第81話 黒スーツたちが慕う者の件について
――【東京・特区・
ここは世界がダンジョン化していく過程で設けられた特別な区画。
足を踏み入れることを許されているのは、総理と彼の許可を得た者、そして『持ち得る者』たちだけである。
まだ小さな居住区ではあるものの、すでに多くの住人が住む領域と化していた。
その一画に桜の木で囲まれた敷地があり、そこでは何かを建設予定なのか、幾つもの重機や人が目まぐるしく動き回っている。
そこから少し離れた場所に教会が建てられており、その中からは響くような怒声が聞こえてきた。
「くそがぁっ! くそくそくそくそくそくそがぁぁぁぁぁっ!」
設置されている椅子を蹴っては破壊してを繰り返しているのは、先日【榛名富士】に現れた黒スーツの一人――赤夏宗介である。
物凄い怒りの形相で、手当たり次第に破壊の限りを尽くしていた。
そんな宗介をよそ目に、壁際で肉まんを食べているのが黒スーツの女――響音々子である。こちらは我関さずといった感じで、宗介の暴走なんて気にしてもいない。
「ちょっとは落ち着いたらどうよ~、宗介くぅん?」
そんな宗介に声をかけたのが、彼らと一緒に巨人捕獲の任務を行っていた美堂士郎だ。
「うるさいっ! それよりもこの俺をコケにした奴を本当に見てないのかっ!」
彼は、いや、彼らはあの場に助けに来た六門の姿を見ていない。
故に宗介が一人でいきなり吹き飛んだという不可思議な現象を目にしただけなのである。
だが宗介は、自分のことだからか殴られたというのは理解しているらしく、あれからずっと犯人を捜しては、見つからないことに苛立っているのだ。
ただ彼がこうも激昂しているのは、他にも理由がある。
「くそっ! 巨人も捕獲できず、新しい『持ち得る者』も入手できなかった! これでは何のために群馬まで向かったのか分からないじゃないかっ!」
彼は一つも任務を全うできなかった自分に対しても憤りを覚えているのである。
「いやまあしょ~がないでしょ。アレは今のおじさんたちじゃど~しようもできない存在だったしねぇ~。ねぇ、音々子ちゃん?」
「名前で呼ばないで。話しかけないで。……汚れる」
「何が!? 何が汚れるの!? おじさんってばこう見えてちゃんとシャワー浴びてきたんだよぉ!」
「……気持ち悪い」
辛辣な音々子の言葉に、「ぐはぁっ!?」と倒れ込む士郎。
するとそこへ――カツ、カツ、カツ。
静かに床を叩く足音が聞こえてくる。
その場にいた全員がハッとなり、背筋を伸ばして立ち、祭壇の方へ向き直った。
白髪に白いスーツと、白一色を纏った人影がゆっくりと祭壇の前に立つ。
いや、その人物だけではない。その両隣にも黒スーツを纏った二人の人物が何も言わずに立ち尽くしている。
少しの沈黙が走り、場に緊張感が募っていく。
そんな中、ようやく口火を切ったのは白スーツの人物だった。
「報告は聞いたよ。任務を失敗したらしいね」
その凛とした声音を受け、宗介は真っ青になって、
「も、申し訳ございませんっ、
跪きながら嘆願する。
そんな宗介にゆっくりと近づく啓主と呼ばれた者は、宗介の肩にポンと手を置く。
「君はどのような失敗でも、決して他人のせいにはしない。そういうところが僕が気に入っている部分でもある。だから――許そう」
「!? ほ、本当でございますかっ!」
「うん。きっと君なら、次こそは大成功を収めてくれるだろうからね」
ステンドグラスから入ってくる日差しを受けて逆光になっているものの、啓主が穏やかに笑っている様子は窺える。
「あ、ありがたきお言葉です! この赤夏宗介! あなた様のためならば、どのような任務でさえ必ずこなしてみせますっ!」
宗介の顔は、まるで心酔する教主でも見るかのよう。
「相も変わらず宗介くんは啓主にぞっこんラブだねぇ~」
「美堂さんっ、啓主に失礼じゃないですか!」
「ほんとにキモイ。ゲイはキモイ」
「このっ、響ぃっ、だから私はゲイではないと言っているでしょうが! 私はただ啓主のお喜びになられるお顔を見たいだけです!」
「「うわぁ~、キモーイ」」
「お前らなぁぁぁっ!」
さすがにもう黙っていられなかったのか、立ち上がって戦意を高める宗介。
「二人とも、宗介をからかうのはそこまでにしてあげてくれ」
宗介が暴走する一歩手前で、啓主が間に割って入ってきた。
「宗介も、少しは落ち着いて。すぐに冷静さを欠くのは、君の悪いところだよ」
「け、啓主! はっ、申し訳ございません! またみっともない姿を!」
「ううん。君の怒りは僕のためにあるのだろう? だったら僕としては喜ぶべきことさ。ありがとうね、宗介」
「あ、ああぁ…………啓主ぅぅ……!」
そのまま昇天するのではないかと思うほど、恍惚な表情を浮かべる宗介。
「さてと……」
そう言いながら啓主は、また祭壇の方へと戻っていき、宗介たちに振り向く。
「士郎、巨人はそんなに手も出せない存在だったのかい?」
「はい、そりゃあもう。こ~んなくたびれたおじさんじゃ、とてもじゃないですが操作でっきませ~ん」
「ふむ。やはりさすがは【榛名富士】を守護するダイダラボッチというわけか」
「他の場所はどうだったのか、おじさん気になっちゃうんですけどねぇ」
「残念ながらまだ良い報告は少ないね。ただ【愛媛県の和霊神社】で〝牛鬼〟の捕獲はできたらしいけど」
「へぇ、Bチームは上手くやったわけねぇ」
「それに京都に向かった者たちは、《怪霊》こそ手にできなかったものの、多くの同志を仲間にすることができたそうだよ。もうすぐここへ帰って来る」
「お~、Dチームもやるじゃなぁい」
「ぐぬぬぬぬっ」
自分にはできなかったことを、他の者たちに出し抜かれたことに悔しさを覚えている様子の宗介。
「まあ別にまだ時間はあるしね」
「し、しかし啓主、何故突然各地の大規模ダンジョンに眠っている《怪霊》を集めようとされるのですか?」
「さあ、総理のお考えは僕には分からないよ。ただ……どうしてもそれが必要らしい。この愚世を救世するためには」
啓主は遠くを見るような眼差しをするが、すぐにフッと頬を緩める。
「そのためにも君たちには力を貸してもらうよ。無論見返りは約束する。だから頼んだよ」
「「「はっ、お任せください。我らが啓主――――サイキ様」」」
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