生したときに全て一度に引き継ぐことはできないけどいいかな?この場合だと転生先で成長するごとに《スキル》を少しづつ獲得するしかない。それと、現在の君の記憶も始めから持つことは難しい、今の君の人格はしばらくの間眠っていてもらい、それまでの間は幼少期の人格で生活してもらうよ」
「なんでもいい、さて、もういいんじゃないか?さっさとはじめてしまおう」
「わかった、それじゃあ10秒後に転生するから」
準備が終わったのか、アルルカが手を止めてそう言うと、俺の足元に大きな魔方陣が出現する。
俺はそこで無能神に一つ教えてやろうと考えた。
「あぁ、そうだ」
「?」
「おまえの考えを推理で言い当てたと言ったが、あれは嘘だ。おまえの態度が気に入らなかったから、デタラメにかまをかけてみただけだ」
ニヤリとそう言って見せると、それまで意気消沈していたアルルカの表情に怒気が満ちはじめた。
「くそが!!!おまえろくな死に方しないぞ!」
彼女は血相を変えて怒鳴り散らす。
「ハハハハハハ、死ぬ前に無事勇者を倒せるように祈っとくんだな」
残念ながら、ろくでもない死に方なんてのは既に経験している。俺は軽口を言ってアルルカの言葉を笑い飛ばしてみせた。
「じゃあな無能」
そう言うと、俺の意識はプツンと途切れた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「カールーラー!おーきーてー!」
人が気持ちよく寝ていたというのに、ゆっさゆっさと誰かが僕の体を揺らして起こしてくる。
誰だ僕の眠りをさまたげるのは?
「う~ん、あと30秒~」
「30秒だったら今起きても一緒でしょー!」
その声を聞いてやっと分かった、これは幼馴染みのエミリアの声だ。
エミリアだと見逃してはくれないな。そう思って僕は諦めて起きることにした。
「んー、おはようエミリア」
僕はのそりと身を起こして、眠くて仕方ない目を擦りながらそう言った。
「おはよう、じゃないでしょ!カルラ今日がなんの日かわかってる!?」
爽やかな朝のうちから張り上げた声で詰め寄る少女の名はエミリア・リードヴィーケ。先程も言ったとおり僕の幼馴染みで、肩に届かないくらいの長さの綺麗な金髪と澄んだ碧色の瞳が特徴の可憐な女の子だ。家はエルフ族の名門リードヴィーケ家で、僕の家と彼女の家は10代以上前からの付き合いだ。
おっと、自分の紹介がまだだった。僕はカルラ、カルラ・セントラルク。
由緒正しきエルフの貴族、セントラルク家の末裔だ。見た目の特徴?そうだな……。毛量の多いモフモフした艶のない銀髪と、野暮ったく気だるげな三白眼、生気があるのか疑われそうになるほどの白い肌が特徴かな……。
それはまぁ置いといて、僕はエミリアの質問に答えなければならない。
「ん?今日?それはもちろん僕達の誕生日……」
「そーよ!あなたとリインの誕生日!それに今日は二人の聖儀の日!」
そう言われて僕は、ついアッと声に出してしまった。
「あー!カルラやっぱり覚えてなかったのねー!」
「ち、違うよ!昨日お父様に言われてちゃんと覚えてたよ!」
「でも今、アッて!」
「誤解だよぉ」
「まぁいいわ!それよりカルラ早く身仕度したほうがいいわよ!聖儀をする教会へ行くために皆もう下で集まってるんだから!」
そう言うと、エミリアはさっさと部屋を出ていってしまった。というか、彼女はなんで家に来ているんだろうか。
「わかったよ!すぐ降りる!」
まぁ、今はそんな考え事をしている暇もなく、エミリアの忠告を受けて僕は急いで身仕度に取り掛かった。
この世界では、ヒト族やエルフ、獣人などの亜人族は、種族や国、文化関係無く、10歳の誕生日を迎えると『聖儀』という教会に赴き守護神アルルカ様からの祝福を受ける風習がある。
祝福、というのにも色々意味が内包されている。一つは、健やかに育ち10歳の誕生日を無事迎えれたことに対する祝福。
もう一つは、アルルカ様がその記念に職業を授けて下さるという意味での祝福だ。
アルルカ様の授けて下さる職業は絶対で、僕らは皆それを拒むことなく受け入れなければいけない。
こう言えば聞こえは悪いかもしれないが、別に誰も仕方なく従っているわけではない。
アルルカ様の授けてくださる職業は、結果的にその人の幸せを約束してくれる。だから皆、神の祝福は喜んで受け入れているんだ。
そして今日、10歳になった僕は『聖儀』を行う。今日が僕にとって大事な大事な人生のターニングポイントなわけだ。
「おはようカルラ、心の準備は出来ているかい?」
僕が階段に降りるなり、居間のソファに腰かけた父シャーディーは優しい表情でそんなことを言う。
「おはよう御座いますお父様、ご心配無く、覚悟は出来ています」
エミリアと話していたときは年相応の無邪気な口調だったかもしれないが、父や母の前ではそういうわけにはいかない。幼い頃から、言葉使いは厳しく教えられてきた。
なので、両親や大人の前だと自然と言葉使いが改まってしまうのだ。
「そうか、ならよかった。まぁ不安になることはない。おまえは由緒正しき炎魔法使いの一族、セントラルク家の跡取りなんだから職業は私と同様〈魔導師〉に決まっている」
父はフフッと微笑んで、紅茶の注がれたティーカップに口をつける。
「そうですよ。カルラは私とお父さんの子、今日は胸を張っていきなさい」
そう言ってエプロン姿で現れたのは僕の母、シーシアだ。
