第70話 人を信じられなくなった件について
あの日の出来事を俺は忘れることはないだろう。
高校生になってからずっとぼっち伝説を築き上げてきた俺ではあるが、小学生の頃は友達も多く毎日一緒にゲームしたり、外で遊んだりと活発な少年時代を過ごしていた。
そして中学に上がっても、さらに友達を増やして楽しもうという意気込みしかなかった。
小学生時代からの友人も、数人ではあるが同じ中学だったので不安要素なんてまったく存在していなかったのだ。
中学に入学して一年間、持ち前のコミュニケーション能力を活かして親友とはいかないまでも、友人と呼べる人数を増やすことに成功していた。
ただ結構バカなことをやったりスケベな発言などもしていたから、女にはウケが悪かったので彼女なんてできなかったが。
それでも男どもと毎日バカをやっているのが楽しかった。
しかし進級して二年生になった時、ある出来事が俺が所属するクラスに起こったのである。
それは転校生がやって来たことだ。
何でも地元は北海道らしく、親の仕事の都合で転校してきたのだという。
名前は――
見た目は中性的な顔立ちで身長も低いから男子なのに女子みたいな奴だった。
転校が多かったこともあり、あまり人付き合いも上手くなく、悪く言えばコミュ障ってやつ。
実際に転校してからも、初日は質問攻めに遭っていたが、数日後には誰にも話しかけられないような空気を出す、接し方の難しい人物であった。
ただ俺はせっかくだからみんな仲良くできたらいいと思い、ただ一人才輝に話しかけ続けていたのだ。
才輝は毎度毎度「僕に構わないで」と言うだけで取り付く島がない状態。
それでも俺は諦めずに接し続けていたのである。
そんなある日、才輝が一人でゲームセンターに入るのを見た。興味が惹かれた俺も、彼の後を追って入ると、そこには群衆を囲んだ才輝の姿があったのだ。
どうやら彼はあらゆるゲームのレコードトップを獲得しているようで、ゲーマーたちからも一目置かれるような存在になっていたらしい。
ゲームなら俺も得意だし、仲良くなるきっかけになると思い対戦格闘ゲームを挑んだ。
結果は見事に惨敗。体力ゲージを一センチほどしか削れずに毎回圧倒的なプレイで押し潰されてしまった。
何度も何度も、ゲームのジャンルを変えてまで挑戦するが、どれもまるで歯が立たずに敗北を喫する。
「……お前、すげえな」
涼しい顔で勝利宣言を受ける才輝に対し、俺がガックリとしながらそう言うと彼は首を横に振ってこう言った。
「この程度、まだまだだよ。だって僕はプロを目指してるんだから」
それが初めてまともな会話をした瞬間だった。
「え? プロ? ゲームのプロなんかあんの?」
「知らないの? それでよくゲーム好き名乗ってられるね。恥ずかしい奴だよ君って」
喋ってみればとんだ毒舌野郎だったが、俺はそれよりもゲームのプロの話の続きを聞きたくて、
「何だよそれ、ゲームのプロってマジであんの? 教えてくれよ! てかプロ目指してるってすっげえな!」
興味津々で尋ねると、才輝は驚いた顔で口を開く。
「……変だって思わないの?」
「は? 何で?」
「だって……将来ゲームで食べていきたいって言ってるんだよ?」
「うん、だから何?」
「いや…………今まで僕の夢を聞いた人は例外なくバカにしたり笑ったり……否定したから。親だって……」
ゲームをやっている時と違って、どんよりと曇った表情を見せる才輝。
「う~ん、でもプロを目指すんだろ?」
「え? うん」
「どんな世界でもプロってとんでもねえはずだ。それにプロがあるってことは、世間に認められた立派な職業ってことでもあるじゃねえか」
「……笑わないの?」
「笑うかよ! つか夢があるってこと自体すげえよ。俺なんてどうやったら女子とエッチできるかってことばっか考えてんのに。あとできればセレブな女のヒモになって過ごしたい」
「…………ぷっ、あはははは! 何それ、バッカじゃないの君! あはははははっ!」
「酷えなぁ、男子中学生として至極まっとうだと思うぞ。はっ、もしかしてお前……ホモか!?」
「ちがっ! な、何でそうなるのさ! 僕はこんな見た目だけど、れっきとした男だし、ちゃんと女の子が好きだよ!」
「ほっ、良かったぁ。マジ安心したぜ」
「ならお尻を押さえて僕から遠ざかるのを止めてくれるかな?」
ジト目で俺を睨みつけてくる才輝。だがフッと笑みを零したと思ったら、
「……そっか。分かってくれる人もいるんだね」
聞き取り辛かったが、確かに彼はそう言った。
それからだ。放課後は毎日ゲーセンに行って二人で遊んだ。
俺の友達も呼べばと言ったが、才輝は俺だけがいてくれるだけでいいと言ったので、二人だけで楽しんでいた。
今はまだ二人でもいい。いつか才輝にも、大勢の友達を作ってほしいけど、それは時間をかけて育んでいけばいいと思うから。
そうして気づけば半年、ほぼ毎日一緒にいたからか、互いの趣味や嗜好なども分かり合う親友のような存在になっていた。
しかしそんなある日のことだ。
時折才輝の顔色が悪い時があった。本人は決まって「風邪気味だから」と言うだけだ。
しかしそれは日を追うごとに酷くなり、時には顔に痣や傷をつけてくることもあった。
さすがにこれはおかしいと思い調べてみると、どうやら才輝がイジメられていることが判明したのである。
当然親友の窮地を黙っていられるわけもなく、情報を集めて才輝がイジメられている瞬間に出くわして止めてやろうと思った。
そしてついにその現場に俺は姿を見せたのだが……。
