第71話 仲間が操られている件について
――これが俺が経験した事件の顛末だ。
あの出来事があったからこそ、信頼なんてクソくらえだと思える。
小学生から信じてきた友人は簡単に裏切り、頼りにしていた教師からも見捨てられ、親友と思っていた奴からも頼りにされなかった。
こんな人間関係のどこに信頼できる要素なんてあるだろうか。
あるとするなら利害関係だけだ。
メリットがあるから付き合う。無いから離れる。
それだけで俺の中の社会は成り立っているし、十分人生を謳歌しているのだ。
「……だから信頼なんて必要ねえんだよ」
そんなもんに〝本物〟の価値なんて存在しない。
ちょっとしたことですぐにぶっ壊れるような、薄氷のような繋がりでしかない。
だから期待しないし信頼しない。
たとえするとしても、それは目的を完遂する上で必要だった時、裏切られることを視野に入れて行うべきだ。
全面的に身を預けるようなバカなことなんて――誰がするか。してたまるか。
…………それなのに、何故いまだに蓬一郎さんの言葉が頭の中に浮かんでくるのか。
いや、気にするな。そんなことに時間を費やすだけ無駄だ。無価値だ。
もうすぐバスも出発して群馬を離れるし、もう二度と会うこともないのだから、気にしても仕方ないことである。
「そうだよ……大体あんな巨人がいるところへ救出に行くってバカげてる。頭のおかしい黒スーツもいるみてえだし、どいつもこいつも正気じゃねえな」
何で他人のためにそこまで命をかけることができるのか。
蓬一郎さんが莱夢のためというのは分かる。肉親なのだから。けれど【紅天下】の仲間だからって、死ぬかもしれないところへ行くのはどうかしている。
しかもそういう連中があそこにはたくさんいた。それが信じられない。
捕まった仲間だって、すでに裏切っている可能性だって高い。誰だって自分が可愛いんだから。
逆に待ち構えられて罠にハマり一網打尽にされる危険性だって大いにある。むしろ俺なら捕まえた連中を利用するくらい簡単にする。その方が効率が良いし、より多く『持ち得る者』を集めることができるだろう。
そんな危険性があるのに、むざむざと乗り込むなんて……。
「キュ~……」
「ん? どうしたヒーロ? 何か元気ないじゃねえか」
「キュキュ……」
何かそれはお前もだろって言われてる気がした。
そういえば莱夢も馬鹿正直な奴だったよな。
彼女とも信頼について語ったことを思い出す。
『イチ兄ちゃんも、仲間も…………ろっくんも! そしてね、一度信じた人は信じ抜く!』
彼女の中に疑うという概念はなかった。
そして彼女は、仲間たちが待っていることを信じて、一人で救出へと向かった。
ふと、あの無邪気な莱夢の笑顔が目に浮かぶ。
同時に蓬一郎さんと莱夢が、仲間たちに囲まれて楽しそうに笑っている光景が。
「………………あーイラつくわ」
「キュ?」
「ヒーロ、悪いな。帰るのはもうちょっと後からだ」
「キュキュ!?」
「何かこのままだとスッキリしねえ。あの兄妹に信頼なんてクソくらえって直接言わねえと我慢ならわ! だから……ちょっと付き合ってくれるか?」
「キュキュキュ~!」
俺はヒーロを抱いて、すぐさまバスの出入り口へと走る。
「ちょ、お客さん、もうすぐ出発ですよ!?」
「あーすんません。乗るバス、間違えたみたいで」
俺はそれだけを言うと、そのままバスを降りて【榛名富士】方面へと走っていった。
※
「…………っ、……ん」
誰かの話し声が聞こえくる。
重い瞼をゆっくりと上げながら、何でここで寝ていたのかぼんやりとした思考を巡らせて、すぐにハッとして顔を上げた。
そこには黒スーツを着た二人の人物と、さっきまでウチと戦っていたシャツ姿の男が立っていた。
「お? 目が覚めたみたいだね~」
相変わらず気の抜けたような喋り方でウチを見下ろしてくるシャツ姿の男。どうやらこの人にウチは負けて捕まってしまったらしい。
「お~怖い。そんなに睨まないでほしいなぁ。おじさんってばガラスのメンタルだから、すぐに壊れちゃうしさ~」
「ウチの仲間たちはどこやったん!」
目の前にいる三人に向かってウチは吠える。
「まあまあ、そういきり立たないでさぁ。もっと人生はぬぼ~っと楽しもうよ~ん」
「いいから答えて! ウチの仲間は――」
「あー分かった分かった。後ろを見てみなって」
シャツ姿の男がそう言うので、警戒しながらも後ろを確認する。
するとそこには大勢の者たちが隊列を組んで立ち尽くしていた。
その中には見覚えのある顔もたくさん。
「真悟さんっ、楓さんっ、透くんに凛子ちゃんも! みんな無事だったんだ! 良かったっ!」
そこにいた仲間の存在に思わず泣きそうになる。もし殺されていたらと思ったこともあるけど、みんなが生きてるって信じて本当に良かった。
だが何故かウチの声に反応してくれないのが気になる。
「真悟さん? 透くん? ……? 楓さんっ、凛子ちゃん! どうしたん! 返事してよっ!」
様子がおかしい。ちゃんと目を見開いて自分の足でみんな立っているのに、まるで意識がないかのように無表情のままだ。
それに彼らだけでなく、『白世界』の人たちも全員が同じ態度を示している。
「みん……な?」
「あー無理無理。君の声は聞こえないよ~ん」
「!? ……あんたたちが何かしたん!? 真悟さんたちを元に戻してっ!」
「はぁ。うるさいですね。美堂さん、さっさとこの子供も口を封じてください」
黒スーツの男が溜め息交じりにそう言うと、ミドウと呼ばれたシャツ姿の男が「ええ~」と不満げな声を出す。
「何がえ~何です?」
「だってさぁ、まだ子供だよぉ? 強制的に黙らせるなんて可哀想でしょ?」
「どうせ駒なんですから、子供だろうが老人だろうが関係ありませんよ」
「うわ、宗介くんってば鬼畜~」
どうやら黒スーツの男はソウスケという名前らしい。彼はミドウの言葉にイラっとした様子を見せている。
「子は世界の宝だよ~。たとえ敵だったとしても問答無用で処理するのはおじさんどうかって思うなぁ。そう思わない、音々子ちゃん?」
「だから名前で呼ばないで。汚れる」
「ぐはっ!? 相変わらず……辛辣なのね……」
ネネコと呼ばれた女に拒絶されて、ミドウはわざとらしく四つん這いになる。
この三人は仲間で間違いなさそうだが、どこかミドウという人は異質さを感じさせた。
……それよりもさっきからスキルが使えない。……コレのせい?
手足にハメられた枷。状況から察するに、スキルを封じる何かしらの拘束具なのだろう。
これじゃ隙を見て逃げ出すこともできない。
「まあいつまでも美堂さんの茶番に付き合ってたら日が暮れます。さっさと次の任務へ行きましょう」
「任務?」
思わずウチはそう口にしてしまった。
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