母はセントラルク家に劣らないほどの立派な家柄の出身で、今では家庭に従事しているが結婚する以前は優秀な魔導師だったらしい。
「おはよう御座いますお母様」
「おはようカルラ、ダイニングにご飯の用意できてるから、教会に行く前にぱぱっと朝ご飯食べちゃいなさい」
「はい」
そうして僕がダイニングのテーブルで一人食事をしていると、ドカッと向かいの席に誰かが座ってきた。
いや、誰かなんてわかってる。こんな乱暴な振る舞いをするのはアイツしかいない。
「よぉカルラ目覚めはどうだ?」
行儀悪くテーブルに肘をついて、そんなことを言う少年の名はリイン・セントラルク。僕の双子の弟だ。双子なだけあって外見の特徴はそっくりだが、細かいところを見れば、挑発的な目付きや下品につり上がった口と、とても同じ10歳とは思えない悪党のような顔つきをしていて全然違うのがわかる。
それになにより、僕らは性格が全く異なる。自分で言うのもなんだが、僕はマイペースでどこか抜けた、争いを好まない大人しい性格をしているのに対して、リインは狡猾で自分勝手で乱暴。それに加えて野心の強い、そんな性格をしている。
全く、同じ双子でどうしてここまで違うのか。
「おかげさまで快眠だったよ、エミリアも起こしに来てくれたしね、文句の無い朝だった」
「ほぉ?それは自慢のつもりか?」
「さぁ、どうだろうね」
話しながらも食事の手が止まることはない。二人の間に沈黙が起きたとき、カチャリ、と皿にナイフの当たる音が響いた。
ちなみに、虚勢を張っているが実のところリインはエミリアに惚れている。
本人は誰にも気づかれていないと思ってるし、エミリアもその好意に気づいてはいない。
周りからすれば結構わかりやすいんだけどなぁ。
さっきも冗談のつもりで言ってみただけなのに、あからさまに敵意を向けられてるし。
え?僕はエミリアのことどう思ってるのかだって?う~ん、確かに見た目は可愛くて、中身も元気で明るくて優しくて、ちょっと勝ち気なところを除けば嫌う要素は無いんだけど、特に意識したことはないかなぁ。
「チッ、気に入らねぇなぁ?初級魔法もろくに使えないくせによぉ!?」
リインはいきなり立ち上がったかと思えばバンッと盛大に机を叩いた。
ガタガタッと、それにともない食器の揺れる音がする。
ま、こういうことさ、リインは短気で気に入らないことがあったらすぐにキレる。兄として付き合うのも色々疲れるよ。
僕は短くため息をついて、構わず食事を続けた。
「おい、無視してんじゃ……」
リインはそう言いながら、指の先から小さな炎を生み出した。
〈ファイアーボール〉炎属性初級魔法の一つだ。
リインがその火の玉を投げつけようとしたとき、彼の後頭部に一振りの拳が打ち降ろされた。
「ってぇ!?」
「こらリイン!なにしてるの!?ケンカはダメってあれほど言ってるじゃない!」
その拳の持ち主はエミリアだった。リインを殴り付けるなり、早速説教がはじまる。
さすがのリインも惚れてる女の子には敵わない。言い訳を並べるばかりで、いつもの調子はどこへいったのやら。
「あの、申し訳無いんだけど説教は違う部屋でしてくれないかい?食事は静かにしたいんだ」
「あらごめんなさい!気遣いが足りなかったわね!それじゃあ私達は向こうの居間で待ってるから、また後でね!行くわよリイン!10歳にもなってこんなんじゃ私心配だわ!」
「くそォ!カルラおまえ後で覚えとけよ!!!」
エミリアはリインの首根っこを掴んではズルズルと引っ張って隣の部屋へ出ていく。
そのリインはなにやら捨て台詞を吐いているが、むしろそれが滑稽で仕方ない。
二人が出ていってしばらくしてから食事を終え居間に向かうと、父と母、そしてリインとエミリアが集まっていた。
僕もそこに混ざり、五人揃って教会に向かった。
「って、なんでエミリアがついてきてるの?」
「あら、いけない?幼馴染みの『聖儀』よ?気になるじゃない」
エミリアに堂々とそう言い切られてしまうと、僕はもう何も言うことは出来ない。残念なことにエミリアに逆らえないのは僕もリインも同じだ。
「エミリアちゃん、そうは言っても大したことはないと思うよ?カルラもリインも、〈魔導師〉になることは決まっているようなものだ」
「それは分かっていますけど、でもこういう空気感って一緒に味わいたいじゃないですか!ちょっと緊張しちゃってる二人を見るのも面白いですし」
そう言って、エミリアはジト目をこちらに向けながら様子を伺ってくる。
確かに、僕は少し緊張しているかもしれない。
「……」
リインも少し緊張しているようだ。いや、さっきから会話に混ざってこないあたり、これは相当緊張しているな。
そう思いながらついしばらくリインの顔を見ていると、リインもこちらに気づいたようで少しだけ目が合ってしまう。しかし、まるで見んじゃねえよとばかりに睨まれたので視線をもとに戻した。
もしかたらさっきのことで機嫌が悪いだけなのかもしれない。
というか、今は弟の心配なんてしている場合じゃない。
正直言って、僕は〈魔導師〉の職業を授かる自信がない。それはまぁ色々理由があるんだけど、さっきリインが僕に言ってた初級魔法もろくに使えないというのも理由の一つだ。
それじゃあ、皆にもわかるように僕の出来損ないエピソードでも紹介していこうか。
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