才輝を囲ってイジメていたのは、俺の小学生時代からの友達だった。
どいつもこいつも気さくで楽しい連中ばかり。ともに笑ってバカやって、それが今後もずっと続くと思っていたのに。
いつか才輝に覚悟ができたら、コイツらを紹介しようと考えていたのだ。
それなのに……。
「それなのに何でだよっ、お前らぁっ!」
たまらず俺は怒声を浴びせかけた。
さすがに俺に見られて動揺を見せた奴らだったが、すぐに開き直ったような態度をぶつけてくる。
「あのさぁ、六門もいつまでもこんななよっちい奴とつるんでんなよ」
「そうそう、コイツ……ゲームのプロ目指してるんだって? 何それ? バカなの? 現実見ろって」
「大体コイツの家金持ちらしいし、ちょっとくらい俺らにも恵んでくれたって良くね? ほら見てみなよロクちゃん、コイツの財布に十万とか入ってんぜ! マジヤッバ!」
信じられないほどの自分勝手な考えだった。
こんなこと言うような奴らじゃなかったのに。
俺はコイツの言動にキレてしまって、気づけば全員を叩きのめしてしまっていた。
「ろ、六門……?」
「……才輝、大丈夫か?」
「六門こそ! そんなにケガして!」
「はは……殴り合いの喧嘩なんて初めてやったわ」
それなのに三人に勝ったんだから凄くね? まあこっちもボロボロだけども。
「ごめん……ごめんね……六門」
「何でお前が謝るんだよ。これは俺が勝手にしたことだろうが」
「でも……でもっ、ごめん……っ」
この事件で、俺と三人は一週間の停学をくらった。
だが俺はこれで三人が頭を冷やしてくれるはずだと思っていた。
…………しかし俺の希望は、無残にも破られてしまうことになる。
そう。才輝へのイジメは止むことがなく、それどころか益々エスカレートしていったのだ。
そしてその矛先は俺にも向かってきた。
教室では、例の三人だけでなく他の連中までもニヤニヤして俺たちを見つめてくる。
それで分かった。
イジメを行っていたのは三人だけじゃなかったのだ。このクラスにいる連中のほとんどが加担していたのである。
友達だと思っていた奴らが、全員掌を返したかのように攻撃をしてきた。
凡そイジメと聞いて想像できることは全部されたと思う。
靴を隠したり、教科書を破られたり、机に落書きなど可愛いものだった。
酷い時は複数人に囲まれてボコられるなんてのもあったし、教師も気づいているくせに何もしないクソ人間だったので、俺と才輝はどん底の学生生活を送っていたのである。
それでも俺はまだ耐えることができた。というのも俺の場合は、まだ反発の意思があったし殴られたら殴り返すくらいの気力はあったからだ。
しかし才輝の場合はそうじゃない。元来気が弱いせいもあり、金持ちの息子ということもあって、陰で俺よりも酷いことをされていたのだと思う。
どうせこんなくだらないこと、そのうちに無くなるだろうとタカをくくっていた。三年にもなれば受験だし、バカでも時間の重要さくらい理解できるはずだと。
……だけど甘かった。
もうすでに才輝が限界ギリギリだったことに俺は気づけなかったのだ。
ある日、才輝が両手に包帯を巻いて学校へ来たのである。
当然理由を尋ねた。
だが返ってきた言葉は、俺の予想を超えていた。
「もう、僕に構わないで」
あの時と……このクラスに転入してきた時と同じ冷たい瞳と言葉をしていた。
もちろんそれから何度も何度も話しかけたが、彼の態度が覆ることはなかったのである、
そうして三日後に――あの事件が起きた。
才輝が自宅で首を吊って亡くなったという報せを受けたのである。
俺の家に警察の人たちが来て、その人たちから初めて聞いたのだ。
何でも彼が遺した遺書には、俺について書かれていたのだという。
それもたった一言だけ。
『六門、弱い僕で本当にごめん』
その言葉を頼りに、親しくしていた俺に警察の人たちが話を聞きに来たというわけだ。
実は彼の家族も、俺と同じく放任主義で日々を妹と二人で暮らしていたのだという。
妹は兄の異変に気付いて、俺にも話を聞いてイジメられていることを親に伝えたようとしたらしいが、連絡が取れずに結局はなしのつぶてに終わったとのこと。
だから彼の――才輝の親も、才輝が苦しんでたこと、自殺したことを後々になって知ることになったのである。
当然ながら俺は警察に俺とともにイジメられていたことを教えた。
だが確たる証拠もなく、クラスの連中はまるで口裏を合わせているかのように誤魔化したのである。
教師も学校の名誉を守るためか、イジメがあったことを決して認めようとはしなかった。
結果的に、才輝は被害妄想が強かったとされ、イジメをしていた連中には何の裁きも与えられなかったのである。
警察署に乗り込み、もっと詳しく調べてほしいと何度も嘆願した。
だがすでに事件ではなく、自殺として処理されたとして受け取ってもらえなかったのだ。
俺は絶望した。何のための警察だ。何のための学校だ。教師だ。友達だ。クラスメイトだ。
それに才輝も才輝だ。どうしてそこまで苦しんでいたのなら、俺に相談してくれなかったのだ。どうして最後、俺を拒絶したんだ。
俺たちは―――親友じゃなかったのかよっ!
それから俺は、両親を無理矢理説得して東京の【才羽市】へと引っ越すことにした。
すべての関係をまっさらな状態で、新たな生活を送りたかったからだ。
そうして何もかもを失った俺は、もう誰も信用することはしないと誓ったのである。
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